営業終了
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──営業終了
「動くな!」
「ひいっ……!?」
馬車の扉を開くと、そこにはララノアと護衛の騎士1名がいた。
「貴様、何を──」
騎士が武器を抜こうとした瞬間にその頭が弾き飛ばされる。自動小銃から放たれた高速ライフル弾が、彼の脳漿を馬車の中にまき散らした。
「ララノアだな。我々とともに来てもらう。抵抗すれば殺す」
「わ、分かったわ」
ウィルソンたちはララノアを馬車から連れ出し、頭に麻袋をかぶせると、待たせてあった軍用四輪駆動車で走り去った。
そして、彼らはララノアを隠れ家まで連れていくと尋問。
情報機関のトップと言っても、対尋問訓練など受けていなかったララノアは少し痛めつければ情報を次々に吐き出し、彼女が資金を流すルートとその資金を受け取っている武器商人について喋った。
そののち、ウィルソンたちはララノアを殺害し、死体を苛性ソーダのプールに放り込むと、得られた情報をヴァンデクリフトに報告。
「武器商人について新しい情報が判明しました」
「聞かせてくれ」
そのヴァンデクリフトがエルディリア事務所にて司馬に報告する。
「武器商人の名前は王夏。恐らくは偽名です。ロシア、中国と言った東側諸国と取引しながらも、アメリカの武器も中古市場で購入しているという男で、これまでも幅広い顧客との取引実績があります」
「そいつを締め上げるのか?」
「そうなりますが、提案したいのは武力で脅すよりも金を払った方がスムーズに事態を収拾できるだろうということです」
「ビジネスマンであれば利益になる方を選ぶ、というわけか」
「はい。王夏のこれまでの実績から見ても、彼はイデオロギー的共感などで動いてはいません。純粋に利益のみを重視して動いています。こちらがある程度の金額を示せば、彼はあっさりと手を引くかと」
「そのためにはまずは向こうと接触しなければならないな」
「準備しています」
「よし。では、交渉という路線でまずはやろう」
こうやって司馬たちは武器商人である王夏への接触を試みる。
しかし、王夏は武器を仕入れるために、なかなかグローバルに行動しており、すぐには見つけて接触することはできない。
なので、ヴァンデクリフトは彼を追うのではなく、武器に目を付けることにした。
イランの首都テヘランで開かれる中古武器のマーケットに目を付けたヴァンデクリフトは現地に工作員を送り込んで、そこで王夏を探させた。
今や武器市場で無視できない規模を誇るイラン製兵器を扱う場に、王夏は現れるとヴァンデクリフトは踏んだのだ。
そして、マーケットの開催初日から2日後だ。
「目標を発見」
ヴァンデクリフトの工作員が王夏を発見。護衛2名を連れた彼をマークした。
工作員たちは王夏をマークしながら、彼が会場から出るのを確認し、車両で追跡。そして、道路の途中で彼らは王夏に対して仕掛けた。
4台の車両のうち2台が強引に前に出て停車。王夏の車を強引に停車させると、カービン仕様の自動小銃を構えた工作員たちが王夏の車両に銃口を向ける。
「動くな。武器をおいて、手を頭の上に乗せて車から出ろ!」
工作員たちはいつでも王夏をハチの巣にできるが、今回の目的はそうではない。
「分かった、分かった。撃つなよ」
王夏と護衛は指示に従い、武器を車において車両を出た。
「王夏だな。一緒に来てもらおう」
「あんたらは?」
「今は言うつもりはない」
工作員たちは王夏と護衛を別々にして車に乗せ、エマーム・ホメイニー国際空港に連れていき、そこからプライベートジェットでインドネシア某所にある太平洋保安公司の施設へと拉致した。
「王夏だな。私は大井エネルギー&マテリアルの司馬だ」
太平洋保安公司の施設で待っていたのは司馬だ。司馬は銃口を突き付けられている王夏に向けてまずはそう挨拶する。
