偽旗作戦
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──偽旗作戦
スーリオン大佐は自らが総督ファレニールとともに襲撃を受けた事件ののちに怒り狂っていた。
「ダークエルフどもを一匹残らず皆殺しにすべきだ!」
太平洋保安公司の軍事コンサルタントに向けて彼が叫んでいる。
「大佐。気持ちはわかるが、俺に言ってもしょうがない。政府の命令が必要だ。エルディリア政府の命令だ。アイリアン殿下からはまだ何も?」
「……まだだ。だが、アイリアン殿下もダークエルフどもをエルディリアの地から一掃されることを望んでいるはず」
「だといいのだが」
エルディリア政府はオロドレスたちによるフィリアン・カール共和国の独立宣言後、すぐに動いたわけでもなく、態度を保留させていた。
それにはダークエルフたちを攻撃することをよしと思わないギルノールたち改革派の影響があるのは言うまでもないだろう。政府内の意見の一致がなかなかに難しく、エルディリア政府は立ち往生だ。
そんな状況でアイリアンがフィリアン・カール野戦キャンプを訪れた。
「スーリオン大佐。ダークエルフどもはエルディリアからの分離独立というふざけたことを主張している。その点は把握しているな?」
「はい、殿下。もちろんです」
「うむ。我々はそのようなことを許すわけにはいかない。徹底的にこの動きを叩きのめし、完全に撤回させなければならん」
アイリアンは忌々しげにそう語る。
「しかしながら、まだ政府はダークエルフへの懲罰を決定していない」
「それは何故ですか? やつらに正義の鉄槌を下すべきであるのに」
「兄上だ。兄上が軍事行動に待ったをかけている。ダークエルフたちとまず話し合い、できればその話し合いで問題を解決したいと言ってな」
「それは……」
「ああ。兄上には悪いが、それはダークエルフたちに利するだけだ。意味がない」
未だに宮廷ではギルノールと彼の派閥による大井の開発への反対運動が起きており、それがダークエルフへの軍事作戦を妨げていた。
「そこでだ。どうあってもダークエルフたちへの軍事作戦を認めさせなければならない。我々は明白に攻撃を受け、それに反撃する形が望ましいと司馬は言っている。それならば地球の人間も気にしないそうだ」
「ですが、攻撃を仕掛けてくるのを待つとうのは」
「まあ、最後まで聞け、大佐。私は攻撃されるのをみすみす待つつもりはない」
「まさか偽旗作戦を?」
偽旗作戦。
それは所属を偽って軍事攻撃などを行うなどといった偽装作戦だ。
例に挙げればいくつかある。第二次世界大戦の引き金となるポーランド侵攻の口実を作ったグライヴィッツ事件。ベトナム戦争にアメリカが本格的に介入するきっかけとされたトンキン湾事件など。
アイリアンはこのような事件を起こし、ダークエルフへの全面攻撃の口実を作ろうというのである。
「そうだ。我々は部族代表会議のダークエルフを偽装させて攻撃を行う。攻撃目標は総督ファレニールの屋敷だ」
「総督の屋敷を……」
「もちろんファレニールに被害は出さない。やつも承知済みだし、太平洋保安公司も了承している。女王陛下より総督の地位を授かったものの屋敷が攻撃を受けたという事実が必要なのだ」
「分かりました。我々は何をすれば?」
「この件で太平洋保安公司は動かない。大佐には偽旗作戦を行った部族代表会議のダークエルフたちを拘束し、そして密かに解放しておいてほしい。できるか?」
「もちろんです、殿下」
「では、仔細が決まったら連絡する」
アイリアンとともにこの陰謀を企んでいるのは司馬、ヴァンデクリフト、そしてフォンだ。彼らは戦争の理由から完全にエコー・ワン鉱山を除外するために、ダークエルフ対エルディリアの構図を作りたがっていた。
陰謀は密かに進み、部族代表会議についたダークエルフたちが雇われ、聖地解放運動に偽装する。彼らはシルヴァリエンの部族のペイントをし、ダークエルフたちから鹵獲した弓や山刀が渡された。
作戦の進捗状況は司馬たちにも報告されている。
「ダークエルフたちが攻撃準備を整えた。いつでも行けるそうだ」
司馬はエルディリア事務所の執務室でヴァンデクリフトとフォンを前に告げる。
