方針転換
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──方針転換
近衛第2猟兵連隊はこれまでのダークエルフに対する索敵殺害作戦で利益を得ていた。
彼らは捕虜にしたダークエルフたちを人身売買し、彼らの家畜を不当に売却することによって金銭を得ていたのである。
そう、エルディリアには未だに奴隷制度がある。大井が地球のメディアに対して隠している事実のひとつだ。
奴隷として売られたダークエルフたちの辿る末路は最悪で、とてもではないが人道的だとか言えるものではなかった。
しかし、その美味しい索敵殺害作戦が津久葉の着任で、変更されそうになっている。スーリオン大佐と彼の部下たちはそれに反発し、アルフヘイム──エルディリア政府に太平洋保安公司への圧力を求めた。
「どうしても必要な方針転換なのか?」
スーリオン大佐からの陳述を受けて尋ねてきたのは、アイリアンだ。彼は自分の子飼いであるスーリオン大佐の不満を解決しなければならないと思い、こうしてフィリアン・カールにおける太平洋保安公司の拠点を訪れた。
「ええ。必要です。このままダークエルフたちを無意味に弾圧しても、彼らの敵意は高まるばかり。ここは一度彼らをなだめて、武装勢力と民間人の間に意識の差を生じさせ、分断すべきなのです」
「ふむ。確かにそれは実行できるならば有益そうであるが、本当に実現できるのか?」
「それはこれからの努力次第でしょう」
すぐに結果を求めるような短期的な視野ではなく、長期的に考えなければと津久葉はアイリアンを説得した。
「しかし、部下たちはこれまで太平洋保安公司の方針だとして、苛烈な戦いを戦ってきた。それが無意味だったと分かれば落胆してしまう」
「無意味だったということはありません。治安に一定の成果はあったでしょう。しかし、現状以上を求めるのであれば、方針を転換する必要があるのです。長期的に考えれば、こちらの方がいいのですよ」
「分かった。部下たちを説得してみよう」
「お願いします、殿下」
アイリアンはそう請け負ったが、スーリオン大佐たちは納得しない。
彼らは太平洋保安公司の方針転換に納得せず、独自の軍事作戦を始めた。ダークエルフたちを探し、手当たり次第に捕まえては奴隷にするという軍事作戦と呼んでいいのか分からないことを始めたのだ。
これまでも太平洋保安公司の指示に従わず、近衛第2猟兵連隊は行動してきたことはあった。そもそも近衛第2猟兵連隊は指揮系統の上において別に太平洋保安公司に属するわけではないので、止めることもできない。
「いささか不本意ではあるが、近衛第2猟兵連隊には憎まれ役をやってもらおう」
津久葉はそう判断した。
「近衛第2猟兵連隊からダークエルフたちを保護するように。彼らも流石に我々を敵に回すことはしないだろう」
太平洋保安公司は近衛第2猟兵連隊に追い回されているダークエルフたちを保護するように命令を受けて、彼らの村落の警備などを始めた。
最初は戸惑ったダークエルフたちだが、太平洋保安公司の存在が自分たちを近衛第2猟兵連隊から守ってくれていると分かると態度を軟化させた。
彼らは太平洋保安公司の提供する民生支援を受け、医療や食料といったサービスの恩恵を受けた。それはここまで戦争を悪化させれど、聖地は取り戻せず、戦いも終わらせられない聖地解放運動や共和国陸軍とは違うものだと認識された。
しかし、敵もこの動きにいち早く気づきつつあった。
「地球の冒涜者たちは、我らが同胞たちをたぶらかしている!」
最初に反発したのはオロドレスと彼の共和国陸軍で、彼らは太平洋保安公司のコントラクターたちとダークエルフたちが親しくしているのを見て、激怒していた。
「このような状況は許されない。敵になびくものもまた敵だ!」
オロドレスはそう言い、攻撃目標に太平洋保安公司の民生支援を受けたダークエルフたちを含めるようになった。
ダークエルフたちの村が、今度は同じダークエルフである共和国陸軍によって襲撃され、虐殺が繰り広げられる。捕らえられたダークエルフは子供であれば子供兵として戦列に組み込まれた。
このような事件が起き始めるのは、津久葉の想定した範囲内である。
「これで亀裂は生じるだろう。同胞を手にかけるようなものたちには、人心は掌握できないものだ。このまま民生支援を拡大し、ダークエルフたちの保護を進めよう」
「了解です、ボス」
津久葉の方針は太平洋保安公司では問題なく受け入れられ、太平洋保安公司は銃弾ではなく医薬品や食料、娯楽を武器にし始めた。
しかし、依然として近衛第2猟兵連隊は言うことを聞かない。
「ボス。近衛第2猟兵連隊とまたトラブルです」
「またか。対処しよう」
フィリアン・カールは今やカオスだ。
太平洋保安公司は攻撃を中止したが、近衛第2猟兵連隊はやりたい放題。それに加えて共和国陸軍が同胞であるダークエルフを攻撃している。
誰が敵で誰が味方なのか、ダークエルフにも分からないようなありさまだ。
そんな状況で近衛第2猟兵連隊の暴走を可能な限り抑えようと、津久葉たちは努力をしていた。
パワード・リフト機がフィリアン・カール上空を飛び、近衛第2猟兵連隊がまさにトラブルを起こしている場所へと向かう。
「スーリオン大佐! 何をしている? ここは我々の警備している村だぞ!」
津久葉はパワード・リフト機を降りると同時に、現場にいるスーリオン大佐にそう警告を放つ。
場所は太平洋保安公司が警備するダークエルフの村で、その村を近衛第2猟兵連隊が装甲車も動員して包囲している。
「ここにテロリストが逃げ込んだ。捜査する必要がある」
「それはこちらでやっておく。そちらがやる必要はない」
「なんだと。我々を信頼していないのか?」
「これまで起きたことを考えれば、な」
苛立った様子でスーリオン大佐が言うのに、津久葉はそう返した。
これまでもテロリストをかくまっているなどの理由を付けて、近衛第2猟兵連隊は虐殺を略奪を繰り広げてきた。今になってそのことを知らない津久葉ではない。
「ここは退いてもらおう。調べるべきことはこちらで調べる」
「いいや。我々がやる。最近のお前たちは手ぬるい」
「方針が変わったのだ。理解するように通達したはずだぞ」
スーリオン大佐と津久葉がそう言い合ってにらみ合う。
「ふん。ここは退こう。だが、次同じようなことがあれば、絶対に引かないぞ」
最終的にスーリオン大佐はそう言って近衛第2猟兵連隊は撤退。
「全く、トラブル続きだな」
津久葉はそう愚痴る。
フィリアン・カールのカオスは終わることなく続き、しかしながら津久葉が目指したゲリラと現地住民の離間工作は徐々に進んだ。
それでも現地住民を兵力として雇用するまでには至らず、依然として対反乱作戦の主力は太平洋保安公司と近衛第2猟兵連隊であった。
部族代表会議はまだまだ人を引き付けるほどの権威がなく、ダークエルフは身内で争うことに後ろ向きだ。
だが、この兆候も徐々に変わるだろうことは間違いなかった。
共和国陸軍は少しでも大井と太平洋保安公司にかかわりのあったダークエルフたちを襲撃している。それによってダークエルフたちの間に溝が生まれつつあるのだ。
しかし、共通の敵と言えた大井と太平洋保安公司の方針転換は、ある事件を生じさせた。あの難民の少年リンスィールを巻き込んだ事件だ。
それはやはりエーミール・ルートから始まる……。
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