砲撃戦
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──砲撃戦
エルディリアとの国境になっているリンファリエル川を渡河し、エルディリア領内に侵入したヴァリエンティア軍。
彼らとエルディリア軍は現在、砲撃戦を繰り広げていた。
ヴァリエンティア軍はロシア、中国製の火砲で武装しており、砲兵陣地をリンファリエル川の両岸に設置していた。
「てーっ!」
口径122ミリの榴弾砲や口径152ミリの自走榴弾砲。旧式ながらも火砲は火砲だ。自動装填機能や知性化砲弾は使えなくとも、相手を殺傷するだけの威力は有している。
「砲撃だ! 伏せろ、伏せろ!」
エルディリア軍は進出したヴァリエンティア軍を囲むように塹壕を掘っており、その塹壕に向けて砲弾が降り注ぐ。
「クソ、クソ。頭がおかしくなりそうだ」
「母さん!」
エルディリア軍は近衛第4猟兵連隊の他に、銃火器を与えられた地方領主軍で構成されており、その練度は近衛第2猟兵連隊と比べるとどうしても低い。
もちろんエルディリア軍も撃たれっぱなしではない。
彼らは太平洋保安公司の軍事コンサルタントの指導の下、対砲迫戦を行っていた。
「ドローンが敵砲兵陣地を発見した。位置は──」
ドローンによる偵察や火砲の照準は太平洋保安公司の軍事コンサルタントたちが行い、エルディリア軍は火砲の機動や装填などを担当する。
エルディリア軍はアメリカ製の口径155ミリ榴弾砲や、同口径の自走榴弾砲を使用しているが、やはりこちらも旧式だ。それでもヴァリエンティア軍よりは恵まれており、知性化砲弾が使用可能である。
知性化砲弾はドローンに搭載されたレーザー誘導装置と砲弾そのものに内蔵されたAIによって目標に誘導されるもので、対砲迫戦をエルディリア軍が優位に進めるための必需品であった。
エルディリア軍の放った知性化砲弾は上空を飛翔して目標に向かい、誘導航空爆弾と同じ方法で目標であるヴァリエンティア軍の砲兵陣地に迫る。
そして、着弾。
「やったぞ。敵の砲兵陣地が爆発している。誘爆を確認した」
ドローンを制御している太平洋保安公司のコントラクターがそう歓声を上げた。
「しかし、敵は相当な数の砲兵を動員しているようだ。きりがない」
エルディリア軍の砲兵がいくらヴァリエンティア軍の砲兵に優位であっても、完封勝ちは難しかった。ヴァリエンティア軍の砲兵は質より量を選んでおり、無数の火砲がエルディリア軍の砲兵陣地をすぐさま狙ってくる。
「陣地転換だ! 急げ、急げ!」
撃ったらすぐに退避。現代の砲兵の原則は異世界でも同様だ。
それからもうひとつ猛威を振るっていたのは、ドローンそのものによる攻撃だ。
「クソ! 敵のドローンだ! 突っ込んで────わあ───!」
塹壕にいたエルディリア軍を襲ったのは爆弾を装着したFPVドローンで、それは塹壕に向けて突撃すると爆薬を点火させて爆発した。
ドローン。地球の戦争ではもはやなくてはならないものであり、ありとあらゆる国が製造している。
ドローンの迎撃と言うのはなかなか難しい。まして、ドローンというものを最近知ったばかりのエルディリア、ヴァリエンティア両軍の将兵にとっては成す術もない。
「我々からすると砲兵とドローンによる消耗戦が続いているという認識です」
そうエルディリア事務所で述べるのは太平洋保安公司の責任者である津久葉で、彼は最近の戦況を纏めた報告を行っていた。
「両軍ともに塹壕と地雷原を設け、にらみ合いが続き、それを解決する手段として砲兵とドローンが使用されています。ヴァリエンティアに大きな動きがない限りは、戦線の拡大も縮小もないでしょう」
「ありがとう、津久葉さん」
津久葉の報告に司馬が礼を述べる。
「エルディリア政府からは追加の軍事支援を求める声が上がっている。敵の砲兵とドローンに対抗できる装備が必要だとして。我々はそれらを供与することはできるが、今の戦線の膠着がいきなり打破された場合、状況が不安定化するのではないかと恐れている」
