現地の目線
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──現地の目線
リンスィールはフィリアン・カール王室属領に暮らすダークエルフの子供だ。
父はシャーマンのひとりで、村で行う祭事を取り仕切る立場にある。また母は医者であり、治癒魔法が使えるほかは、このフィリアン・カールに生息する数多くの薬草について知っていた。
リンスィールが友達とともに狩りの練習に向かったとき、それは現れた。
「あれは!?」
彼らの上空を巨大な黒い鳥が飛んで行った。聞いたこともないような音を響かせ、黒い鳥はそのままフィリアン・カールの奥地へと飛び去っていく。
「今のは……」
彼らが見たのは鳥ではない。大井が持ち込んだパワード・リフト機だ。
大井は調査チームをリモートセンシング調査で割り出したレアアースの埋蔵地に向けて派遣し、いよいよ地上での調査が開始されたのである。
「さっきのは向こうに飛んで行ったよ!」
「追いかけよう!」
子供たちは好奇心でいっぱいだ。日常にいつもと変わったものが現れたのに興味を示さないはずがない。
子供たちは飛び去ったパワード・リフト機を追いかけ、森を抜け、丘を駆ける。
「あれを見て! 鳥はあそこに降りたみたい!」
「人が乗ってたんだ!」
地面に降り立ったパワード・リフト機から石井リーダーを始めとする調査チームが降りて、周囲を確認すると、彼らから見て南にある山に向かって進み始めた。その様子を子供たちは興味深そうに遠くから見ている。
「けど、あっちは神様の土地だよね……?」
そう、石井たちが向かっている山はダークエルフにとっての霊山であり、彼らの信じる神が降りる場所として信仰されていた土地であった。リンスィールの父も『あの山は神様の土地だから入ってはいけない』と言っていた。
その土地に明らかによそ者である人間たちが進んでいる。
「お、大人に知らせてくる!」
子供たちの何人かは大人を呼びに村へと走る。
その間にも石井たちは霊山の方に進み、ドローンを飛ばし始めた。神聖な山にドローンが飛び交い始めるまではすぐだ。
「どうした! 何があった!?」
そこで子供たちに呼ばれた大人たちが慌ててやってきた。子供たちが怪我をしたのではないかと心配していたようだが……。
「あれを見て! 神様の土地に他所の人が……」
「何ということだ」
リンスィールが指さすのに大人たちは表情を歪ませて石井たちの方を見る。
「お前たち、よく知らせたな。今はここから離れなさい」
「う、うん」
しかし、一度芽吹いた好奇心はそう簡単には消えない。子供たちは離れた振りをして、遠くから霊山と大人たちの様子を見守った。
大人のひとりはオロドレスという戦士で、主に魔物を狩り、ときに密猟者を拘束し、フィリアン・カールの治安を守ってきた。他の2名の大人のダークエルフも、同様に戦士階級にある人物だ。
彼らは霊山が彼らの神の土地だと疑いようもなく信じている。
「お前たち! そこで何をしている!」
オロドレスが声を上げるのに石井たちが怪訝そうに彼を見返した。太平洋保安公司のコントラクターの動きは素早かった。
コントラクターたちは技術スタッフを守るように布陣し、3名がテーザー銃を素早く抜き、他4名は強化ポリカーボネート製のライオットシールドを構え、残りは自動小銃の銃口をダークエルフたちに向けた。
そして、指揮官の川内が片手で自動拳銃を握り、片手で拡声器を手にする。
「止まれ! それ以上の接近は許可しない!」
川内が拡声器でダークエルフたちに向けて叫ぶ。
「我々はエルディリア王国政府より自衛の権限が認められている! それ以上の接近は我々に対する攻撃の意志ありと見做し、反撃する準備がある!」
「何を言っている? 王国政府の許可だと?」
ダークエルフたちはよく理解できず、少なくとも霊山からは立ち退いてもらおうと呼び掛けるためにより接近した。
「止まれ! 繰り返す、それ以上の接近は許可しない!」
