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誰も望まなかった開戦

……………………


 ──誰も望まなかった開戦



 エルディリア=ヴァリエンティアの軍事緊張は今も続いている。


 その事態が動いたのは大井によるエコー・ワン鉱山の開発が完全に軌道に乗って1年が過ぎたときだった。


 国境で再び小規模な衝突が起き、その衝突が徐々に広がり始めたのだ。


 国境を警備する衛兵同士の戦闘に、地方領主の軍が投入され、エルディリアとヴァリエンティアは話し合いの場を持たす、両者が次々に戦力を投入し続けた。


 地方領主の軍は近代化されておらず、昔ながらの剣と弓の戦いだった。だが、それに油を注いだのはヴァリエンティアの方が先だったと記録されている。


 ヴァリエンティアは近代化された軍部隊を投入。


 ロシア製の装甲車と中国製の銃火器、イラン製のドローンで武装した部隊が国境を越えて侵攻。瞬く間にエルディリアの地方領主軍を打ち破り、そのまま占領を始めた。


 これに対してエルディリアも近代化されている近衛第4猟兵連隊を投入。


 銃火器による応酬が始まり、装甲車に向けて対戦車ロケットが放たれ、迫撃砲が火を噴き、死者が増大する。こうなるとエルディリアもヴァリエンティアももう後には引けなくなってしまう。


 こうして誰もが開戦を決意したわけでもないのに、戦争は始まった。


「とうとう戦争だ。こうなるのは時間の問題だったとしても」


 司馬はエルディリア事務所でスタッフたちを前にそう言う。


「エルディリア政府から何か要請は?」


「武器を、と。もっとたくさんの武器を手配してくれと言っている」


「手配するのですか?」


「トート側との協議が先だ」


 フォンの質問に司馬はそう言った。


「トートと足並みを合わせて戦線拡大なり、終戦なりを手配する。今のところ、トートはまだヴァリエンティア政府に影響力があるし、我々もエルディリア政府に一定の発言力がある」


 この戦争は良くも悪くもメガコーポが影響力を有する戦争だ。


 メガコーポが本格的に戦争を望まなくなれば、強引に終わらせられる。そんなゲームのような戦争なのである。


「トート側が我々の利権に介入する可能性は?」


「今のところはない。こちらは法的にがっちりとエコー・ワン鉱山を押さえているし、トートがそれを奪おうというならば、太平洋保安公司との戦闘を覚悟する必要がある」


民間軍事会社(PMSC)同士の戦闘をトートは望まないと……」


「恐らくは誰も望まない」


 民間軍事会社(PMSC)が同じ民間軍事会社(PMSC)を相手に戦闘を行うというのは、このご時世においてもなかなかあるものではなかった。


 どちらも愛国心などを戦争の理由としない、営利目的の武装勢力である以上、リスクは避けたい。そうなると自然と衝突は避けられるというわけだ。


「私はまずトートの渉外担当であるカンブルランに会ってくる。それからアイリアン殿下を始めとするエルディリア政府関係者との面会だ。それまではそれぞれ情報収集を行ってほしい。戦況や世論についてだ」


「了解」


 こうして始まった戦争に司馬たちは対応を開始した。


 司馬は再び地球に飛んで、香港でトートの渉外担当カンブルランと面会。


「戦争になってしまいましたね。残念なことです」


 カンブルランはまずそう述べた。


「問題は我々が戦争をどう扱うかでしょう。そちらは戦争を全く望んでいないというわけではなかったと記憶している。この戦争をどの段階まで進め、そして終わらせるのかについて意見を一致させておきたい」


