渉外担当
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──渉外担当
地球に戻った司馬は香港に向かった。
第三次世界大戦後、中華連邦として再編成された連邦構成国のひとつ自由香港共和国。そこはどのメガコーポも支配していない、中立地帯であった。
その香港にある高級ホテルにて、司馬はトート側の渉外担当と接触する。
特別な盗聴・盗撮防止措置が講じられたホテルの一室にて、司馬はトート側の渉外担当者を待っていた。
そして、ほどなくしてその人物が現れた。
「初めまして、司馬林太郎さんですね」
「ええ。そちらはエマ・カンブルランさんですな?」
「間違いありません。よろしくお願いします」
現れたのはフランス系の女性で、年齢は40歳後半のはずだが、高度なアンチエイジング処置を受けているのか、20歳ほどに見える。
メガコーポの管理職にとっては高度なアンチエイジングはビジネスマンとしての基本とも言えるものになりつつあった。
「まずお互いの認識を確認したい。我々は戦争を望まない。いかなる形でも。その点は同意していただけますか?」
「我々としては同意しますが、そちらが同意できているとは思えません」
「それはどういう懸念からですかな?」
「我々は所属不明の部隊がフィリアン・カールに隣接するヴァリエンティア領内で活動しているのを確認しています。心当たりはおありなのでは?」
ふうむ。相手は太平洋保安公司が越境作戦をやっていることを知っているのかと司馬は状況を再認識した。
「それには理由があります。ヴァリエンティアはエルディリアにおいてテロリスト認定された聖地解放運動や共和国陸軍を支援している。我々の行動はそれに対する正当なもので、決して戦争を煽るためのものではない」
「その問題はこちらでも認識していますが、まず外交的解決策を講じるべきだったのでは? いきなり武力行使に出たのは控えめに見ても過剰反応です」
「ヴァリエンティアがエルディリアからの忠告に従うとでも?」
「少なくとも外交的努力はしたという形にはなります」
なかなか議論が進まず、非難の応酬になってしまっている。
「ともあれ、エルディリアとヴァリエンティアが正式に交戦状態になれば、我々はともに打撃を受ける。回避すべきでは?」
「その点には同意しましょう。平和への努力はすべきです」
「その点からスタートしたい。我々はフィリアン・カールのテロ組織への支援が中断されるのであれば、他の点では譲歩する準備がある」
司馬はそう提案した。
フィリアン・カールの聖地解放運動及び共和国陸軍への支援が続く限り、越境作戦の必要性は生じてしまう。それは戦争のリスクになり、トートとして受け入れられないはずだ。だから、まずはその点を解決する。
「その点についてですが、我が社はテロ組織に資金提供はしていません。なので我々にその提案をするのはいささか場違いだと言わざるを得ません」
「ほう。では、他にどうやってヴァリエンティアが地球製の武器を?」
「彼らにはあなた方と同様に鉱山開発におけるロイヤルティを支払っています。彼らがその資金で何をしようと我々が口を出せることではないのです」
「あくまでヴァリエンティア政府の問題だと仰るか」
「ひとつ我々も譲歩しましょう。ヴァリエンティアでフィリアン・カールのテロ組織を支援しているのは宮廷の情報機関です。彼らはこの代理戦争を随分と楽しんでいるようですね」
ここでカンブルランがそう情報を司馬に与えた。
「なるほど。では、我々も譲歩してエルディリアの武器購入に制限を付けましょう」
「そうすべきでしょうね」
司馬はヴァリエンティアの誰がダークエルフたちを支援しているかを知った。そこから辿れば、ダークエルフたちに武器を流している人間も判明することだろう。
その人物を締め上げれば、とりえあずダークエルフたちへの武器流入は一時停止する。ヴァリエンティアの情報機関が次の武器商人を見つけるまでは。
「しかし、これからのことを考えるならば、いざというときのためのホットラインは必要です。そちらといつでも連絡が取れるようにしておきたい」
「同意します。我々は地球の人間同士協力し合うべきです」
大井とトートは決して良好な関係にあるメガコーポ同士ではない。