「こちらは近衛第2猟兵連隊以外の戦力の介入を防ぎます」
「そうしてくれ。これが終われば、本当に戦争だ」
我々の戦争ではないがと司馬。
「広報はメディアが情報を流す前に先制して、ダークエルフたちは武力による一方的な現状変更で分離独立をもくろむテロリストであることを周知するんだ。この戦争の原因はダークエルフ側にあり、我々には決してないことを知らしめろ」
「了解です、ボス」
司馬はフォンにもそう命じる。
「ぬからずやろう。我々は決して戦争の主役にはならない。あくまで戦争をやるのはエルディリアであって我々じゃないのだ」
司馬は戦争を回避するとは言わなかった。
現状、エルディリアにおけるダークエルフたちは、どうあっても大井に反発している。買収でどうにかできた部族代表会議のメンバーにしても少数派だ。
そして、ダークエルフが事業に反発している限り、安定したエコー・ワン鉱山の開発は難しい。エーミール・ルートの交通は妨害され、また技術スタッフが誘拐される恐れもあるのだ。
そう、だから大井はダークエルフを排除したい。だが、自分たちが主役の戦争はしたくない。その結果がこれだ。
エルディリアがダークエルフたちと戦争をすれば、彼らはより地球の兵器を求める。そのための大井がもたらすロイヤルティが必要になる。ますます大井に依存して、文句が言えなくなっていく。
大井にとっては望ましい状況だ。
そのような状況下で、偽旗作戦は進行し、動員されたダークエルフたちは意図的に太平洋保安公司が警備に穴をあけた総督ファレニールの屋敷に迫る。
時刻は深夜。だが、ファレニールは屋敷にいない。スーリオン大佐に招待されて、フィリアン・カール野戦キャンプにいる。
「やるぞ」
ダークエルフたちは火矢を構え、一斉に屋敷に向けては放った。
火矢は次々に建物に命中し、火災を引き起こした。窓が割れ、室内に飛び込んだ矢に、屋敷に残っていた使用人たちが悲鳴を上げて地下に逃げる。
ダークエルフたちが攻撃を繰り返す中で、近衛第2猟兵連隊が太平洋保安公司側から通報を受けたとして出動。
彼らは今やアメリカ軍から退役したストライカー装甲車ファミリーで武装しており、歩兵たちはM1126ストライカーICVで移動している。口径12.7ミリの無人銃座を備え、歩兵9名が搭乗可能なものだ。
「行け、行け! 女王陛下より総督の地位を授かられた方の屋敷が襲われているのだ! これ以上攻撃させるな!」
「了解!」
彼らはスーリオン大佐が指揮する中で、すぐさま総督ファレニールの屋敷に到着し、そこにいたダークエルフたちと交戦し、彼ら全員を捕虜にした。
捕虜は取り調べにおいて、自分たちが聖地解放運動のメンバーであることを自白し、そのことをスーリオン大佐は王都アルフヘイムで宰相クーリンディアと第二王子アイリアンに報告。
アイリアンは王室が侮辱されたことに怒り、クーリンディアにすぐさまダークエルフを征伐すべきと提言した。クーリンディア宰相は軍務大臣のゲルミアに命じ、ダークエルフ征伐の準備を始めるように指示した。
女王ガラドミアもダークエルフたちの傍若無人な態度に激怒。征伐を承認する。
宮廷のこの異様な空気にギルノールにできることはなかった。
だが、彼が先んじて潜入させていた軍人マゴルヒアとソロンディールから情報は得られていた。
「つまり、近衛第2猟兵連隊は捕らえたダークエルフを釈放し、別のダークエルフたちを処刑したというのか?」
「ええ。そのようです。ふたりからはそう報告が」
フィリアン・カールに向かい、情報を集めてきた女騎士のミーリエルが、主であるギルノールにそう報告する。
「つまりは攻撃は仕組まれたものである可能性があるのか」
「ユースティス殿に伝えますか?」
「そうしてくれ。だが、彼女は物的証拠というものを求めている。今の状況は憶測にすぎない。すぐに地球のメディアにこの異常事態が伝わることはないだろう」
「残念です」
「何事も一歩ずつだ」
ギルノールはそう考える中、エルディリア軍は征伐の準備を進めている。
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