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アイナリンド大佐

……………………


 ──アイナリンド大佐



 司馬は調査チームのリーダーである石井から現地の状況が不味いことになっているという報告を受けて、すぐにフィリアン・カールの調査拠点に向かった。


「何が起きたんだ?」


「それについては、まず太平洋保安公司から聞いてください」


 石井は疲れ切った様子で太平洋保安公司の武装したコントラクターたちを指す。


「どうした? 何があった?」


「昨日、現地住民3名をそちらのスタッフへの攻撃の疑いで拘束した。その身柄を引き渡す前に通常の手続きとして、我々の側で尋問を実施したのだが、そこでトラブルだ」


「まさか死んだのか?」


「いいや。生きてはいる。だが、あのクソッタレども──失礼、連中は部族評議会が我々を攻撃するだろうと脅迫している。その情報のため安全が保障できず、一度調査を中止してもらっているところだ」


 太平洋保安公司側の指揮官である川内はそう説明して、石井の方を見た。


「調査の許可は取っていたんですよね、司馬さん? これじゃあ何もできませんよ」


「分かった。こういうときのために総督を抱き込んでおいたんだ。今こそ役に立ってもらおう。彼に部族評議会との捕虜引き渡しの仲介をしてもらう」


 司馬はすぐに最初に抱き込んだ総督のファレニールを使うことにした。


「私が総督に会うので護衛を頼む」


「了解。すぐに手配する」


 川内は生体インカムでVIPの護衛(エスコート)の準備を命じた。


 すぐに軍用四輪駆動車2台が準備されコントラクターたちは無人銃座(RWS)が装備された1両を先頭にし、もう1台に司馬を乗り込ませた。調査拠点の警護もしなければいけない以上、これ以上の戦力は準備できない。


 そして、ドローンが上空援護に当たる中、司馬は総督ファレニールの屋敷へ急ぐ。


「着いたぞ」


 ファレニールの屋敷はフィリアン・カールの部族たちが暮らす場所からは離れた場所にあり、周囲は青々とした芝生に囲われていた。


 建物そのものはそこまで特徴のあるものではなかったが、品がないわけでも、貧相というほどでもない。貴族の屋敷として想像するものの、やや下の方という具合だ。


「止まれ! 何者か!」


 屋敷の正門に近づくと、ファレニールの私兵が司馬たちを呼び止める。


「大井エネルギー&マテリアルの司馬だ。ファレニール総督閣下に用事がある」


「そのような話は聞いていない」


「彼は我が社の外部顧問でもある。会わせなければ彼は契約不履行として不味い立場になるが、そのことも把握していなかったと言い訳するつもりか?」


「ま、待たれよ。今、知らせて参る」


 司馬が凄み、私兵はすぐにファレニールに知らせに向かった。


「お会いになられるとのことだ」


 それから司馬たちは通され、屋敷の中でファレニールに会うことになったが。


「おお。来たか、大井のものたちよ」


 ファレニールは大井から送られた日本産ウィスキーを片手に、司馬とは別の客と会っていた。それはダークエルフの客だが、他のダークエルフたちと違って整った衣服を纏っている。下手をするとファレニールより立派だ。


「そちらの方は?」


「アイナリンド大佐だ。シルヴァリエンの部族の戦士であり、王国陸軍大佐」


 そのダークエルフの女性はそう名乗った。


 彼女は人間ならば30代前後という見た目で、銀髪を短く切り揃えており中性的な顔立ちをしている。背丈は170センチと女性にしては高い。


「なるほど。あなたがここにいらした理由は、やはり昨日の件ですね?」


「そうなる。我々の同胞が不条理に痛めつけられ、恥をかかされ、拉致された件」


 アイナリンド大佐は司馬を見つめてゆっくりとそう言った。


「どうやら我々の間には事実に対する誤認が存在するようだ。私の認識では不当な暴力が行使されたという事実は存在しない。我が社と契約している民間軍事会社(PMSC)は全てにおいて適切な行動を行った」


「部族評議会でそう宣言できるか?」


「我々には王国政府に認められた免責特権がある。あなた方の部族評議会に対する法的な責任は一切存在しない。拒否する」


 アイナリンド大佐と司馬はお互いに睨み合うようにして沈黙した。


「まあまあ。アイナリンド大佐、申し訳ないが少しばかり庭を散歩されてきてはどうか? 夜風も涼しいことですし、ちょうどいいと思うのだが」


「……そうしよう」


 ファレニールがそう提案し、一時アイナリンド大佐は席を外した。


「大井のもの司馬よ。不味いことになっているぞ」


「どういうことですか?」


「部族評議会は連れ去られた3名を返還しなければ、お前たちを攻撃すると言っている。そうアイナリンド大佐が通達してきた」


「もちろんすぐにでも返還しましょう。しかし、捕虜を返還したにもかかわらず、我々を悪しざまに言うようでは困るのです。閣下には我々と部族評議会の間で仲介をしていただきたい」


「分かっている、分かっている。そのつもりだ。しかし、この事件の発端はあくまでお前たちの側にあると部族評議会は頑なに主張している。それを収めるには、私の言葉だけでは不十分だろう」


「あいにくのところ、彼らの文化には馴染みがありません。どのような贈り物をすれば、今回の件は解決するでしょうか?」


「馬だ。ダークエルフたちは馬を好む。彼らはこの広大なフィリアン・カールを馬で移動し、季節ごとに暮らす場所を変えるのだよ」


 なるほど。モンゴルのような遊牧民のイメージだろうかと司馬は思った。


「では、馬を調達しましょう。その上で閣下には捕虜返還に協力していただきたい」


「無論だ。外部顧問として協力しよう。そして、外部顧問としてアドバイスしよう。ダークエルフたちを甘く見てはならないぞ」


「それはどういう?」


「彼らは戦士だ。根っからのな。このフィリアン・カールを我らがエルディリア王国が征服するまでにどれだけの血が流れたことか。今でこそ、ダークエルフたちは王国のために戦っているが」


 確かにダークエルフたちは兵役を務めることで、エルディリアから国民としての権利を得ているという話ではあった。それは司馬の中ではイギリスにおけるグルカ兵のようなものであろうという認識である。


「この抗議の動きは広がると総督は見ておられますか?」


「いいや。ダークエルフたちはちょっとしたことで機嫌を損ねるが、すぐに忘れる。だからこそ、連中は戦うことはできても、我らのように文明を築くことはできんのだよ」


 そう言ってファレニールはけらけらと上機嫌に笑った。


「それならば、いいのですがね」


 司馬はそう言ってアイナリンド大佐が戻ってくる前に退室することにした。今後は司馬を前にしては言えない言葉でファレニールはあのアイナリンド大佐をなだめることになるだろうからだ。


 司馬にとってそれは大した問題ではない。


 3名の現地住民の拘束そのものも本来ならばどうでもいい。これはあくまで彼らが司馬たち大井エネルギー&マテリアルの事業を妨害しようとしたからであるという司馬たちの解釈が通りさえすれば。


「しかし、馬の調達か。なかなかに難しい話だ」


 司馬がコネを持っているのは地球の牧場なので地球から取り寄せることになるが、国連主導の検疫体制は人間以外の動物が異世界に渡るのに慎重だ。異世界における生物多様性の保持が目的らしい。


 まあ、それをどうにかしなければ、問題が解決しないとなれば、どうとでもしてやるさ。もうお宝はすぐそこにあるのだから、と。そう司馬は考えていた。


……………………

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