こじれる問題
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──こじれる問題
太平洋保安公司による越境攻撃は、ヴァリエンティア政府に報告された。
ヴァリエンティア政府はフィリアン・カールとの国境で戦闘が起きたことに驚きながらも、今は主戦場はリンファリエル戦域であるという認識を示した。
だが、軍部の中にはこれに納得せず、自分たちもフィリアン・カールに越境して、攻撃を行うべきだとの意見が聞こえ始める。
しかし、そうなると困るのはヴァリエンティアだ。戦線を無秩序に拡大できるほど、ヴァリエンティアは大量の兵器を抱えているわけではないし、それを扱える人間を有しているわけでもない。
フィリアン・カールに戦線を拡大すれば、どうしてもリンファリエル戦域での戦力が減少する。現在、リンファリエル東岸で奮闘している将兵を見捨てることになってしまうかもしれない。
これに解決策というものを提示してきたのが、元イラン革命防衛隊所属だった武器商人であるレザー・アフシャールだ。
アフシャールはダークエルフたちをもっと支援することで、リンファリエル戦域の戦力を減らさずに、フィリアン・カールに戦線を引けると請け負った。
だが、それに難色を示すものがいた。トートだ。
トートは下手に大井の重要拠点にちょっかいを出して、お互いの拠点を爆撃しあうようなことは望んでいなかった。トートはアフシャールに見張りを付けて、その動きを注視し始めた。
アフシャールに接触しているダークエルフは他でもないオロドレスの部下で、そのダークエルフはさらなる攻撃のための武器支援をアフシャールに頼んでいた。
ただ、そのアフシャールも利益を上げなければいけない以上、無償で武器をダークエルフに供与するわけにはいかず、ヴァリエンティア政府をせっついていた。
「アフシャールという男がダークエルフを支援しています」
そう司馬に述べるのはトートの渉外担当カンブルランだ。
「それを我々に教えるということは、どう扱ってもいいと?」
司馬は訝しげにそう尋ねた。
「彼は今もイラン革命防衛隊とつながりがあります。彼を手荒に扱うことは、必ずしもそちらの利益にならないかと思いますが。ですが、我々としては彼の扱いにとやかく言うつもりはありません」
「なるほど。そういう話か……」
トートとしてはどうでもいいが、イランとの関係悪化を招く可能性があるアフシャールの排除。デメリットばかりのトート側で処理する意味がないので、大井に投げたというわけだ。
「それではこちらで処理させてもらおう」
「一応親切心から助言するならば彼を排除するだけでは、地球産の武器の流入は止まらないと思われますよ。フィリアン・カールのダークエルフが武器を求める限り、誰かが武器を供与し続けるでしょう」
「それはこちらも理解している。問題はどうやってダークエルフが武器を得る資金源を得ているか、だが……」
司馬はそう言いながらもダークエルフたちの資金源を知っていた。彼らは同胞を人身売買することによって資金を得ているのだと。
エルディリアにもヴァリエンティアにも奴隷市場というものが存在する。その奴隷市場に共和国陸軍は裏切りものを奴隷として流しているのだ。
聖地解放運動の方はまだまともで、これまでの蓄えや家畜を売買することによって資金を得ている。ついでに言えば、聖地解放運動はまだヴァリエンティア政府及び軍とつながりがあった。
「そちらが上手く問題を解決されることを祈りますよ。我々としてもこれ以上両国の問題がこじれると面倒なことになりますから」
「ああ。そろそろ戦争の終結についても考えなければな」
司馬はそれからカンブルランと戦争終結についての話し合いの予定を立てて、それから香港を去った。
彼がエルディリアに戻ったときにも戦争は継続中であった。
状況はさらに悪化していたが。
「また自爆テロです」
エルディリア事務所にてヴァンデクリフトが司馬に報告する。
「今度狙われたのはどこだ?」
「難民キャンプです。太平洋保安公司が管理する難民キャンプで、2名のテロリストが自爆しました」
「難民キャンプを狙ったというのか?」
「ええ。恐らくは共和国陸軍の犯行でしょう。彼らにとっては難民も不愉快な存在だということです」
「どうかしてる」
大井でもエルディリアでもなく、難民たちを標的にテロを行うというのは、攻撃目標があまりにもずれすぎているように司馬には思えた。
同胞を殺して何の意味がある?
「これからもテロには警戒を。戦時ということでエルディリアも警戒はしているだろうが、油断は決してするな」
「了解」
恐らく共和国陸軍は難民たちに武装蜂起を起こさせるために、彼らを安定した難民キャンプの生活から排除しようとしたのだろう。難民キャンプを標的にしたテロは幾度も発生した。
しかし、それらの問題の背景にいるのはひとりの男だ。
「レザー・アフシャール。元イラン革命防衛隊所属で、現在はダークエルフに武器を流している武器商人だ」
司馬はカンブルランから提供された情報をヴァンデクリフトに渡す。
「この男の排除を?」
「この情報を提供したトートの渉外担当が言うには、この男はまだイランと繋がっているそうだ。そして、我々はイランでも事業を展開している」
「となると、根回しが必要ですね」
「ああ。単純に処理するには問題が多いからな」
イランにも大井は事業を展開している。このアフシャールを殺害したことで、そちらに響くのは望ましくないことだ。
「イラン当局に働きかけて、向こうで処理してもらうことは?」
「不可能ではないだろうが、時間がかかりすぎる。恐らくイラン当局にもアフシャールの上げている利益は渡っているはずだ。イランとつながりがあるという意味は、イランの軍需産業とつながりがあるという意味だろうからな」
「それでは上手くいきませんね」
「だが、我々がそれ以上の利益を提示できれば、向こうも折れるだろう」
司馬はアフシャールに繋がっているイラン当局者を買収することによって、アフシャールとイランの関係を切り離し、その上でアフシャール殺害をと考えている。
「こちらは猟犬を待機させておきます」
「ああ。こちらの準備が整ったら、すぐにでも排除しよう」
こうしてアフシャール排除に向けて事態は動き出した。
大井のテヘラン支社がアフシャールとつながりのあるイラン当局者に接触。やはりイラン革命防衛隊であったその当局者に金銭的利益を示し、これから起きることに目をつぶることを約束させた。
そして、ヴァリエンティア入りしていたヴァンデクリフトの猟犬たちが動き始める。
ヴァリエンティアにはトートが呼び込んだ地球資本による高級ホテルが既に建設されており、アフシャールはそこで頻繁に目撃されていた。
何日かの監視とホテルへのハッキングによって、アフシャールは偽名でホテルに滞在していると確定。後はどこで殺害するかという話になってきた。
「神通少佐。ヴァリエンティアはアフシャールの暗殺に警戒しているとの情報が本部より入りましたが、どうしますか?」
「警戒しているということは警備を付けているということか……。これまでの監視の情報とも一致するな」
アフシャールは数名のヴァリエンティア人を常に傍に置いており、恐らくはそのヴァリエンティア人はヴァリエンティア政府の着けた護衛だと思われていた。
「ともあれ、これ以上暗殺を延期にはできない。その点も本部から急かされている。そろそろ実行するぞ」
「計画は?」
「事故に見せかける必要はあまりない。こいつが死んで困るのはヴァリエンティア政府とダークエルフだけで、どちらも既に我々と敵対している。ならば、強引にでも暗殺することにしよう」
そう言いながらヴァンデクリフトの猟犬である神通はヴァリエンティアに展開してる高級ホテルの図面を眺めた。
彼はホテルでアフシャールを襲撃するつもりだ。
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