雪の降る日
私には今、好きな人がいる。電車でいつもスマホゲームをしている、男の子だ。なぜ好きになったのか。
それは雪の降る12月のことだった。いつもは学校まで車で送迎してもらうのだが、その日は家の車が壊れてしまったようで、メイドの絢香とタクシーで行くことになった。
「私、電車で行きたいわ」
少しだけ我儘を言ってみた。
私だって、一度は電車に乗ってみたいもの。
幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた絢香は私の言いたいことを理解してくれたらしく、内緒で了承してくれた。
「……どうやって切符を買うの?絢香」
「屋真浜駅なので、このボタンを押してください。」
普段、電車を利用しない胡桃たちは交通系ICカードなどは持っていない。それに、今回電車を使ったことがバレてはいけないので親名義のブラックカードを使うこともできない。というわけで、お嬢様思いの絢香が切符の代金を支払ってくれた。
屋真浜駅行きの電車がホームに到着した。本人の希望で一般の電車に乗ったが、座席はほとんど埋まっていた。満員電車ではなかったのが唯一の救いだろう。
「結構混んでいるのね」
予想していなかったのか、胡桃は少し驚きながら言う。
「お嬢様、あの席に座ってください。」
一方絢香は淡々とした物言いで言う。そしてドアから近い、端の席まで案内した。胡桃は座り、絢香は周りを見渡して護衛をし始めた。
隣の子、ずっとゲームしてるなぁ。
電車が動き始めて少しした頃、胡桃は思った。横目で覗いてみると、銃で敵をやっつける、シューティングゲームをやっているらしい。なぜ分かるのか。それは、れっきとしたお嬢様である胡桃が、大のゲーム好きだからだ。そして、両親はそれを認めてくれている。娘には不自由なく育ってほしいという両親の願いから、余程危険なことでは無い限り許してくれた。とはいえ電車はその、余程のことにあたるらしく、いつも危険だからだめだと嫌というほど繰り返し言っている。だが、そんなことで諦めるお嬢様じゃない。むしろバレるかバレないかの戦慄を味わっている。
え、彼上手すぎない?
その頃胡桃は横目で見るどころではなく、隣の子のスマホをガン見していた。お行儀が悪いですよと絢香が注意する。はっと驚く胡桃に隣の男の子が話しかける。
「やる?」
人懐っこい笑みを浮かべていた。実は胡桃も同じゲームを持っている。
「実は私もやってて…その、一緒にやりたいのだけど良いかしら。」
「もちろん!やろーぜ!」
しどろもどろ言う胡桃に男の子はグッと親指を立てる。絢香も頷いているので、やって良いということだろう。胡桃は鞄からスマホを取り出してアプリを開いた。
早乙女高等学校にはお嬢様とお坊ちゃましかいないので、一緒にゲームをするような友達はいない。それで、隣の子に言われるがままボタンを押しているが……
全然分からないわね…。落ち込む胡桃に、男の子がニコッと笑ってみせた。
「はい、できた!」
画面を見ると、フレンドの欄にやまと、と書かれてある。
「やまと…」
「あーこれ俺のフレンド名!俺、西村大和。中3!」
「私は東堂胡桃。高1よ。」
胡桃は軽くお辞儀をする。ゲームの準備が出来たらしく、スマホにstartの文字が表示される。
「やべ、先輩じゃん。くるみ先輩よろしくお願いします!」
やらかした、という顔をしながら大和がいう。
全然気にしていないけど。それに、わざわざ敬語にしてくれるんだ。胡桃はクスッと笑ってしまう。それを見て大和が首を傾げていた。
そして、2人はゲームを始めるのだった。