懸念される点
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──懸念される点
ギルノールに必要なのは味方を増やすことだった。
王太子と言えどひとりでは何もできない。味方を増やし、できることを、選択肢を増やすことが必要になってくる。
ギルノールはまだ権力をさほど握っていない若手の貴族たちに目を付けた。彼らは既得権益を有する老人たちと違って、大井の開発によってあまり利益を得ていない。そこが狙うべき点だと彼は見た。
ギルノールはミーリエルを通じて若手貴族たちに接触し、彼らを自身の別荘であるアルフヘイムから離れた城に集めた。
「よく来てくれた、諸君」
ギルノールがそう言って集まった貴族たちを見渡す。
集まったのはまだ僅かに5名。
リオリス。彼は軍人であり、近衛第1猟兵連隊に勤務している。フィリアン・カールで猛威を振るう現代兵器についての知識もある。
ルィンヘン。彼は財務局勤務の官僚で、大井による開発がどのようなものが実態を知っている。
マゴルヒア。彼もまた軍人で彼は近衛第1騎兵連隊の所属だ。近々フィリアン・カールに派遣される予定でもある。
ソロンディール。同じく軍人で近衛第3猟兵連隊所属。同じようにフィリアン・カールに派遣される予定であった。
エドラヒル。彼は官僚であり、宰相クーリンディアの下で働いている。クーリンディアや他の大貴族の動向を知っている。
「まず私の意見を伝えておきたい。私は大井による開発は不健全であると考えている。大井の開発が何を引き起こしたのかを見れば、それは明白であろう」
ギルノールはそう語り始める。
「大井の開発はダークエルフたちのエルディリアへの怒りを招いた。今やフィリアン・カールでは戦争が起きている」
霊山の開発とそれに続くダークエルフたちへの弾圧によって、ダークエルフたちはエルディリアからの独立を宣言するに至った。まさに戦争だ。
「そして、鉱山開発で得られた利益は腐敗した貴族たちによって独占されており、決して民衆に還元されていない。既得権益を握ったものだけが、利するものだ」
大井が支払っているロイヤルティは民衆には利益を生んでいない。
「さらに私が危惧するのは資源頼りの経済になることだ。既にいくつもの手工業ギルドが財政悪化で事業を畳んでいる。これが続けば、我々の経済は資源がなくなったと同時に破綻するだろう」
ギルノールはそう懸念を伝えた。
「それについては同意いたします。我が国の経済は極めて不健全な状態になりつつありますから」
真っ先にギルノールに賛同を示したのは財務官僚ののルィンヘンだ。
「我が国の現在の収入ですが、大井からのロイヤルティが9割以上を占めています。大規模な額の取引なので仕方がないのですが、これに対して税収などの収入は激減しつつあるのです」
大井の支払いは増えた一方で、税収は減少しつつある。
「税収減少の原因はやはり手工業ギルドの倒産が主です。王室が大井からの支払いで得られた金銭で地球産の優れた道具を輸入しているために、手工業ギルドの商品は売れなくなり、倒産しているのです」
地球産の商品はエルディリアにとってはかつては高価で手が出せないものであった。だが、今や多額のレアアース開発におけるロイヤルティを受け取っているエルディリア政府には購入可能なものだ。
そのせいで地球産の商品が大量にエルディリア市場に流入。それと競争することなどできないエルディリアの手工業ギルドは相次いで倒産しつつある。
「しかも、本来の収入である税収が減少しているのに対して、支出そのものは増え続けているのです。宮殿の建設や宮廷貴族への給与の増額、そして何より軍の近代化のために多額の支出が生まれています」
税収の低下に反比例するように支出が増大。それは決して健全とは言えない。大井の資源開発が終わった途端に赤字財政に突入することを意味するのだから。
「ルィンヘン殿の危惧も分かるが、軍の近代化は急務です」
そう述べるのは近衛第1猟兵連隊のリオリスだ。
「私はつい最近隣国ヴァリエンティアを訪れました。そして、かの国にも地球の資本が進出し、急速な近代化が進んでいるのを目の当たりにしてきたのです。どこまでも平坦な道路や病院、学校、そして発電所などが整備されていましたよ」