「そうでしょう。戦線は膠着しているから、小規模な戦闘で済んでいますが、これが突然打破され、大きな勝利が手に入ると分かれば、エルディリアは戦線を大きく拡大させ、戦争は激化するかと」
「適度な支援が重要だというわけか」
「その通りです。過剰な軍事支援は逆に状況を悪化させます」
司馬が述べるのにヴァンデクリフトが頷く。
「では、エルディリアからの軍事支援要請は跳ねのけておこう。だが、いつまでも戦線を膠着させておくわけにもいかない。一定の勝利が必要だ。少なくとも失地回復については絶対条件となる」
「ヴァリエンティア軍が支配するリンファリエル川東岸の奪還ですね」
「そうだ。それで両者痛み分けとしたい」
エルディリアにヴァリエンティアの国土を奪わせれば、またそれが戦争の口実になってしまう。エルディリアもヴァリエンティアも以前の状態に戻るだけにし、勝者なしで戦争が終わるのが望ましい。
それで現代の戦争に旨味がないことを知ってもらえれば何よりだ。
「エルディリア=ヴァリエンティア戦争についてはこの方針で進めるとして、フィリアン・カールに異常はないか?」
「今のところは通常通りです。それは決して安定はしていないが、悪化もしていないという意味ですが」
「そうか。戦争の混乱に乗じてダークエルフたちが動くことを警戒していた」
「今も警戒しています。恐らくはこの混乱を生かさないということはないでしょう。何かしらの攻撃に出るはずです」
「ふうむ。困ったものだな……」
戦争の混乱は確実にエルディリアに響いている。
フィリアン・カールという重要地帯には太平洋保安公司と近衛第2猟兵連隊が今も展開しているものの、国境警備を行っていた近衛第3猟兵連隊と近衛第1騎兵連隊は撤退してしまっているのだ。
国境の警備が手薄になればヴァリエンティアからの浸透も激しくなる。そうして、武器がダークエルフたちに流れれば、戦闘はまた激化するだろう。
そうなるとエコー・ワン鉱山の利益は減少し、エルディリアに入るロイヤルティも減少する。そのせいでエルディリアが弱体化すれば、もっとダークエルフたちが暴れ回るという負の連鎖だ。
大井としては最低限エコー・ワン鉱山の操業だけは安定化させたい。
「津久葉さん。民生支援の方は上手くいっているのだろうか?」
「ええ。潜在的な敵勢力の数は減らせたはずです。とはいえ、我々がこれまでやってきたことを帳消しにできるほどではありませんが……」
「ダークエルフによる治安部隊を組織するのは難しいと?」
「そうですね。そうなります」
津久葉の構想ではダークエルフたちを分裂させ、一方を取り込み、ダークエルフによる治安部隊を組織することによって、大井とエルディリアの負担を減らそうと考えていた。だが、昨日まで太平洋保安公司に虐殺されていたダークエルフが応じるはずもなく。
「長期的には成功するでしょうが、短期的にすぐ結果を出すのは難しいのが現状です。我々はあまりにも滅茶苦茶にやりすぎた」
津久葉のその言葉にエルディリア事務所の会議室に集まった面々が呻く。
「分かった。だが、過去は変えられない」
司馬はそんな中でそう宣言する。
「我々は戦争を時期を見て終結させ、エルディリアを安定化させ、フィリアン・カールも安定化させる。そのためにできることは何だろうとやろう。民生支援でも、国境の見張りでも何でもだ」
司馬が続ける。
「幸い、国境警備については我々にとってやりやすくなった。エルディリアとヴァリエンティアが交戦状態に陥ったことで、国境を越える人間は全て犯罪者であり、攻撃しても問題はなくなった」
その通りだ。これまではヴァリエンティアの商人である可能性などから、ドローンで攻撃できなかった目標を、これからは攻撃できるのだ。
「国境を完全に封鎖するぞ」
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