クーデター
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──クーデター
クーデター決行が迫る中、司馬とヴァンデクリフトは八神の指揮する生体機械化兵部隊とウィットロックの精鋭部隊をアルフヘイムに呼んだ。
「我々はアイリアン殿下によるクーデターを支援するつもりだ」
司馬がそう語ると八神は何事もなく平然としており、ウィットロックは少しためらった表情を見せた。彼らの軍歴が日本情報軍であるのとアメリカ海軍であることの違いが見えたというべき反応だ。
「計画はこの通りだ」
司馬はそう言って八神たちに資料を見せる。
まず近衛第2猟兵連隊がアルフヘイムの城門を全て閉鎖する。さらに近衛第2猟兵連隊は王宮と官庁街の制圧を実施。その後、クーデター政権の樹立を宣言する。
「我々はどのような支援を?」
「近衛第2猟兵連隊は閉所での戦闘になれていない。そのことをウィットロックには軍事顧問として補佐してやってほしい」
「了解」
ウィットロックは王宮を制圧する近衛第2猟兵連隊の支援だ。
「八神少佐には粛清を完遂するために粛清リストに名前が載っている人間の確保を支援してほしい。決して彼らを国外に逃がさないように」
「確保であって殺害ではないと?」
「そうだ。アイリアン殿下は生け捕りをご所望だ」
「了解」
アイリアンは自分の正当性を確かなものにするためにも、粛清リストに名前のある人間は生け捕りにして裁判にかけたうえで処刑するつもりだった。
「君たちの他にも治安維持のために太平洋保安公司部隊を動員するつもりだ。津久葉さんにはアルフヘイムにてテロの可能性があるから増員してほしいと伝えてある。彼にはまだクーデターの件は知らせていないからな」
「津久葉さんには伝えないのですか?」
「今のところ、この情報は必要のある人間だけが知っていればいい」
太平洋保安公司全体んの指揮を執る津久葉にはクーデター計画は伝えられていない。そもそもエルディリア事務所においてもクーデターの実行を知っているのは、司馬とヴァンデクリフトのみなのだ。
「決行はいつ?」
「3日後だ。この日にある貴族の叙勲式が行われ、王族と貴族たちが集まる。アイリアン殿下はそれを狙う」
「悪くないタイミングですな」
司馬の言葉に八神が頷いた。
「それでは諸君。備えろ」
司馬がそう命じ、八神とウィットロックはクーデター実行に備えた。
そして、日時は過ぎていき、クーデター決行のときが迫った。
「ギルノール殿下」
「ソロンディール。アルフヘイムに戻っていたのか」
そんなクーデターの迫る王宮にて、近衛第3猟兵連隊所属にして、ギルノールの改革派に所属するソロンディールがギルノールに会いに来た。
「はい。ヴァリエンティアとの戦争は終結しそうですから。兵力の引き上げが既に始まっています。外交筋によれば引き続きリンファリエル川を国境とすることで、講和もまとまりそうなのですよ」
「それはよかった。戦争はどんな理由があろうとも決していいものではない」
ソロンディールの報告にギルノールが頷く。
「しかし、殿下。近衛第2猟兵連隊に不穏な動きがあります」
「近衛第2猟兵連隊に? どのような?」
「連隊長のスーリオン大佐が頻繁にアイリアン殿下と接触していたり、将校たちが秘密裏に集まるなどしているようです」
「それだけでは何とも言えないな……」
ここでソロンディールがいうことだけでは、近衛第2猟兵連隊が何をするつもりなのか分からない。
「彼らはクーデターを試みているとのうわさも」
「まさか。そんなことが──」
ギルノールがソロンディールの懸念を否定しようとしたとき、銃声が響いた。
