二正面作戦
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──二正面作戦
大井とエルディリアは現在二正面作戦状態だ。
リンファリエル川東岸を巡る戦いとフィリアン・カールでの戦いだ。
リンファリエル川東岸を巡る戦いは未だに砲撃戦が続いている。それからドローンによる戦闘だ。そちらの方は泥沼になりつつある。
砲兵がお互いをつぶし合い、ドローンが歩兵をじわじわと削る。
エルディリア政府は状況を打破するための軍事支援を大井に求め続けている。
その大井は大井でフィリアン・カールにおける新しい作戦に必死だった。
それは国境封鎖作戦である。
『シエラ・セブンからシエラ・リード。現在、監視中の目標が間もなく国境を越える』
『了解、シエラ・セブン。国境を越えるまで攻撃は待機だ』
遥か上空を飛行するドローンはエルディリア=ヴァリエンティア国境付近を進んでいる馬車を捉えていた。4台の馬車がゆっくりとフィリアン・カールに面する山岳地帯の山道を進んでいた。
『シエラ・セブンよりシエラ・リード。目標は国境を越えた』
『攻撃を許可する。やれ』
『シエラ・セブン、了解。爆弾投下、爆弾投下』
500ポンドのレーザー誘導爆弾が投下され、馬車を直撃。馬車は派手に爆発した。
太平洋保安公司のドローンは国境を見張り続け、このような爆撃を繰り返している。それを妨げられるものは存在せず、ヴァリエンティアが行っていたダークエルフへの軍事支援は減少しつつあった。
「ダークエルフたちは再び弓を使い始めた。これは武器流入に制限がかかりつつあるということを意味するだろう」
津久葉は大井第二飛行場がある太平洋保安公司の基地でそういう。
「このまま締め上げれば、また楽な戦いに戻れますね」
「そこまで楽観はしていないが、この作戦が成果を上げているのは事実だ」
エコー・ワン鉱山の警備主任である川内が言うのに津久葉はそう返す。
これまで攻撃できなかった目標を攻撃できるようになり、ドローンによる国境封鎖はなかなか意味を持ち始めていた。このままならば、ダークエルフたちから完全に地球産の武器を取り上げられるのではとの見方もあるほどに。
「ぬからず確実にやろう。それから我々は越境攻撃についても考えている」
「ヴァリエンティア領への攻撃ですか?」
参謀がそう津久葉に尋ねる。
「ああ。限定的な攻撃によってリンファリエル戦域の戦いを支援しようというわけだ。それに今も確認されているが、ダークエルフたちはヴァリエンティア領で訓練を受けている。彼らにとっての聖域であることは間違いない」
津久葉はヴァリエンティア領でダークエルフたちが訓練を受け、補給を受けるなど、同地がダークエルフたちにとっての聖域になっていることに危機感を覚えていた。
「今の国境線での警戒任務はどうしても隙が生まれる。完全に物資の輸送を阻止することは難しい。そうであるが故に策現地を叩かなければ」
津久葉が考えているのは、ヴァリエンティア領にあるダークエルフの基地の攻撃だ。その攻撃によってヴァリエンティアの軍事的注意が向けば、リンファリエル川で戦っているエルディリア軍の負担が軽減する。
「すぐに立案に入ろう。今はまだヴァリエンティア川に防空コンプレックスの類は確認されていないが、今後強化される可能性はある」
「了解」
こうして太平洋保安公司は越境攻撃の準備を再び開始した。
動員されるのは生還率がもっとも高いと思われる八神の部隊で、彼らはエーミール・ルートでの作戦から引き上げられて、この任務が割り振られた。
作戦内容はこうである。
空中機動によってヴァリエンティア領に侵入したのち、ダークエルフのキャンプを偵察し、必要に応じて爆撃を行いながら、ダークエルフたちを掃討する。
そこにはあくまで大規模な地上軍の派遣は避け、爆撃のみで片付けたいという津久葉の思惑が見えた。大規模な地上軍を派遣すれば、リンファリエル戦域と主攻が入れ替わってしまい、面倒なことになるからだ。