「あまり被害が出すぎるとヴァリエンティア政府の統制が弱まります。そうなると我々としては困るのです。そちらと同じように鉱山開発の契約は王室と行っていますから」


「なるほど。我々も同様だ。エルディリア政府が弱体化することは望ましくない」


 ヴァリエンティア政府はエルディリア政府よりも封建主義的なところがあり、地方領主の力が完全に無視できないという事情があった。


 ヴァリエンティア政府が戦争で弱体化すると、地方が反乱を起こし、国が分裂しかねない。そうなるとトートとしては鉱山開発においてトラブルが多発してしまう。


 そこら辺の事情はフィリアン・カールという爆弾を抱えている大井も同じだ。


「しかしながら、このまますぐに戦争を終結させれば、ヴァリエンティア政府は不満を抱えたままになります。ガス抜きは必要でしょう」


「それがコントロールされたものであれば異論はないが」


「ヴァリエンティアとエルディリアが戦争になって困るのは、彼らが地球の兵器を保有しているからでしょう。その流通さえコントロールできれば、戦線の拡大と縮小は、ある程度コントロールできるのでは?」


「首輪を外した武器商人どももコントロールできる、と?」


「皮肉なことですが、平時より戦時の方が、この手のことはコントロールしやすいのですよ。そうではないですか?」


「確かに」


 平時には物流を行政が完全に掌握することは難しいが、戦時となれば非常事態を名目に物流を管理できる。


 そして、トートはその行政の側に一定の影響力を有しているので、彼らはフリーの武器商人たちがヴァリエンティアに武器を持ちこむのを制限できるわけだ。


「では、今後とも連絡を絶やさず、戦況のコントロールについて最善を図りましょう」


「講和条件についてもいろいろと話し合う必要があるだろうからな。どちらがどれほど譲歩して、戦争を終わらせるのか」


「ええ。その通りです」


 司馬とカンブルランはそのような同意を形成して別れた。


 その間にエルディリアにも動きがあった。


「ヴァリエンティア、討つべし! 地球の武器をもっと取り寄せて、ヴァリエンティアを滅ぼさなければならない!」


 そう宮廷で威勢よく言うのはアイリアンだ。彼は反ヴァリエンティアの筆頭のような存在になっている。


 しかしながら、彼の言葉は彼に利益をもたらしている大井の言葉を代弁しているだけだ。彼は大井の利益が自分たちの利益であることを認識し、あえて大井の操り人形を演じていた。


「軍務大臣。今の戦況を述べよ」


「はい、殿下。現在、我が軍はリンファリエル川を越えて、エルディリア領に入ったヴァリエンティア軍と相対しております。両軍が砲撃戦を繰り広げてはおりますが、事実上戦線は膠着しています」


「どうすればヴァリエンティア軍を駆逐できる?」


「太平洋保安公司の軍事顧問によれば、まず対砲迫戦を優位に進めるためのレーダーやドローンの導入であり、続いて砲撃に耐えられる装甲車による進軍だと」


「つまりはもっと多くの地球の兵器がなければ、我々は奪われた領土すら奪還できないのだな?」


「その通りです」


 大井はこのエルディリア=ヴァリエンティア戦争において始まった砲撃戦への対処方法を、太平洋保安公司の軍事コンサルタントに分析させ、大井とエルディリア軍の両方に提出させていた。


 それによれば砲撃戦で勝利するためには、敵の砲兵の位置を特定する対砲迫レーダーやドローンの導入が必要であり、さらには砲撃の中を突っ切れるだけの装甲を有する歩兵戦闘車(IFV)装甲兵員輸送車(APC)が必要だという。


「ならば、すぐさま大井から武器を購入し、我々の勝利のために邁進すべきだ!」


 アイリアンは宮廷の広間に集まったものたちにそう訴える。


「近衛第2猟兵連隊を投入すればいいのではないか?」


 そう言うのはギルノールで、彼は自分の弟に猜疑の視線を向けていた。


「何をおっしゃるのだ、兄上。まさか戦争がフィリアン・カールに飛び火しないとでもお思いか? ダークエルフたちがヴァリエンティアと手を結んでいることは明白! 近衛第2猟兵連隊には引き続き、ダークエルフの頭を押させさせておかなければ」


 ギルノールの言葉にアイリアンはそう言う。


 近衛第2猟兵連隊の人身売買で利益を得ているのは、アイリアンも同じだ。


「この件は女王陛下の裁可を仰ごう。我々だけで決定していいことではない」


 そんな弟にギルノールはそう言って、広間を出た。


……………………

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