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開発への危惧

……………………


 ──開発への危惧



 ギルノールたちはエコー・ワン鉱山の巨大な採掘現場を前にした。


「これは……凄いな……」


 あまりにも巨大な採掘現場を前にギルノールたちは唖然としている。


「こちらで採掘されるのは主にリチウムです。リチウムは地球における重要な資源であり、クリーンな経済発展を行うのにかかせない物質をなっております」


 フォンがエコー・ワン鉱山について説明し、重機などについてもどのような目的のものかを説明していく。


 エコー・ワン鉱山そのものに問題性はなく、何事もなく視察は終わるかと思われた。


 しかし──。


「フォン広報リーダー。不味いことになった」


「川内さん? 何事です?」


「状況説明は後だ。とりあえずVIPを退去させろ。警報だ」


「分かりました」


 太平洋保安公司側の警備責任者である川内の指示でコントラクターたちがギルノールたちを急いでパワード・リフト機へと連れていく。


「ちょっと待て! 何があったんだ? 何事なのだ?」


「後にしてください。今は安全が第一です」


 ギルノールが叫ぶのにコントラクターたちが彼をパワード・リフト機へ急がせる。


「殿下。今は彼らの言う通りに」


「クソ。分かった。そうしよう」


 侍従武官でもあるミーリエルの言葉もあって、ギルノールはパワード・リフト機に乗り込み、全員を乗せたパワード・リフト機は離陸していった。


「あれは……!」


 そこで目に入ったのはダークエルフたちがエコー・ワン鉱山に押し寄せている様子であった。しかし、彼らは戦士というわけではなかった。女子供や年寄りといったものたちで、プラカードを掲げている。


『我々の聖地を返してくれ!』


『連れていった家畜を返せ!』


 そう言った抗議文が書かれたプラカードだ。


 しかし、それらがギルノールたちの目に入ったのは一瞬のことで、すぐにパワード・リフト機は旋回して大井第二飛行場を目指す。


「フォン。今のは抗議のように見えたが? あなた方は問題は起きていないと言っていたのにだ」


「我々は説明責任を果たし、エルディリア政府との契約に基づいて行動しております。契約内容に不満がおありでしたら、契約を担当されたクーリンディア閣下へご連絡ください。我が社から言えるのはそれだけです」


「ふん」


 押しても引いても型通りの返答しかしないフォンにギルノールはあきれ果てていた。


 しかし、この突然発生した抗議の動きが偶然かといえばそういうことはない。


 これはギルノールもグルになって仕組んだことなのだ。


 そのことを知っているのはアイナリンド大佐である。


「抗議運動は予定通り実行されました。複数の逮捕者が出たようですが……」


「だが、これでアルフヘイムはダークエルフが開発に反発しているという事実を知ったと、そう主張することができるようになる」


 アイナリンド大佐の部下が報告するのに彼女はそう言った。


「しかし、王太子が我々に情報を流すとは驚きですね」


 この部下が言うようにギルノールのエコー・ワン鉱山視察の情報を、聖地解放運動側に流したのは他でもないギルノール本人である。


「ギルノール殿下は前々から女王ガラドミアの下にいる腐敗した貴族たちを忌々しく思っていた。連中は国のために役に立たず、こうして大井のような連中に金で靡く。ろくでもない連中だ」


「つまり、大井そのものも快く思っていないのですか?」


「そうなるだろう。だからこそ、こうして我々に情報を漏らしたのだ」


 ギルノールは改革派という派閥として、保守派であるガラドミアや腐敗した貴族に大井がもたらす莫大な経済的利益が入ることを危惧していた。


 さらに現状、エルディリア政府はその収入の大部分を大井が支払うロイヤリティによって占められている。つまりは資源頼りの財政となっているのだ。


 これは資源開発以外のものへの投資の意欲を失わせ、製造業などの発達が遅れることに繋がる。既に製造業を行う手工業ギルドの多くは資源開発で得た利益でエルディリア政府が導入した地球製の商品に押されて多くが廃業しつつある。