「メガコーポの重役が俺に何の用事だ?」
「君は賢いビジネスマンだ。そちらのビジネスが我々のビジネスを脅かしていることを把握していないわけではあるまい。私の言っていることは理解できるな?」
「はて。中央アジアの件か?」
「フィリアン・カールだ。ダークエルフたちに武器を流しているだろう」
とぼける王夏に司馬がそう指摘する。
「ああ。フィリアン・カールか。重要な顧客のひとりだな。金払いがいい」
「取引をやめてもらおう。もちろん、それによって生じるそちらの利益には配慮する準備がある。太平洋保安公司はこれまでの武器取引の規模を把握しているから、これはそちらにとってフィリアン・カールの取引より利益になる額だ」
司馬はそう言って金額を記した書類を王夏に渡す。
「ほう。こいつはなかなか。だが、もう一声ほしいな」
「それは無理だな。これに乗らなければ、我々は中国人とIDを偽装した元日本情報軍の将校が、武器売買をしているとメディアに流すつもりだ」
そう、王夏は元日本情報軍の中佐だった男であり日本人だ。そのことを司馬たちは既に調査によって把握していた。
「クソ。やり方がまさにメガコーポだな」
「君もメディアに日本人の死の商人として追われたくはないだろう。賢明な判断を下すことだ。金を受け取り、トラブルを避けるか。トラブルに飛び込んで、そのままクソ塗れになるかだ」
「オーケー。金を受け取ろう。もうダークエルフとは取引しない」
王夏はそう言って降参した。
「結構だ。もし、約束を違えるようならばこちらにも準備があることを通知しておく」
「下手にメガコーポを敵には回さないさ」
こうして王夏はフィリアン・カールでの取引を中止。
大井は金の力でダークエルフたちの武器入手を阻止した。しかし、王夏は司馬の言う賢いビジネスマンであったが、世の中の死の商人にはそうでないものの方が多い。
元軍人で、真っ当な社会経験というものがなく、武器の横流しで儲けているような連中は、金のある所に群がる。
ヴァリエンティアの宮廷情報機関はララノアの失踪で混乱していたが、機能していないわけではない。彼らはフィリアン・カールでの離間作戦を成功させるために、新しい武器商人を探し、その人間から武器を購入した。
元イラン革命防衛隊の将校だった男レザー・アフシャールが、王夏の次に現れ、ダークエルフたちに武器を売る。
さらに性質の悪いことにこのアフシャールはイデオロギーでも動いていた。彼は欧米のメガコーポを嫌い、それに立ち向かうダークエルフたちに感情移入していた。
そして、その男はより過激な攻撃を行っている共和国陸軍を支援した。聖地解放運動にも武器を売却しながらも、オロドレスたち共和国陸軍に対しても大規模な武器の支援を行ったのである。
「君たちはまさに戦士だ。腐った欧米のメガコーポを打倒するために戦う戦士だ」
「ありがとう、同志アフシャール。そちらの支援のおかげで我々はまだ戦えるぞ」
同じメガコーポを憎む者同士としてアフシャールとオロドレスは意見が一致した。
さらに言えばアフシャールはただ共和国陸軍に武器を売るだけではなかった。彼はイラン革命防衛隊がビズボラやハマスと言った組織に戦い方を教えたように、ダークエルフたちに弱者の戦略を教授した。
敵の弱点を攻撃する。それはこれまでアイナリンド大佐の指示で行われていたことだ。だが、彼女はその弱点をあくまで大井に直接関係する場所に限ってきた。
アフシャールは違う目標もあることをオロドレスに教えた。
「ひとりの戦士の犠牲で大勢が救えるのだ。君たちはこの世界を変えられる。そのことは私が保証しようではないか」
「ああ。ときとして犠牲は必要だ」
アフシャールとオロドレスの前には爆弾ベストを着たダークエルフが並んでいる。
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