流血ののちに
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──流血ののちに
近衛第2猟兵連隊のストライカー装甲車が王宮に迫った。
王宮では防衛準備が始まっており、土嚢が積み上げられ、兵士たちが配置に就いた。機関銃などが据えられ、兵士たちは臨戦状態にあるが、彼らの心にはこれから起きる戦闘への恐怖がある。
近衛第2猟兵連隊はエルディリア最強の部隊だ。
唯一機械化されており、ストライカー装甲車などの車両で武装している。その上迫撃砲などの火砲すらも装備しているのだ。
ストライカー装甲車が近づく音が聞こえ、王宮を守る兵士たちが息をのむ。
だが、それよりも恐ろしいものが先に突入してきた。ドローンだ。
近衛第2猟兵連隊が放ったFPV型ドローンはほとんど音もたてず、王宮の前方にある防衛陣地に近づき、重機関銃陣地や対戦車ロケットが存在する陣地などに向けて突撃。搭載してあった爆薬が爆発して、陣地が吹き飛ぶ。
「攻撃だ!」
「どうすればいいんだ!?」
ここで近衛第3猟兵連隊は大混乱に陥る。
そこにさらに近衛第2猟兵連隊の迫撃砲による砲撃が加わった。口径120ミリから81ミリの迫撃砲弾が次々に王宮前の防衛陣地に降り注ぐ。
「王宮内だ! 王宮内に逃げ込め!」
指揮官が叫び、兵士たちは王宮内に逃げ込んでいく。
そして、無人になった防衛陣地をストライカー装甲車が踏み躙り、近衛第2猟兵連隊の兵士たちが降車して王宮へと進み始める。さらにその上空をパワード・リフト機が飛行し、爆装したその機体が航空支援に当たった。
そして、王宮での戦闘が開始された。
「進め、進め!」
スーリオン大佐が前線で指揮を取り、近衛第2猟兵連隊の将兵による王宮制圧を進める。戦闘は既に室内で始まっており、陣地を構築した防衛側と近衛第2猟兵連隊が交戦を始めていた。
「スーリオン大佐。確実な室内の制圧が必要だ。こちらに指示に従うように将兵に命令してくれ。我々は室内戦に慣れている」
そう言うのは軍事顧問として同行しているウィットロックで、彼は近衛第2猟兵連隊による王宮制圧を支援していた。
「分かった。任せるとしよう」
スーリオン大佐は野戦の経験は豊富だったが、閉所への戦闘の経験はあまりない。その点はウィットロックたちに頼ることになった。
「この先に重機関銃陣地!」
近衛第2猟兵連隊の侵攻を食い止めようと、防衛側はあらゆる火器を王宮に内に設置して、抵抗を試みていた。土嚢を積み上げた先にある重機関銃陣地など、制圧するのは非常に難しい。
「ヤンキー・リードよりウォーバード・ゼロ・ツー! 近接航空支援を要請! 赤いスモークの場所に叩き込んでくれ!」
『ウォーバード・ゼロ・ツー、了解』
しかし、クーデター側には航空支援がある。
爆装したパワード・リフト機がロケット弾やガトリングガンを王宮に向けて叩き込み、それによって重機関銃陣地が制圧された。
「進め! 前進再開だ!」
このようにして陣地を制圧しながら、クーデター軍が前進する。
このときギルノールは女王ガラドミアとの合流を目指していた。
「急げ、急げ。クーデター軍の手が届く前に脱出するんだ」
ギルノールは護衛騎士ミーリエルとソロンディールたちと幾人かの兵士を連れて、王宮内を女王の私室に向けて進んでいる。彼はガラドミアを連れて、この王宮から脱出し、忠誠の確かな地方の領地や海外へと逃亡するつもりであった。
近衛第2猟兵連隊と防衛側の戦闘によって生じる銃声はけたたましく響いており、王宮が陥落寸前な中で、ギルノールは急いでいた。
「陛下、陛下! ご無事ですか!」
ギルノールはガラドミアの私室に入ってそう叫ぶ。
「ギルノール。お前は謀反を起こした側か?」