 そして、政府はそのような不満の解消にばらまき政策で対応するようになり、健全な財政は損なわれるだろう。


 これはオランダ病や資源の呪いと言われる経済現象だ。


 ユースティスからこのことを教えられたギルノールは大井による資源開発は、この国の長期的な利益にはならないと判断するに至った。


「ギルノール殿下は我々を救いたいと思っているわけではないかもしれない。だが、大井による開発を中断させたいという思いは我々と一緒だ。協力していくことはできるだろう。いや、協力しなければならない」


 アイナリンド大佐はそう言って密かにアルフヘイムという王国の中心にいるギルノールと手を結んだのだった。


 この連絡役になっていたのが、例の女騎士ミーリエルである。


 お忍びでアルフヘイムの城下町には繰り出せるが、フィリアン・カールまで出向くのは難しいギルノールの代わりに彼女がアイナリンド大佐たち聖地解放運動に接触していた。彼女はギルノールの視察の情報とそれに対する攻撃を行わないことをアイナリンド大佐たちに求め、了承されていた。


 そのような事情がある中の視察を終え、ギルノールたちは大井第二飛行場から大井第一飛行場まで飛び、そこから大井の車で王宮に戻った。


「殿下。今回の視察をどのように評価されますか?」


 戻ってきた取材道具を再び手にし、ユースティスが王宮前でギルノールに尋ねる。


「やはり開発には反対すべきだと思う。現地の反発が生じているのに、無理やりに開発を進めるべきではない。もちろん、これは女王陛下が承諾された契約であるが、大井はその契約の前提となる情報に虚偽の報告を混ぜているように感じた」


「ありがとうございます」


 ギルノールのインタビューを録音し、ユースティスも去った。


 彼女は大井の開発に現地政府も懸念を示しているという情報として、このインタビューを本社に送るつもりだ。


「お兄様。今日は楽しかったですね」


「そうかもしれないな」


「あら? お兄様は空を飛んだり、あんなに大きな鉱山ができていたのに、あまり喜んではいらっしゃらないのですか?」


「私には考えるべきことがいろいろとあるのだ、エアルベス」


「お兄様は次期国王ですものね」


 エアルベスは感想を共有できなかったことにがっかりしている様子だった。


「けど、重々用心なさってください。女王陛下は自分が王冠を戴いているうちはお兄様に何の権利を与えるつもりはありませんよ。そんな女王陛下の機嫌を損ねると断頭台の露と消えることもありますから」


「!」


 エアルベスが静かにそう指摘するのにギルノールは僅かに目を見開いた。まだ子供だと思っていたエアルベスの口から現実を指摘する意見が出たことに驚いたのだ。


「私だって王位継承権を持つ王族なのですよ?」


 エアルベスはそう言って小さく笑うと王宮の中に去った。


「ミーリエル。エアルベスは開発に賛成の立場なのか?」


「分かりません。あの方は生き残ることが重要だと思われているようですが」


「そうか」


 身内ですら信頼できない状態が、徐々に構築されて行っている。


「しかし、問題はアイリアン殿下でしょう。あの方はダークエルフたちが反発していることを知っていて、敢えて女王陛下にも知らせずにいます。それは大井から莫大な経済的恩恵を受けているからかと」


「ああ。アイリアンは完全に大井の側だ。そして王宮を大井の開発頼りの経済に向けて引っ張っているのも弟による仕業だ」


「あまりいい状況とは言えません。女王陛下は自分の認識に沿った意見を述べるものを好みます。今のアイリアン殿下はまさにそれです。そうなればあなた様ではなく、アイリアン殿下を次期国王に……」


「そこまでだ。それ以上は危険だ」


 ギルノールはそう言ってミーリエルを黙らせる。


「今は静かに動かなければ。油断は死に繋がる」


 エルディリアの王宮では女王による粛清は何度も起きているのだ。


 女王ガラドミアは邪魔であれば自分の息子だろうと殺すだろう。


……………………

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