同時刻、アルフヘイムの東西南北にある城門が襲撃を受けていた。
軍用四輪駆動車とストライカー装甲車でやってきた襲撃者たちが、城門にいる衛兵を拘束して城門を封鎖していく。
「な、なんだ!?」
「こいつら、近衛第2猟兵連隊だ!」
そう、襲撃を行っていたのは近衛第2猟兵連隊だ。
彼らはアルフヘイムの4つの城門を封鎖し、王都アルフヘイムの出入りを禁止した。
「スーリオン大佐殿。城門封鎖、全て完了とのこと」
「よろしい。奇襲が成功したな」
部下からの報告をスーリオン大佐は満足そうに聞いていた。
近衛第2猟兵連隊はアルフヘイム内の駐屯地から無断で出撃し、一連の襲撃を実行していた。だが、今はエルディリア政府の誰もこのことを把握していない。
アイリアン以外は。
「次は──」
スーリオン大佐がドローンからの映像を眺める。
「宮廷だ」
近衛第2猟兵連隊のストライカー装甲車が宮廷へと向かう。
流石にストライカー装甲車の車列が宮廷に迫り始めるにおいて、ようやくエルディリア政府側も事態の変化に気づき始めた。
「近衛第2猟兵連隊が反乱を起こしています!」
「クソ。なんてことだ!」
ギルノールの下に確認に向かったソロンディールやマゴルヒア、リオリスがやってきて報告し、ギルノールが叫ぶ。
「それで、止められるのか?」
「分かりません。近衛第2猟兵連隊はエルディリアにおける最大戦力です。他の部隊でこれを止めることは難しく……」
「とにかくできることをしなければ。軍務大臣に接触して他の部隊に、近衛第2猟兵連隊を止めるように指示を出させる」
「了解」
ここでギルノールは近衛第2猟兵連隊の反乱を鎮圧しようと軍務大臣のゲルミアに接触するために王宮を進み始めた。
しかし、覚えているだろうか。
クーデター計画では政府と軍を速やかに制圧する計画が存在したことを。
「軍務大臣、軍務大臣! ……な……っ!?」
ギルノールが扉を開けると、そこには電磁ライフルで頭を吹き飛ばされた軍務大臣の死体が転がっていた。秘書や部下も皆殺しにされている。
電磁ライフル。そう、八神の部隊は密かに王宮に侵入し、抵抗の命令を出すだろう人間の暗殺を行っていたのである。
「敵は既に王宮内にいるぞ……! すぐに他の軍部隊に展開命令を出せ!」
「りょ、了解!」
ギルノールの命令で、王都アルフヘイムにいる近衛第1騎兵旅団と近衛第3猟兵連隊に命令が出される。
しかし、八神の手はそこまで伸びていた。近衛第1騎兵旅団は旅団長が、近衛第3猟兵連隊は連隊長が、それぞれ暗殺されており、出動命令がスムーズに伝わらない。
加えて無線機が使えなくなっていた。
今、アルフヘイム上空を電子戦機が飛行し、ジャミングを行っているのだ。
アルフヘイムが封鎖される中で、近衛第2猟兵連隊は着実に王宮に迫る。そんな中で近衛第3猟兵連隊の一部部隊が王宮に到着し、守りを固め始めた。
時を同じくして太平洋保安公司のパワード・リフト機が、大井第一飛行場を離陸。ドローンとともに近衛第2猟兵連隊の上空援護を開始した。
パワード・リフト機が低空でアルフヘイム上空を飛ぶのを、司馬は厳重に警備されたエルディリア事務所から眺めている。
「いよいよか」
「アイリアンは契約を守るでしょうか?」
「やつにとって我々は生命線だ。自分からそれを断つことはしないだろう」
ヴァンデクリフトが尋ね、司馬がそう答える。
「アイリアンの政権は事実上の我々の傀儡にななるだろう。これで我々は異世界を征服したというわけだ」
司馬はそう言い、作戦が進行していくのをスタッフたちとともに確認した。
まもなく王宮に近衛第2猟兵連隊が突入する。
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