指導部を狙って
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──指導部を狙って
「津久葉さんのやり方は効果を上げている」
太平洋保安公司のフィリアン・カールにおける最大の拠点である大井第二飛行場にて司馬が言う。
「じわじわとだが、我々はこれまでの失敗を挽回しつつある。ダークエルフたちは部族代表会議を支持し、我々の開発を支持し始めている」
ダークエルフたちが聖地解放運動か共和国陸軍かのいずれかに絶対に所属し、大井に牙をむいていた時代は終わりつつあった。
津久葉のダークエルフたちに寄り添った民生作戦は彼らを懐柔したのだ。
「それを理解した上で君は私に新しい作戦を提案するのだな、八神少佐?」
司馬の前にいたのは八神で、彼は紙コップのコーヒーを片手に椅子に座っていた。
「ええ。前にも言ったと思うが、対反乱作戦の基本はアメと鞭だ。アメは必要だが、アメばかり配っても戦いは終わらない」
「ふむ。となると、鞭を振るおうと? どのような形で?」
「我々はそろそろ聖地解放運動と共和国陸軍に対して決定的な一撃を放つべきはないかと私は考えている。それが何かと言えば、両組織の指導部の暗殺だ」
「……なるほど。確かにそれは鞭だな」
「指導部を暗殺し、求心力を低下させれば、津久葉さんの民生作戦はさらに効果を出すだろう。そして、我々は暗殺については、それなり以上に経験がある。どうか考えておいてもらいたい」
「分かった。考えておく」
八神が求めるのに司馬はそう言って頷くと大井第二飛行場を去った。
「八神が暗殺の実行を求めている」
「暗殺ですか?」
司馬はまずヴァンデクリフトにそう相談した。
「指導部の暗殺だそうだ。どう考える? 元軍人として教えてくれ」
「今回の暗殺は軍事作戦の延長にある暗殺です。そこまで政治的なリスクはないでしょう。しかし、不用意に指導部を攻撃して、より急進的な指導部がのちに構成されると、とても面倒なことになります」
「では、まずは情報の分析が大事だと」
「そうですね。作戦は許可されるのですか? 許可されるならば、こちらで情報を分析しておきますが」
「まだ考えているところだが、分析は始めてくれ」
「了解」
こうして暗殺の影響を調査する分析が始まった。
聖地解放運動のアイナリンド大佐。共和国陸軍のオロドレス。
それからその下で働く指導部メンバーについて太平洋保安公司は情報を集め始めた。その情報収集方法は、ダークエルフを介したものである。
部族代表会議についたダークエルフを密かに戦士として両組織に送り込み、彼らに情報を報告させたのだ。また捕虜にしたダークエルフを尋問することでも、太平洋保安公司は情報を集め始めている。
それによって不明だった両組織の組織図が明らかになりつつあった。
加えて意外な事実も。
「アイナリンド大佐は生かしておくべきかもしれません」
ヴァンデクリフトはそう報告するのに司馬は眉を歪めた。
「反地球の急先鋒のような女だぞ。正気か?」
「はい。実際には彼女はそこまで反地球というわけでもないようなのです。むしろ、彼女を排除した場合、かなり高い確率で聖地解放運動は共和国陸軍に合流してしまい、大規模な反地球勢力が形成されます」
「あの女は穏健派ということなのか」
「穏健派というより現実が見えている人間だと言うべきでしょう。彼女はこの戦争で完全勝利を収めるのは難しいと理解しています」
「妥協が必要だと理解している、と。そして、現実の見えていない急進派の抑えにもなっているから暗殺はすべきではないと考えているのだな。分かった。彼女の暗殺は目的から除外しよう」
ヴァンデクリフトの説明に司馬が頷く。
「しかし、共和国陸軍については大きな打撃を与える必要がないか?」
「そうですね。彼らはどう切り崩そうと急進勢力であり続けるでしょう。オロドレスを殺害しても姿勢は変わらず、しかし影響力は低下します」
「それはいいことだ。オロドレスをまずは暗殺してはどうか?」
司馬がそうヴァンデクリフトに提案。
「そうであれば八神少佐にゴーサインを出しますが」
「そうしてくれ。まずはオロドレス暗殺だ」
「了解」
こうして司馬はオロドレス暗殺にゴーサインを出した。
八神に命令は伝えられ、彼が動き始める。
「共和国陸軍はフィリアン・カール北部山岳地帯に拠点を有している。こちら側の協力者の情報と捕虜からの情報で確認された事実だ」
既に八神たちはオロドレスの居場所を掴んでいた。だからこそ、暗殺などと言う作戦を提案したのだとも言えるが。
「敵の規模は大きく、我々を上回っている。よって、少数による隠密をオプションに入れる。静かに侵入し、静かに殺し、静かに立ち去る。それができれば文句なしだ。だろう?」
太平洋保安公司のフィリアン・カールに派遣されている全軍を合わせても、オロドレスの共和国陸軍には及ばない。正面から堂々と殴り込むのは下策だろう。
「オロドレスの位置さえ分かれば爆撃で片付けるという手もある。だが、確実性を上げるにはやはり頭を弾き飛ばした方がいい。爆撃はオプションのひとつと言ったところにしておこう」
上空をMANPADSの射程圏外で飛行するドローンではどうしても目標の認識が難しい。誤爆の可能性は必ず存在する。
「我々には確実な仕事が求められている。100%の正確さだ。それを成し遂げるには、やはり地上軍を派遣しなければいけないだろう」
「まずは偵察ですね」
「そうだ。まずは偵察のために先遣隊を送る。それから本格的な暗殺部隊を」
暗殺作戦は精密な作業だ。確実に狙った相手を殺すには、外科手術のような精密さが求められる。そして、その精密さを保障するのは他でもない情報だ。
情報の正確さがダイレクトに作戦の正確さに繋がる。
八神たちはまずはその情報を得るために長距離偵察部隊を北部山岳地帯に派遣。彼らが情報を得るのを待つことにした。
長期潜入の心得がある生体機械化兵からなる4名の部隊が北部山岳地帯付近を探り、情報を収集する。
「共和国陸軍の連中、ドローンをパトロールに利用しているぞ」
「ああ。戦争ってのは学びの場だな。ええ?」
共和国陸軍はドローンを使ったパトロールや偵察も行っており、周囲には警戒網がしっかりと展開されている。
しかし、地球におけるさらなる危険な警戒網すら潜り抜けた太平洋保安公司部隊にはなんてことなく突破され、彼らは北部山岳地帯のオロドレスが司令部を設置している場所へと迫った。
「司令部だ。無線アンテナが見える」
「無線を傍受するように本部に伝えておこう」
北部山岳地帯のトンネルでは偽装されながらも無線通信用のアンテナが見える。ドローンの制御にも無線通信が必要だと思えば、この手の装備があるのは確実だった。
「これまで見たドローンはどれも無線操作だった。電子妨害でドローンはダウンさせられるだろうな」
「オーケー。その点も報告だ」
今の戦争は極めて短いサイクルで有利・不利の相性が逆転していた。無線操作型ドローンも電子対抗手段と電子防護のいたちごっこが繰り返されてきて、今は妨害側が有利だ。
「しかし、オロドレスの姿は確認できない。どこだ?」
「こちらもドローンを使用するか?」
「そうしよう」
そして、小型かつ熱光学迷彩を装備したドローンが共和国陸軍の拠点に向けて放たれる。小さな稼働音しか立てないそれは静かに拠点に侵入して、オロドレスを探す。
「オロドレスを確認」
ついに暗殺部隊は目標を捕捉した。
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