リオリスは隣国ヴァリエンティアの様子を語る。
「我が国でも同様の動きがあることは知っています。発電用のダムを作るとか、港の整備するとかさらに踏み込んだ内容の開発が行われていることも。ですが、何より重要なのは軍備です」
大井関係の資本はエルディリアの潤沢な財政に合わせて、多額のインフラ整備契約を結んでいた。近々いくつかの河川に発電のためのダムが建設され、港も大型の艦船が停泊できるような埠頭が準備されるそうだ。
だが、リオリスが重視したのは軍備。
「我が国の軍は近衛第2猟兵連隊を中心に近代化しました。そのことによって地球製の武器がどれほど戦いを一変させるのかを知ったのです」
リオリスの近衛第1猟兵連隊もゆっくりではあるが、近代化されつつある。
それによって地球製の銃火器や車両、ドローンが導入され、これまでの戦いの常識が一変したことを知ったのであった。
絶大な火力を発揮する銃火器。騎兵よりも高速な機動を実現する車両。空からの目というこれまで全く存在しなかった視点を提供するドローン。
どれもが脅威的だ。
「もし、ヴァリエンティアが同様の装備を入手し、それによって武装した場合、我々の小さな軍備の遅れも致命的になるでしょう。そうであるからにして、軍備の増大は引き続き目指すべきなのです」
自分たちがその脅威を知ったからこそ、隣国であり、決して良好な関係といえない国が同様の装備で武装することを、リオリスは恐れていた。
「しかし、リオリス。私は決して近衛第2猟兵連隊の忠誠を疑うわけではないが、今の近衛第2猟兵連隊はあまりに力をつけすぎているように思える。そして、その忠誠はちゃんと女王陛下と王太子殿下に向いているのかとも」
そう疑問を唱えるのはマゴルヒアだ。
「近衛第2猟兵連隊は近衛の中でもっとも近代化の進んだ部隊となった。彼らは装甲車という鋼の車まで保有しているし、実戦経験も豊富だ。対する我々は彼らが当たり前のように装備している自動小銃などを装備しているだけ」
「ならば、なおさらのこと他の部隊の近代化を急がなければ」
「いや。近衛第2猟兵連隊が進みすぎていると言いたいのだ。もし仮にだ。近衛第2猟兵連隊がクーデターを起こした場合、誰がそれを止められる?」
「それは……」
決してシビリアンコントロールが徹底しているとも言えないエルディリアの軍隊は、それそのものが不安定要素になりかねないという事実があった。
多くの独裁者が恐れるのは他国よりも自国の軍隊ということもあるほどであり、軍のクーデターは警戒すべきことであった。それは専制君主国家であるエルディリアにおいても同じことが言えるだろう。
それに対応するには軍に金を与え続けて宥めるか、徹底的に力を削いでしまうかだ。
「この発言は不敬に当たるかもしれませんが、近衛第2猟兵連隊がアイリアン殿下の私兵なのはもはや周知の事実です。そして、アイリアン殿下はあまりにも大井と親しくしている。これは大丈夫なのでしょうか?」
マゴルヒアはそう疑問を呈した。
「弟を疑いたくはないが、確かに近衛第2猟兵連隊という弟アイリアンの私兵はあまりにも強力になりすぎた。彼らがクーデターを決意すれば、それを防げる軍事力は、この国には存在しない」
ギルノールのマゴルヒアの懸念を認めた。
「マゴルヒア、ソロンディール。君たちはフィリアン・カールに派遣され、近衛第2猟兵連隊と行動を共にするだろう。そうであるが故に警戒してもらいたい。近衛第2猟兵連隊に謀反の動きはないかと」
「……よろしいのですか?」
「ああ。他に頼れる人間もいない」
「分かりました」
ギルノールはこうしてフィリアン・カールそのものの情報と懸念材料である近衛第2猟兵連隊についての情報を手に入れることができるようになった。
「殿下。アイリアン殿下の周りについて調べるのであれば、私めに」
「ああ。クーリンディア宰相の部下であるエドラヒルであれば、弟にも警戒されずに情報を集められるであろう。頼むぞ」
「はっ!」
こうしてギルノールは静かにその派閥を拡大させていった。
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