難民キャンプ事件
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──難民キャンプ事件
リンスィールは未だに難民キャンプに収容されていた。
終わることのない難民キャンプ生活であったが、彼は絶望はしていなかった。何故ならば彼には友達がいるからだ。
「エルミア!」
リンスィールは今日も太平洋保安公司のコントラクターであり、難民キャンプの責任者であるパウエルが開いた青空教室に参加していた。そこで貰ったお菓子を持って、友達であるエルミアに会いに向かった。
「リンスィール。お菓子はもらえた?」
「うん。一緒に食べよう!」
パウエルが自腹を切って用意した地球製のお菓子は、子供たちに人気だった。子供はどんな国であっても甘いものが好きなものだ。
「戦争はまだ終わらないのかな」
「戦争が終わったら、ここを出ていかなければいけないんだよね?」
「そうだね。そうなるよ」
「……もうお菓子ももらえなくなるのか」
エルミアが言うのにリンスィールがそう呟く。
「お菓子は普通に買えるようになるよ。私たちは昔から必要なものは家畜と交換して手に入れてきたんだから。また平原で遊牧をして、そうやってお菓子を買えばいい」
「うん。そうだね。心配することはない」
リンスィールたちはダークエルフにとっての聖地だとか、暮らし方だとかにこだわりはなかった。そういうものを知る前にこうして戦争に巻き込まれてしまったのだから。
それはある種のアイデンティティの喪失とも言えた。
さて、この難民キャンプはひとつの問題を未だ抱えていた。それは過剰収容問題だ。
大井の強引に進める移住に同意せず、または聖地解放運動や共和国陸軍との関係が疑われるものは、片っ端からこの難民キャンプに放り込まれている。それが過剰収容の原因だといえた。
「これ以上は受け入れられない」
パウエルは太平洋保安公司の指揮官である川内に訴える。
「分かっている。アルフヘイムでテロが起きたのは聞いてるな?」
「ええ。それがどうしたんです?」
「近々太平洋保安公司の大規模な増員が始まる。指揮官も俺からもっと高位の人間に代わる予定だ。そこで難民キャンプの増設を訴えるといいだろう」
「可能性はあるんですね?」
「ある。俺からも口添えしておくから、安心してくれ」
「頼むよ、川内」
パウエルはある意味では常識的な考えの持ち主だった。
彼は過剰収容されている難民に同情していたし、過剰収容によってセキュリティに問題が生じることも危惧していた。
だが、パウエルが望んだ難民キャンプの増設を待たずして事件は起きた。
「この問題が解ける子はいるかな?」
いつものようにパウエルが勤務時間の合間で青空教室を開いていた時だ。
子供たちが一生懸命に手を上げて、答えようとする中、パウエルのARにメッセージが着信した。
「どうした?」
『本部より緊急連絡です。難民キャンプ付近に敵勢力を確認とのこと』
「警報を鳴らせ。全警備要員は戦闘配置だ。急げ!」
パウエルが叫び、難民キャンプは一斉に警報を鳴らし始めた。
「みんな、大人の傍に! 急いで!」
「は、はい!」
パウエルも指揮のために青空教室を解散させ、指揮所に向かう。
「敵の規模は?」
「不明です。ドローンは次から次に撃墜されています」
「クソ。不味いな……」
後方部隊の指揮官であるパウエルも、ダークエルフたちが地球製の兵器を使い始めていることは聞いていた。それによって太平洋保安公司側にも犠牲者が出始めていることも同じように。
「レーダーがドローンを探知したが、敵味方識別信号に反応なし!」
「敵のドローンだ。電磁パルス準備!」
今や聖地解放運動もドローンを使う。それもFPVドローンに爆薬を搭載したものだ。
ドローンは高速で難民キャンプを守る太平洋保安公司のコントラクターたちに迫り、それに向けて指向性電磁パルスが照射される。それによって安物のドローンは回路を焼き切られ、墜落していく。
