会見
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──会見
ミーリエルが提案したようにユースティスは彼女の案内で、聖地解放運動のアイナリンド大佐と会見することになった。
先の視察と違って、フィリアン・カールに向かうまでに航空機は利用できないし、さらには聖地解放運動の拠点のある南東部の山岳地帯までも航空機は使えない。車両も同様である。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。何とか」
そこで移動手段は馬になった。ユースティスは慣れない馬に乗り、ミーリエルに続いて南東部の山岳地帯を目指した。
フィリアン・カールは戦時下ということもあって、どこもピリピリした空気で満ちている。ユースティスは報道と書かれたジャケットを着ているが、その文字は赤外線センサーには映らない。
ドローンで爆撃されたら文句を言うこともできないのだ。
「そろそろ聖地解放運動側の迎えが来るはずですが……」
ミーリエルがそう言って周囲を見渡すと、遠くから騎乗した2名のダークエルフが接近してきた。ミーリエルは一応身構え、ユースティスはことのなりゆくを見守る。
「ギルノール殿下の使いか?」
「いかにも。殿下からメッセージを託されている」
「分かった。こっちにこい。歓迎するとは言わないが、無下にもしない」
聖地解放運動の迎えはそう言ってミーリエルとユースティスを南東部の山岳地帯に向けて案内していく。
南東部の山岳地帯は森とごつごつとした山肌に覆われた自然の地であり、ダークエルフたちは要所要所で身を潜めて警戒に当たっていた。
そのような警戒態勢の中を抜け、ミーリエルとユースティスはある洞窟に案内された。そこは聖地解放運動の司令部とも違う、古い鉱山跡であった。
「よく来てくれた、ギルノール殿下の使いよ」
「お会いできて光栄です、アイナリンド大佐」
アイナリンド大佐がそこでミーリエルとユースティスを迎えた。
「さて、まずはギルノール殿下からのメッセージを聞こう」
「はい。殿下はこう仰っています。『ダークエルフたちの怒る理由は理解できる。私としても大井の開発を中断ないし、中止させたい。そのためにこちらでもできることをするので、アイナリンド大佐たちには独立と言う言葉を口にせず戦ってほしい』と」
ギルノールはダークエルフの抵抗を止めるつもりはなく、むしろ大井の開発をやめさせるために利用する気だ。しかし、そんな彼もフィリアン・カールが完全に独立してしまうことは望んでいない。
「よく分かった。やはりギルノール殿下とは手を取り合えそうだ」
「そう認識していただければ幸いです」
既にアイナリンド大佐とギルノールは繋がっており、先のギルノールの視察の情報などが流されていた。そうであるからにして、今回のギルノールのメッセージはこれからも協力関係を続けていくという確認の意味もあった。
「それで、そちらの地球の人間は?」
「彼女はシャーロット・ユースティス。地球におけるメディア関係者です。地球のメディアというものについてはご存じですか、大佐?」
「ああ。彼らに働きかければエルディリアにも外圧がかかると思ったのだが……。正直、あまり効果がないので失望しているところだ」
ミーリエルがユースティスを紹介するのにアイナリンド大佐は首を横に振った。
「そんなことはありません。地球の政治を動かすのはやはりメディアなのです。メガコーポがいかに巨大であろうと、地球の政治が動けば影響はあります」
「では、この土地で行われていることを報じたのか? それで意味はあったのか?」
「まだ民衆を動かすほどのインパクトが不足しているのです。それさえあれば……」
「同胞たちが生活の糧となる家畜を奪われ、罪なき者たちが囚人のように拘束されているのでは、まだ不足であるというのか?」
「……ええ。不足です。地球でもそれぐらいのことは日常茶飯事なのですから」
ユースティスが告げるのにアイナリンド大佐たちが呻いた。