再び川内がそう呼び掛け、彼は上空に向けて自動拳銃で威嚇射撃を実施。乾いた銃声が響き渡り、ダークエルフたちが聞いたことのない音に目を丸くする。
「これで止まらなければ、テーザー銃の射撃を許可する。射撃後、速やかに対象を武装解除して拘束せよ」
「了解」
生体インカムを通じて川内から他のコントラクターに指示が飛ぶ。
ここにいるのは元日本国防四軍や元アメリカ五軍、元台湾国防三軍という実戦経験のある人間ばかりだ。修羅場は初めてではない。自分の身を守り、警護対象の身を守るだけの簡単な仕事だと言い聞かせていた。
「聞け。お前たちはそこで何をしているんだ? その山は我々の──」
「射撃許可!」
オロドレスが質問しようと一歩前に進んだところで、テーザー銃の引き金が引かれた。テーザー銃から空気圧で放たれた電極がオロドレスたちダークエルフに刺さった。同時に電気パルスが流れ、オロドレスたちが痙攣して倒れる。
それからすぐさまライオットシールドを構えたコントラクターたちが前に出て、オロドレスたちが所持していた山刀や弓を奪い取り、手錠で後ろ手に拘束した。
「おいおい。どうするんだ? 我々が調査について説明すべきだったのでは……」
「口出ししないでくれ。こっちの仕事だ」
流石に石井が眉を歪めるが、川内は彼ら技術スタッフを拘束したオロドレスたちに近づかせない。
「どうします? 部族評議会か、総督に引き渡すことになると思いますが」
「まずこちらで取り調べてからだ。これが攻撃のための偵察である可能性もある。そして、我々は総合的な保安手続きを保障して行動している」
「了解。ベース・ワンに手配させます」
ベース・ワンは太平洋保安公司側における大井エネルギー&マテリアルの調査拠点の呼称である。
「捕虜を移送するパワード・リフト機は10分後に到着」
「ぐっ……」
ここで痙攣が収まり始めたオロドレスが唸り声を上げた。
「動くな。そちらの身柄は我々が拘束した。抵抗すれば痛い目に遭うぞ」
「何を──」
川内の脅しにオロドレスが起き上がろうとすると、別のコントラクターが再びテーザー銃の引き金を引いた。オロドレスがまた呻いて痙攣し、今度は失禁した。
「抵抗が激しければ射殺を許可する。人員の安全が第一だ」
川内にとって優先すべきは、まず技術スタッフの安全であり、次に部下たちの安全だ。現地の人間については彼が責任を負うところではない。
しかし、この様子を見ていた子供たちが、オロドレスたちが倒れたところを見て、また別の大人を呼びに向かっていた。
今度、呼ばれた大人は責任あるシャーマンや戦士たちの長、あるいは占い師たちであり、彼らはまず遠くから拘束されたオロドレスたちを見た。
「何ということだ。彼らを助けなければ」
「待て。ここは相手を見定めなくては。無用に突っ込めば全滅するやも」
集まった若い戦士たちが声を上げるのをシャーマンたちが収める。リンスィールの父親も年長のシャーマンとして若者が先走るのを押さえていた。
「一度部族評議会を開き、それから総督に申し立てよう」
「しかし、その間仲間たちはあのままにしておくのか?」
「あそこに捕まっているのは、シルヴァリエンの部族の戦士たち。我々シルヴァリエンの部族の仲間が見張り、命を奪われそうになればすぐに助ける」
フィリアン・カールのダークエルフの部族は3つ存在する。
ひとつはこの戦士たちを多く輩出するシルヴァリエンの部族たち。
ひとつはシャーマンなどの司祭階級が多いナライオンの部族。
もうひとつは政治を司る占い師たちが多くいるミリリエスの部族。
この3つの部族がフィリアン・カールの部族評議会を構成していた。
リンスィールとその家族はナライオンの部族に所属している。
「それからアイナリンド大佐を呼んでくれ。彼女なら総督にすぐに会えるはずだ」
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