「まだまだ来るぞ! 油断するな!」
ドローンは次々に飛来する。
この手の小型ドローンによる航空支援は、地球では貧者の空軍ともいわれたもので、まさにダークエルフたちにとって選びうる選択肢であった。
しかしながら、ウクライナ戦争で発生したそれは今では多くの国で対策が組み込まれている。指向性電磁パルス兵器やジャミング装置、あるいはドローンを狙うハンターキラードローンの存在。
難民キャンプを狙ったドローンの攻撃は迎撃されつつある。
『シエラ・リードよりパパ・リード。敵地上部隊を視認。聖地解放運動と思しき勢力で、規模は1個大隊だ』
「クソ。1個大隊だって?」
『本部によれば緊急即応部隊が出動準備中だ。何とか耐えろ』
「了解!」
難民キャンプの警備についているのは10名前後。1個分隊に過ぎない。
これまでは火力の差で勝利してきたが、もはや聖地解放運動も共和国陸軍も銃火器を使って戦闘を繰り広げてくるのだ。アドバンテージはない。
「距離1200に騎馬集団を視認!」
「狙撃手! 数を減らせ!」
ここで太平洋保安公司側は口径12.7ミリの大口径狙撃銃を持ち出した。子の狙撃銃ならば1000メートルを超える狙撃も不可能ではない。
「やるぞ」
「観測手は任せろ」
大口径ライフル弾が装填され、風の流れなどを観測手が見ながら、狙撃手が引き金を引いた。見事、銃弾は迫るダークエルフの頭を吹き飛ばし、鮮血が霧のように舞う。
しかし、ひとり倒しても1個大隊1000名のダークエルフがいるのだ。
「クソ、クソ。連中引き返す様子がない!」
「緊急即応部隊はまだか!?」
迫りくるダークエルフとの距離は瞬く間に縮んでいき、ダークエルフたちは難民キャンプへと迫ってくる。
「もう俺たちだけでも逃げるべきだ!」
「逃げたいやつは逃げろ! 俺は残る!」
「正気か、パウエル!?」
コントラクターたちが撤退命令を求めるのにパウエルは残ると宣言した。
「ああ。俺は責任を果たさなければならん」
「あんたはもう軍人じゃないんだぞ。ただの契約社員だ。逃げよう!」
「それでもだ」
「クソ。後で後悔しても知らんぞ!」
コントラクターたちは難民キャンプにあった車両で撤退を開始。パウエルと残った数名のコントラクターたちは戦闘を継続する。
ダークエルフの騎馬集団は数に任せて押し寄せ、手にしたアメリカ製の自動小銃を乱射。コントラクターたちが使うものと同じ口径5.56ミリの銃弾が飛び交う。
いかにもな軍閥でありテロリストであるダークエルフの武装勢力がアメリカ製の武器を使うのは意外に感じられるかもしれない。
しかし、2040年代の紛争地帯でアメリカ製の銃火器はありふれた存在だ。何故ならばアメリカこそが最大の銃火器製造国であり、その規模はもはやかつてのカラシニコフの勢いを上回っているからである。
精度についてもカラシニコフよりアメリカ製の武器の方が兵士たちに好まれる正確さであり、金に余裕があるのにわざわざ低品質のカラシニコフを使う理由はなかった。
これにはアメリカが武器供与を行った国が破綻し、武器が流出したというのも、無視できない影響になっている。
「これ以上は持ちません!」
「クソ。ここまでか……」
パウエルたちは努力したが、数の不利はどうしようもなかった。
彼らは最後まで戦い、そして死んだ。
「同志たち! 助けに来たぞ!」
そして、難民キャンプにダークエルフの戦士たちが入ってきた。
彼らは共和国陸軍ではなく、聖地解放運動だ。共和国陸軍はここ最近では暗殺やテロに熱心であり、同胞たちを解放することなど考えていない。
「さあ、ここから出て我々とともにくるんだ」
シルヴァリエンの部族に属するダークエルフの戦士はそう言った。
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