「もはやありきたりな悲劇には地球の人間はマヒしています。だから、もっと衝撃的な事実が必要なのです。そのことをあなたからお聞きできれば、今度こそ報じられるかもしれません」
「新鮮な悲劇を、か。分かった。協力しよう」
アイナリンド大佐もメディアの重要性は認識していた。大井という地球のメガコーポが進出してきてから、彼女も地球について学んだのだ。
「まずは大井が進出してきたところから話を始めましょう」
「大井はまず調査だと言ってフィリアン・カールにやってきた。やつらはすぐさま聖地に目を付け、無断で立ち入ろうとしたのだ。それを阻止しようとしたのが、今の独立を訴えている共和国陸軍の指導者オロドレスたちだ」
アイナリンド大佐はユースティスの質問に答え始めた。
大井が戦士たちを辱めたこと。
ダークエルフたちの抗議を一蹴して開発を始めたこと。
霊山で座り込みをしていたダークエルフたちが近衛第2猟兵連隊に虐殺されたこと。
霊山での戦いで降伏し、再教育センターに拘束されたダークエルフたちが処刑されたり、暴行や強姦の被害に遭ったこと。
結局はエコー・ワン鉱山の開発によって霊山が破壊されてしまったこと。
遊牧民であるダークエルフたちを無理やり居住区に移住させたこと。
マイク・フォースという部隊がエルディリア陸軍部隊と虐殺を繰り広げていること。
これまでの経緯から、今起きていることまで、アイナリンド大佐は説明した。
「やはり大井の開発には問題がある。彼らは地球の技術力を悪用して、この地域で非人道的な行為を行っている。これは止めなければいけない」
アイナリンド大佐の言葉を聞いてユースティスはそう結論した。
「暫くの間、あなたたちに同行できませんか? 大井が虐殺を行っている現場を映像で捉えられれば、あなたの話に信憑性がつきます」
「ここは戦場だ。危険だぞ。それでもいいのか?」
「構いません。お願いします」
「分かった。では、可能な限り戦士たちに守らせよう」
アイナリンド大佐はユースティスの申し出を受け入れた。
「ミーリエルさん。私は取材のためにしばらくここに残ります。殿下にそう伝えておいてください」
「お気を付けて」
ユースティスがミーリエルにこう伝言した。
そして、ミーリエルは聖地解放運動の戦士たちに従って山岳地帯から離れ、王都アルフヘイムへと帰還していった。
「ところで、アイナリンド大佐。あなたの聖地解放運動とオロドレスの共和国陸軍の現在の関係はどのようなものなのでしょうか?」
「お互いに不干渉としている。関係はいいとは言えないが、だからと言って敵対しているわけでもない。そんなところだ」
「今後、協力する可能性は?」
「やつらがフィリアン・カールの独立などという無謀な主張を止めれば考える」
ユースティスの問いにアイナリンド大佐がそう答えた。
「独立は悪手だと?」
「当然だろう。我々はこのフィリアン・カールで自治を得るだけでも、相当の血を流したのだ。それを独立ということになればエルディリアはもちろんのこと、周辺諸国とも戦わなければなるまい」
そうなっては勝てるはずもないとアイナリンド大佐。
「隣国のヴァリエンティアとも争うことになる、と?」
「そうだ。我々がエルディリアと争い、ダークエルフとエルディリアが弱れば、ヴァリエンティアは間違いなくその弱みに付け込んで攻撃してくる。歴史上、そのような火事場泥棒は何度も行われてきた」
「では、ヴァリエンティアを聖域にしているわけではないのですね」
「そういうわけではない。ヴァリエンティアとは今は一種の協力関係にある。我々の今の敵は大井とエルディリアであるし、ヴァリエンティアにとってもエルディリアは今なお敵国だ。交渉の余地はあった」
ユースティスの言葉にアイナリンド大佐が答える。
「この戦いに勝利するためならば、私はかつて戦ったものたちとも手を結ぼう。皮肉なことに昨日の敵は今日の友となり、昨日の友は今日の敵となっているのだからな」
エルディリア陸軍の軍人として、ヴァリエンティアと戦ってきたアイナリンド大佐は皮肉気にそう言ったのだった。
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