近づく戦争
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──近づく戦争
司馬とトートの渉外担当カンブルランの会談ののちも、エルディリアとヴァリエンティアの軍事緊張は続いていた。
なお悪いことについにヴァリエンティアは地球製の兵器で武装し始めた。
トートの方針ではなかったが、ヴァリエンティア政府に金の使い道でかけていた圧力を無視された形だ。トートは兵器購入に資金を使うべきではないと説得していたが、エルディリアの近代化された軍を前にその説得は効果をなさなかった。
ヴァリエンティアは中古市場専門の武器商人から、ロシア・中国・イラン製の武器の購入を開始。それと同時に契約したイスラエルの民間軍事会社から軍事教練を受け始めた。
これによりエルディリア=ヴァリエンティア国境はさらに緊張が増した。
「トートは戦争になったとしても、こちらとの連絡は続けるそうだ。戦争の早期解決のための話し合いも行う準備があると」
エルディリア事務所にてやや疲れたように司馬が語る。
「戦争そのものの回避についての言及は?」
「それはヴァリエンティア政府が決めることだとそう通知してきた。こちらがエルディリアを完全に制御できていないように、向こうもヴァリエンティア政府に手を焼いているらしいな」
ホンダの質問に司馬はそう答えた。
「あるいは彼らは戦争を完全には不利益と捉えていないかです」
「説明してくれ、ヴァンデクリフト」
「はい。戦争によってヴァリエンティア政府は一層トートへと依存するでしょう。経済と安全保障の両面において、です。そして、現地で鉱山開発を行っているトートにとって、問題は我々と同じはず」
「現地住民の反発か。我々にとっても開戦は利益になるのか?」
「少なくともエルディリアは我々への依存を強め、エルディリア政府を制御するのは、より容易になるでしょう」
「悪くない知らせだな」
戦争になれば経済的にメガコーポに隷属しているエルディリア、ヴァリエンティア両政府はそれぞれのメガコーポへの依存を強める。エルディリアは大井に、ヴァリエンティアはトートに依存し、彼らは両政府への支配を強めるだろう。
「しかし、開戦した場合の混乱に乗じたフィリアン・カールの動きが気になりますね」
「それは確かに。ダークエルフたちは間違いなく行動に出るだろう。その行動がフィリアン・カール内に収まっていればどうにかなるのだが、またアルフヘイムでテロを起こされるようでは困る」
オロドレスが指導する共和国陸軍では、テロを活動に含めている。彼らはアルフヘイムで自爆テロを起こし、他にも地方でのテロを起こしてきた。
戦争が起きれば当然エルディリアは戦力をヴァリエンティアの方に向ける。それによって国内の治安の引き締めが緩まれば、再び共和国陸軍はテロを起こしかねない。
「エルディリアとヴァリエンティアの戦争は短期的なリスクはありますが、長期的にみれば両国を我々とトートでコントロールするチャンスです。国内の治安悪化については、現在進めている太平洋保安公司の増員を前倒しに」
「ああ。その方向で進めてくれ」
メガコーポにとっては戦争も利益を生むチャンスでしかない。
大井は既に決定していた太平洋保安公司の増員を前倒しで実行。新しいコントラクターたちがエルディリアに赴任した。
「津久葉湊だ。よろしく頼む」
「川内です、どうぞよろしく」
これまで指揮官であった川内から、新しく元日本陸軍中将の津久葉が着任し、指揮官の役割を交代。川内はエコー・ワン鉱山の警備任務に専念することになり、エーミール・ルートや現在進行中の索敵殺害作戦の指揮は津久葉が担う。
「聞いた限りでは泥沼のゲリラ戦ということだったが」
「ええ。共和国陸軍はテロ路線に、聖地解放運動は依然としてゲリラ戦に出ています」
「索敵殺害作戦は元情報軍のオペレーターがやっているのは間違いないのか?」
「ええ。情報軍はこの手の対反乱作戦の経験が豊富です」
「手段を選ばないからな、君たちは」
「手段を選んで犠牲を出すより、手段を選ばず無傷で勝利したいでしょう」
日本情報軍のやり方は昔から冷酷無比だと日本国防四軍内で評判だった。
「その点についてとやかく言うつもりはない。確かに勝てればそれでいい。だが、忘れてはいないか。対反乱作戦はアメと鞭の作戦だと」
津久葉はそう指摘した。
「可能であればダークエルフたちを使いたい。彼らの協力を得られるようにしたい。大井はその点についてかなり前向きだと聞いている」
「否定はしません。ですが、大井は意気ごみばかりで、空回りしてますよ」
「彼らの実情にそぐわない支援のことだろう。もっとダークエルフたちの意見を聞き、彼らを丸め込んで、そして戦列に組み入れる必要がある。その点について我々が意見を述べても問題にはならないだろう」
「情報であれば提供しますよ、閣下」
「閣下はよしてくれ。私は退役し、軍人としての特権は失っている」
民間軍事会社のコントラクターに多い悪癖は、自分をまだ軍人だと思うことにあった。業務が軍人であったときとほとんど変わらないことから、まだ軍人としての特権があると、そう考えてしまうのだ。
それから津久葉はダークエルフたちについての情報を精査したが、落胆することばかりであった。
「彼らに民族としてのアイデンティティを強く持たせたのは、他でもない大井だ」
この世界ではまだ国民国家なるものは存在せず、民族と言ってもあいまいなものだった。少なくともこれまで民族が戦争の理由になることはなかった。
それを変えてしまったのは、まさに大井だ。
彼らはダークエルフたちに民族として団結する理由を作り、ダークエルフたちは団結して戦い始めた。これまで緩い繋がりであった民族という接点は、今や水よりも濃い。
外敵の脅威によって民衆が団結するのは、これまでの歴史でもあったことだが、大井はまさにその外敵に他ならない。
「この状況から立て直すのはなかなかに苦労しそうだな……」
大井がメガコーポらしい傲慢さで物事を進めてきたツケが、ここに来て響いている。この状況から津久葉が望むような状況にするのは、苦労することだろう。
太平洋保安公司の増員によって劇的な変化が訪れることを、司馬を含めた大井側は期待しているが、太平洋保安公司からすれば無茶な希望である。
「ダークエルフたちに対して民生支援を行う部隊を編制しよう。これ以上ダークエルフを敵に回すのは、墓穴を掘るようなものだ」
「民生支援というと医療や食料でしょうか?」
「そうなるな。手っ取り早く、住民の好感度が稼げる」
対反乱作戦の基本は敵を掃討することだけではない。住民をゲリラから切り離すことも作戦のうちである。
だが、大井があまりにも滅茶苦茶をやったために、その重要性は無視されていた。
「情報軍による索敵殺害作戦を一時中止させなくては。このまま暴れ続けても、物事は好転しないぞ」
津久葉の着任で依然として索敵殺害作戦として暴れ回っていた八神たちの動きに待ったがかかった。
八神は素直に作戦変更を受け入れたが。彼は元とは言えど軍人で、上官の命令に従うことは必要だと分かっていた。
しかし、もはや近衛兵という軍人というより虐殺者として振る舞いつつあった、スーリオン大佐はこの決定に不満を持っていたのだった。
彼は津久葉の作戦変更を弱腰として、アルフヘイムに津久葉への圧力を求めた。
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