ここはあくまでエルディリア=ヴァリエンティア戦争におけるおまけの戦場だということを変えてはならない。
「爆撃の誘導が主任務ですか」
八神は津久葉から説明を受けて、そう呟く。
「いいたいことは分かる。古今東西、空軍力だけで決着した戦争と言うのはない。どれもが地上軍を派遣し、歩兵が血を流して勝利するものばかりだ。それをドローンだけで片付けようというのは虫がいい話だということは」
「ええ。ですが、分からなくもないのです。我々は地上軍を全く派遣していないわけではなく、フィリアン・カールには派遣している。そして、我々の戦場はフィリアン・カールであると」
「そう考えてくれるのは嬉しいが、この戦いはいろいろと面倒だ」
八神の理解を示す言葉に津久葉がそう唸る。
「ベトナム戦争中の中国領やラオス領、アフガン戦争でのパキスタンの部族地域。そういう聖域が構成されてしまっている。これを地上軍を持って制圧せずに勝利できるのか。私には疑問だ」
「ふうむ。確かにそれらは戦争を長期化させ、ゲリラに利することになりましたね」
「我々は先人たちと同じ轍を踏むのかもしれないな」
津久葉はそう将来を悲観視したのだった。
それでも彼らはやれることはやろうとヴァリエンティア領への攻撃を決定。
夜間にパワード・リフト機で八神の指揮する12名の生体機械化兵が国境を越えてヴァリエンティア領へと侵入。事前の航空偵察である程度判明していたダークエルフたちのキャンプに迫る。
ここまでの作戦は以前にも行われたことだが、今はエルディリアはヴァリエンティアと戦争状態にあるという点が異なる。
八神たちは所属が判明してもよかったし、証拠を消す必要もなかった。エルディリアがヴァリエンティアに攻撃を仕掛けても、戦時なので問題はないのだ。
だから、彼らは隠密度外視の重武装だった。口径12.7ミリの電磁ライフルから迫撃砲まで、持ち込めるものは何でも持ち込んだ。
まずは偵察の任務を果たすために、八神たちは慎重にダークエルフのキャンプに向かう。以前破壊されたのとは別の場所で、新しいダークエルフの新兵たちが訓練を受けている。さらに言えば彼らは以前と違って警戒していた。
「目標を確認。間違いない。ダークエルフのキャンプだ」
「爆撃を要請しますか?」
「その前に対空火器と地対空ミサイルを叩いておきたいな。3名ついてきたまえ。敵の防空網に打撃を与えておこう」
「了解、ボス」
爆撃を行うドローンが撃墜されたりなどすると計画が狂う。そこで、八神たちは先にドローンを撃墜し得る対空火器と地対空ミサイルを叩くことにしたのだった。
それらを叩くのには隠密がある程度は必要になる。生体機械化兵からなる八神の部隊でも無敵のサイボーグということはなく、数で圧倒的に劣る現状で冒険はできない。
八神と3名の部下は密かにキャンプ内に侵入すると、まずは無人のまま放置されていた旧式のロシア製高射機関砲に爆薬を仕掛け、次に保管庫のMANPADSの基盤を指向性電磁パルスで焼き切る。
全く敵に気づかれずにキャンプの防空網を沈黙させた八神たちは、またキャンプを出るといよいよ爆撃の誘導を開始することに。
「マイク・リードよりシエラ・フォー。爆撃を要請する。攻撃目標はレーザーで指示している。爆弾をたんまりと落としてやってくれ」
『了解、マイク・リード。爆弾投下まで10秒』
エルディリア=ヴァリエンティア国境を越えて侵入したドローンが1000ポンド航空爆弾を投下。爆弾はダークエルフたちのキャンプを直撃し、大爆発が生じる。
「オーケー。ばっちりだ。さあ、残敵掃討と行こうか」
そう言って八神たちがダークエルフの生き残りに牙をむく。
迫撃砲がまずは火を噴き、続いて生体機械化兵たちの電磁ライフルが火を噴く。
「どこから撃たれているんだ!?」
「応戦しろ!」
ダークエルフたちの悲鳴が闇夜に響いた。
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