ただ彼らは経済的に争うことはあっても、武力を行使して争ったことはない。少なくとも今のところは。
こうしてトート側から情報を得た司馬は再びエルディリアに戻った。
司馬はすぐにホンダに任せていたエルディリア事務所に向かう。
「司馬さん。どうでしたか?」
「トートは譲歩した。我々も譲歩はしたが」
早速ホンダがやってきて尋ねるのに司馬はそう答える。
「ヴァリエンティア内でダークエルフを支援しているのは宮廷の情報機関だ。すぐに探れ、ヴァンデクリフト。そこからダークエルフに武器を供与している武器商人を見つけ出して、締め上げてやれ」
「了解」
まず武器商人について司馬からヴァンデクリフトに指示が飛ぶ。
「続いてこちらも武器供与を絞る。何か理由を付けて、エルディリアの近衛第2猟兵連隊以外の武器供与を制限しろ。頼むぞ、ホンダ」
「分かりました、ボス」
続いて約束したエルディリア軍への地球産兵器の供与制限。
「私もアイリアン殿下に働きかけて、緊張を緩和させる。このまま戦争になれば、泥沼だということを知らせるつもりだ」
「広報としても緊張緩和のための準備があります」
「そうか。では、動いてくれ、フォン」
こうして司馬を含め、それぞれのスタッフが動き始めた。
ヴァンデクリフトはヴァリエンティア内の諜報員を動かして、宮廷の情報機関について調査を始めた。ヴァリエンティア宮廷の情報機関について完全に把握するのは時間がかかるが、彼らの防諜対策は地球の技術力を考慮していない。
ヴァンデクリフトの犬は宮廷に熱光学迷彩を備えた無人地上車両を放ち、盗撮と盗聴を始めた。多脚式かつ強力なグリップによって壁を水平に上るような動きのできるもので、サイズはちょっとした中型のクモ程度しかない。
その無人地上車両を前に宮廷は丸裸にされたも同然で、情報機関についても情報が入り始めている。
「諜報機関のトップはララノアという女貴族だと確定した」
ララノア女伯。この人物がヴァリエンティア宮廷情報機関のトップだ。
そのことを突き止めたヴァンデクリフトの犬たちは、手っ取り早く情報を手に入れる方法を取った。ララノアを拉致して、拷問するという手段だ。
ララノアの動きを把握し、彼女が王宮から出るタイミングを探す。すると、彼女は愛人と食事をするために王宮を出て、城下町に出ることが分かった。しかも、そのスケジュールを彼女は他の人間に伝えていない。
「絶好の機会だ」
ヴァンデクリフトの犬の中でヴァリエンティア領内の作戦を担当する元オーストラリア情報軍大尉のオスカー・ウィルソンは心の中で舌なめずりした。
この状況ならばララノアは大した護衛はつけられないし、彼女が行方不明になってもそれが発覚するまでに時間的猶予はある。
ウィルソンたちはすぐに動き始め、ララノアを襲撃することに。
そうと知らないララノアはいつものようにお忍びで宮廷を出て、城下町にある高級レストランに馬車で向かっていた。王宮から城下町に至る道で、ウィルソンたちが待ち伏せしているなど知る由もなく。
「目標接近」
ドローンでララノアの馬車を追っているウィルソンの部下が報告。
「襲撃準備だ。静かにやるぞ」
ウィルソンたちのチームは4名。全員がサプレッサーを装着した自動小銃で武装し、ヴァリエンティアでも目立たないコートの下にはボディア―マーとタクティカルベストを装着している。
ウィルソンたちは通りに面する建物を一時的に制圧し、そこで待ち伏せていた。
「距離800」
「まだだ。まだだぞ」
ウィルソンたちの心臓が平静を保ち、彼らはARデバイスに表示されるドローンからの映像を見ながら、イメージを組み立てる。襲撃の際のイメージだ。
「距離700」
もう少し、もう少し。
「距離600」
いいぞ。そのまま進むんだ。
「距離500」
「射撃自由。戦闘開始だ」
そして、ウィルソンが命じ、部下たちがまずは馬車を引く馬に向けて発砲。馬は脳天を口径5.56ミリ高速ライフル弾に貫かれて死亡。
次に御者が狙われ、同じように脳天を撃ち抜かれる。
「ゴー、ゴー!」
ウィルソンたちは馬車に向けて進む。ララノアを確保するために。
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