女王は侍従を従えているのみで、武装すらしていない。そんな状態でギルノールの方をにらんでくる。
「違います。私も反乱者たちの標的になっています。反乱を起こしたのは近衛第2猟兵連隊であり、我が弟アイリアンです」
「なんということだ」
ギルノールの報告に女王が呻く。
「さあ、急いで脱出を、陛下。ここにいては殺されます」
「分かった。案内せよ」
「こちらへ」
ギルノールとガラドミアの脱出が始まった。
辛うじてまだ防衛側が粘っており、ギルノールたちは王宮の脱出用の通路を目指す。王宮には隠された通路があり、そこからアルフヘイムの外に出られる。
しかし、そのことはアイリアンも知っていた。
「殿下! 敵です! 太平洋保安公司の連中が──」
先頭を進んでいた兵士が叫ぶと同時に電磁ライフルの電気の弾ける音が響き、兵士の頭が蒸発したかのように消滅した。
「クソ。待ち伏せされていたか!」
ギルノールが叫ぶ。
先に潜入していた八神たちはアイリアンの情報から、この隠し通路をギルノールたちが利用すると踏んで、待ち伏せしていたのだ。
1個小隊とは言えど、高度に訓練された生体機械化兵を相手にエルディリア軍が敵うはずもなく、ギルノールたちは作戦の修正を要求されることとなった。
「別の隠し通路は!?」
「わ、分かりません!」
「クソ! 脱出できる場所を探すんだ!」
兵士たちは混乱し、どうしていいか分からずにいる。
「殿下。裏庭で工事中だった水道施設から脱出できる可能性が」
「分かった。では、そうしよう」
ここでミーリエルがそう報告し、ギルノールたちはとにかくまずは王宮から出ようとする。ここに閉じ込められている限り、破滅しか待っていないのだから。
ギルノールたちが裏庭に向かう中、近衛第2猟兵連隊は前進を続け、ほぼ王宮の外周を制圧していた。
「ギルノールとガラドミア、そしてこのリストにある人間を探せ! 捕らえたものには報酬を与える!」
スーリオン大佐が命令を叫び、近衛第2猟兵連隊の兵士たちがギルノールたちを捜索。
「いたぞ! あそこだ!」
彼らは王宮を出て、裏庭に向かおうとしていたギルノールたちを発見し、報告の声を叫んだ。近衛第2猟兵連隊の将兵は特別報酬を望んで、ギルノールたちに群がる。
「殿下! ここは我々に任せてお逃げください!」
「すまない、ミーリエル!」
ミーリエルたちが銃を構えて近衛第2猟兵連隊と交戦を開始し、ギルノールとガラドミアは護衛も付けずに裏庭を駆ける。
そして、裏庭で工事中だった水道施設に飛び込んだ。しかし──。
「やはりここに来たか、兄上、母上」
そこではアイリアンが護衛を連れて待ち伏せていた。
「アイリアン! 魂まで大井に売ったか!」
「私はエルディリアの繁栄を考えている。兄上や母上とは違う。私こそがエルディリアを真に発展させ、国民に豊かな生活を約束するのだ」
「ふざけるな! 大井にいくら積まれた!」
「人聞きが悪い。これは私の望んだことだ。連れていけ!」
もはや抵抗できないギルノールとガラドミアをアイリアンの護衛が連行していく。
アイリアンの粛清リストに名前があった王族と貴族たちは逮捕され、拘束され、軍刑務所に収監された。
そののち、非公開の軍法会議が開かれ、彼らのほとんどに死刑の判決が下る。その軍法会議の様子を知るものから伝え聞くのは、弁護士はおらず、一方的に罪状が押し付けられるだけの人民法廷だったそうだ。
死刑の様子は公開され、ガラドミアから処刑は始まり、続いてギルノールたちが処刑された。絞首刑ではなく、斬首によってだ。
こうやってアイリアンは潜在的な敵対者たちに、自分に逆らえばどういうことになるのかを伝えたのだった。
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