敵と味方の区別
……………………
──敵と味方の区別
エーミール・ルートは依然としてダークエルフたちに攻撃されている。
「来たぞ。大井の車両だ」
リンスィールはそう言う指揮官の言葉に息をのんだ。
彼は衛生兵として作戦に参加しており、痛み止めの薬草などをカバンに詰め込み、包帯なども詰められるだけ詰めていた。
エーミール・ルートの路肩に潜んだ彼らは弓矢ではなく、アメリカ製の銃火器で武装し、さらにはロシア製の対戦車ロケットを装備している。
「行くぞ、聖地のために!」
「聖地のために!」
そして、車列が十分に近づいたところでダークエルフたちは飛び出した。一斉に対戦車ロケットが先頭の車両に叩き込まれ、無人のそれが爆発炎上する。
「ウィスキー・ファイブより全ユニット! 攻撃だ!」
「クソ! 下車して戦闘開始!」
これまではダークエルフたちは太平洋保安公司やレッドファング・カンパニーの装備する軍用四輪駆動車を撃破する手段はなかったが、今や彼らは対戦車ロケットで武装しており、乗車したままの戦闘は危険だった。
対応に当たったレッドファング・カンパニーの傭兵たちは下車し、車両を盾にしながら前方に出るとダークエルフを捕捉。
「接敵!」
「交戦規定は射撃自由だ! 撃て!」
ダークエルフたちに向けてワーウルフ族の傭兵たちは射撃を加えながら迫る。
「ひっ……!」
銃弾が周囲で飛び交うのにリンスィールは悲鳴を漏らす。
「もういいぞ! 撤収だ、撤収!」
ダークエルフたちは長居はせず、すぐさま撤退を始める。
リンスィールも彼らが撤退するのに合わせて逃げた。待たせてあった馬に跨り、一目散にエーミール・ルートから距離を取る。
「クソ。逃がした!」
「大丈夫だ。マイク・フォースが出動した。やつらに任せよう」
八神のマイク・フォースは索敵殺害作戦から引き揚げられたのちに、エーミール・ルートの警備任務に割り振られていた。
彼らの役割は襲撃後に逃げるダークエルフたちの捕捉と殲滅であり、これにはマイク・フォースと仲良しの近衛第2猟兵連隊も参加している。
ドローンが逃げるリンスィールたちを追い、それと同時にパワード・リフト機で空中機動するマイク・フォースが展開する。
「マイク・リードより全ユニット。久しぶりのウサギ狩りだ。獲物に敬意を払い、楽しむといい」
八神はにやりとした笑みを浮かべてそう言い、彼の指揮する生体機械化兵たちが笑い声を上げた。
パワード・リフト機は着実にリンスィールたちに迫っている。
「不味いぞ。追われている!」
リンスィールは部隊の指揮官がそう叫ぶのを聞いてぞっとした。
逃げ切れたと思ったが、そうではなかったのだ。太平洋保安公司か近衛第2猟兵連隊がリンスィールたちを追っている。
「ここで分かれるぞ。どちらかが生き延びればいい」
「了解」
そして、リンスィールたちは二手に分かれた。
リンスィールは東に向かい、一方の部隊は西へ向かう。
リンスィールはとにかく馬を走らせた。必死に、必死に馬を走らせた。だが、馬の方は限界を迎えつつあった。馬は耐えられずにこけて転がり、リンスィールは放り出され、そのまま意識を失った。
それから暫く経っただろう。リンスィールは目を覚ました。
「大丈夫か?」
そう声をかけてくるのは見知らぬダークエルフだ。
「ここは……」
「村だ。我々の村。ここは守られている。大丈夫だ」
周囲を見渡すと、リンスィールの知る天幕の中でも、洞窟やトンネルの中でもなく、明るい室内であった。壁やカーテンは白く、清潔感がある。
「意識は戻りましたか?」
そこで現れた人にリンスィールはぎょっとした。それは太平洋保安公司の軍服を着た女性で、その軍服の上から白衣を羽織っている。
「ええ。さっき目を覚ましました」
「一応検査はしましたが、脳に異常はありません。ですが、疲れていたようですね」
リンスィールに呼び掛けたダークエルフが言うのに、太平洋保安公司の所属だろう女性はそう返した。
「疲労回復と栄養補給のための点滴をしておきますので、もうしばらく寝ていてください。いいですね?」
「……は、はい」
太平洋保安公司の女性はどこかリンスィールの母親に似ていた。
「……君はエーミール・ルートから逃げてきた。そうだろう?」
「……うん」
太平洋保安公司の女性が去り、ダークエルフの男性が言うのに、リンスィールは小さく頷いて答えた。
「彼らの元に戻るつもりか?」
「分からない」
「なら、戻らない方がいい。この戦いは地球の人間が勝つだろう。アイナリンド大佐の戦いも、オロドレスの戦いも、決して上手くいかない。失敗するんだ」
ダークエルフの男性が語るのをリンスィールは静かに聞いていた。
「この部屋を見れば分かるだろう。ここまで明々と部屋を照らす照明を、彼らは物のついでのように作っていった。国力が桁違いだ。武器についてもそうだ。我々とは比べ物にならない兵器を持っている」
空を自在に飛ぶパワード・リフト機や馬よりも素早い軍用車両。
「我々は敗れたも同然。これ以上戦っても無駄な死人を出すだけだ。それに彼らは我々を根絶やしにしようとしているのではない。我々が逆らわなければ、こうして立派な病院などを与えてくれる」
ダークエルフの男性はそう言った。
「戻らない方がいい。戻っても死ぬだけだ。ここにいなさい」
「……うん」
確かに戦っても勝ち目はないというのは、薄々感じていた。リンスィールたちダークエルフが何十人もの被害を毎回出すのに、太平洋保安公司などはほとんど死人を出さないのだから。
戦い続ければひとり残らず殺されてしまい、ダークエルフは本当に絶滅してしまうかもしれない。
それに戦うことは恐ろしい。死がすぐそばにあって、いつ自分に降りかかるか分からないのだ。それが何よりも恐ろしいことであった。
リンスィールは戦うことをやめようと思い、それから体を休ませるためにじっとベッドの上で横になっていた。リンスィールはそうしながらこれからのことを考えていた。平和な時代に自分が何をできるのかということを考えていた。
しかし、リンスィールが戦うことを諦めても、戦いは彼を逃がさなかった。
オロドレスの指揮する共和国陸軍は、依然として太平洋保安公司と接触したダークエルフたちを襲っている。村を襲い、焼き払い、皆殺しにする。そういうことをあちこちで繰り返していた。
彼らがリンスィールのいる村に目を付けていたのは、リンスィールが訪れる数日前からだった。彼らは太平洋保安公司の警備が薄くなるのを待ち、襲撃を仕掛け、裏切りものたちに鉄槌を下すつもりだ。
さらに厄介なことにエーミール・ルートの襲撃犯を追っていた近衛第2猟兵連隊も、この村に襲撃犯が運び込まれたという情報を得て、行動を開始していた。
共和国陸軍は忍び、近衛第2猟兵連隊が迫り、リンスィールたちはそれに気づていない。彼らはようやく戦いから逃れることができたと、そう考えているだけだ。
血に飢えた狂犬のように、争いと戦いは血の臭いに引かれて獲物を探しながら、その牙からよだれを滴らせている。
狂犬の獲物となるのは争いを嫌うものか、裏切りを憎むものか、あるいは金に群がるものたちか。あるいは全員が何かしらの獲物となってしまうのか。
今まさに戦いは始まろうとしている。避けることはもうできない。
……………………




