国境警備というコスト
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──国境警備というコスト
『シエラ・ツーより目標をマーク』
500ポンド航空爆弾4発で爆装したドローンがエルディリア=ヴァリエンティア国境付近を移動するトラックの車列を捉えている。
レーザー照準器が先頭のトラックに向けて照射されているが、トラックの方は目に見えぬそれに気づく様子はない。
『シエラ・リードよりシエラ・ツー。攻撃許可が出た。やれ』
『了解。シエラ・ツーは爆弾投下』
指揮官から許可が下り、爆弾が投下される。レーザー誘導爆弾は照射されているレーザーに従って投下されて行き、トラックに襲い掛かった。
連続する爆発。トラックは吹き飛び、原形をとどめていない。
『目標を破壊』
このような攻撃が国境線付近で続いていた。
太平洋保安公司はエルディリアの聖地解放運動や共和国陸軍への武器流入を止めるために、国境線での爆撃を行っていた。
ウィットロックたちが行ったヴァリエンティアへの越境攻撃ののちも、ダークエルフたちはアメリカ製の銃火器やイラン製の自爆型ドローンなどで太平洋保安公司側を攻撃しており、武器の流入を止めることは急務だった。
この爆撃は24時間体制で行われており、今のところエルディリアに流入する武器は減少したかのように思われていた。
しかし、ダークエルフたちはあの手この手を使ってヴァリエンティアで入手した地球製の武器をエルディリアに持ち込もうとしている。
トラックを使わず、馬や馬車を使っての輸送。
これは厄介な方法であった。トラックと違ってドローンからの映像で武器を積んでいるのか、それともただの商人の馬車なのか分からないからだ。
攻撃許可はなかなか下りず、これによって武器が小規模ながら流入する。
「国境の警備を増員できないのか?」
未だに続くエーミール・ルートの被害報告を受けて、エルディリア事務所にて司馬がヴァンデクリフトに尋ねた。
「国境警備は我々が行うべき業務ではありません。エルディリア政府が責任を持つべきことです。少なくともそういう形をとなければ、今後のコスト増大に繋がります」
「分かっているが、エルディリアからはいい返事がもらえていない。ヴァリエンティアは警戒しているが、フィリアン・カール南東部からの侵略はありえないと思っているらしい。地形が攻撃に向かないと」
ヴァンデクリフトが指摘したように国境警備まで大井が責任を持つ必要はない。それは国家が責任を持つべきことであって、一企業である大井の責任ではない。
しかしながら、エルディリア政府はフィリアン・カールでの国境警備に後ろ向きだった。彼らは隣国ヴァリエンティアを安全保障上のリスクとして警戒はすれど、フィリアン・カールからの攻撃はないと踏んでいたからだ。
今のところ、フィリアン・カールでのヴァリエンティアの行動で直接の不利益を被っているのは大井だけであり、エルディリアは今も多額のロイヤルティを得て、王族と貴族たちが潤っている。
「動員している近衛を国境警備に回せないか?」
「その点についてですが、近衛兵内にギルノールと通じている将校がいることが情報部の調査で分かっています。今のところ近衛は八神指揮官の索敵殺害に回していますが、それを振り替えるとなると」
「ああ。G24Nに難民キャンプの情報を漏らした人間か。まだ捕まえていないのか?」
「ある程度目星はつけていますが、排除するとなると問題が」
「戦場では後ろから弾が飛んでくることもあるだろう」
「それでよろしいのならば、そのように手配します」
フィリアン・カールに派遣されている近衛兵内でギルノールに内通しているマゴルヒアやソロンディールの情報は、大井に徐々に知られつつあった。
「だが、その前に国境問題を解決したい。何かアイディアはないのか?」
「少しばかりリスクはありますが、方法が皆無ということはありません」
「聞かせてくれ」
ヴァンデクリフトが渋々と言うように告げ、司馬が続きを求める。
「偽旗作戦です。フィリアン・カールにおいてヴァリエンティアからの攻撃を偽装して、エルディリア政府に危機感を持ってもらいます」
ヴァンデクリフトの言葉に司馬が一瞬沈黙する。
「それはかなりの荒療治だな」
「ええ。慎重に判断する必要があります」
下手をすればエルディリア政府からの信頼を損なうことや、ヴァリエンティアとの戦争が本当に勃発する可能性もある。
慎重に扱わなければ毒になるタイプの薬だ。
「作戦を検討しておいてくれ。ただし、言うまでもないが誰にも知られないように」
「了解」
司馬はこうしてヴァンデクリフトに偽旗作戦を検討させつつも、別の方法も取ろうとしていた。それは情報戦の類だ。
「フォン。ヴァリエンティアがダークエルフたちを支援しているという情報を広く流してくれ。連中はダークエルフたちが起こした混乱に乗じて、エルディリアへの侵攻を企てているという情報だ」
「ヴァリエンティアとの関係が悪化しすぎませか?」
「見てみろ、フォン。ヴァリエンティアは実際にダークエルフを支援しているのに、アルフヘイムはどんな反応をしている?」
「悠長に構えていますね」
「そういうことだ。ちょっとばかりケツを叩こう」
偽旗作戦の策定と並行して再びヴァリエンティアンの脅威を煽るメディア・キャンペーンを実施。フォンが主導し、以前行ったように吟遊詩人などを使って情報を広める。
連日のようにヴァリエンティアの脅威が煽られ、ダークエルフが混乱を起こしているフィリアン・カールが奪われる危機だと捏造される。
「司馬。最近流れているフィリアン・カールをヴァリエンティアが狙っているというのは事実なのだろうか?」
「ええ。そのような情報を私も耳にしています」
「なんということだ。やはりヴァリエンティアもレアアースを狙っているということだろう。ハイエナどもめ」
司馬もアイリアンを動かし、宮廷に働きかける。
そして、その頃であった。ヴァンデクリフトから偽旗作戦の準備ができたと連絡があったのは。
「偽旗作戦の準備が整いました。ヴァリエンティア領内からの砲撃として、国境警備に出動している近衛第3猟兵連隊の駐屯する要塞が攻撃されます」
「こちらが行ったと発覚する可能性は?」
「極めて低いですが、どういう反応が起きるかは分かりません」
攻撃にエルディリアが過剰反応すれば戦争になる。戦争は大井が望むものではない。
「今のところ、徐々にヴァリエンティアの脅威の再認識が始まっているが、まだまだエルディリア政府は動きそうにない。何かしらの行動が必要だ。いつまでも国境警備にコストを割いておくわけにもいかないのだから」
「では、実行を?」
「許可する。やってくれ」
「分かりました」
こうして偽旗作戦が実行されることに。
攻撃目標となったのは近衛第3猟兵連隊が駐屯する古い要塞であり、その要塞は形ばかりの国境警備として国境線付近に位置していた。
その要請を偽装した太平洋保安公司のコントラクターが迫撃砲で砲撃。人員に被害を出さないようにしつつも、攻撃のインパクトは響かせる予定だ。
ヴァリエンティアから攻撃であることを証明するには、ドローンが使用され、太平洋保安公司のドローンは偶然撮影範囲に要塞が含まれていたというように準備している。
太平洋保安公司内でも偽旗作戦の事実を知るのは、一部のコントラクターに限られる。ヴァンデクリフトはセキュリティクリアランスを厳格に定めた。
そして、偽旗作戦は開始された。
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