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王太子の視察

……………………


 ──王太子の視察



 王太子ギルノールはかねてよりフィリアン・カールの視察を提案していた。


 だが、なかなか許可が下りない。


「どうして視察の許可がおりないのだ?」


 ギルノールは宰相のクーリンディアにそう尋ねる。


「殿下。現地は危険なのです。ダークエルフたちはますます狂暴になり、女王陛下から総督の地位を授かったカリスウェル伯ファレニールにも反発していると聞きます。そのような場所に殿下を送るのは心苦しいのです」


「危険は承知の上だし、既に我が弟アイリアンは視察を行ったそうではないか」


「殿下は王太子であらせられます。次期国王なのです。そのことをお忘れですか? アイリアン殿下とはそこが違うのですよ」


「だからこそだ。私は責任を果たさなければ」


「今の殿下の責任は王位を無事に継がれ、エルディリア王室の血を絶やさぬことです」


 あくまで視察が必要だというギルノールをクーリンディアがなだめる。


「それに我々の中にはあなたではなく、アイリアン殿下が王位を継ぐことで利益を得るものもいます。そういうものがあなたを事故に見せかけて手にかける恐れもあるのです。そうなれは宮廷は混乱するでしょう」


 そして、血が流れるとクーリンディア。


「血ならばもう流れているだろう。私がフィリアン・カールのダークエルフたちことを知らないとでも思っているのか?」


「それならば総督のファレニールにお任せを」


「ダメだ。私が直接視察する。これは決定した」


 クーリンディアの意見に反発し、ギルノールはそう主張した。


「分かりました。そこまで仰るのであれば手配いたしましょう。しかし、すぐにというわけにはいきません。安全がしっかりと確保できてからです」


「そういってさらに引き延ばし、私が諦めるのを待つつもりではないか?」


「決してそのようなことは。どうかご信頼ください」


「……分かった」


 しかし、ギルノールの視察が許可されたのは、それから8ヶ月後だった。


 大井側が警備などの面で問題があると言って引き伸ばし続け、最終的にほとんどの視察は空から行われ、地上ではエコー・ワン鉱山の視察だけが行われることに。


 それでもこれは面倒な問題だと大井側では認識されている。


「王太子が視察にやってくることが決まった」


 司馬は忌々し気にそう語る。


「後方の方で準備は進めさせていただいていますが、正直あまり歓迎はできません。ヴァンデクリフトの情報によれば、エルディリアの情報を漏洩させている張本人が王太子だということですので」


 そういうのは広報部門のフォンで、彼は予定される視察の準備に追われていた。


「ええ。間違いなくG24Nなどに情報を漏洩させているのは、王太子ギルノールです。それが意図することは、恐らくは母親である女王ガラドミアの政権を不安定化させるためでしょう」


「そんなことをして何の利益が?」


 ヴァンデクリフトが続けて報告するのに法務部門のホンダが訝しむ。


「連中は王族だということだ。自分が王冠を授かるために母親を蹴り落とすことも選択肢に入れる連中。それ以上に理由が必要か?」


「ギルノールは改革派として知られ、軍や官僚の若手を親しくし、派閥を形成しようとしているとの情報もあります。女王ガラドミアは現状維持を望む保守派であるならば、対立は必須かと」


「そう、改革という名の派閥争いだ。保守派であり旧体制派であるガラドミアに大金が入り続けている現状は、保守派の存続を意味し、改革派への弾圧の強まりを意味する」


「だから、彼は今の大井とエルディリアの繋がりを何とかして妨害したいということなのです。そうしなければ彼が即位しても周りは全員が保守派となり、彼自身が即位後すぐさま失脚する可能性もあります」


 問題はエルディリア政府内の派閥争いにある。


 腐敗した貴族により堕落した政治を正すと自称する改革派。彼らが権力の座につけば、また別の腐敗が起きる可能性は否定できないものの、少なくとも彼らは現状をよく思っていない。


 現状を維持しつつも、地球からの投資や技術革新を導入しようとする保守派。彼らは腐敗しているかもしれないが、現状が全く見えていないわけでもない。


 このふたつの派閥が密かに権力闘争を繰り広げているのが、今のエルディリア政府の内情であった。


 改革派に属するのはギルノールを筆頭に若手の貴族や官僚、軍人。保守派はガラドミアを筆頭に今まさに権力を持っている大貴族たち。


 いうまでもないが、大井による経済的恩恵を受け、彼らの賄賂で懐を温めている第二王子アイリアンは保守派だ。彼は母親に逆らうつもりはなかった。


「それからもうひとつ面倒なことが起きていまして」


「まだ何かあるのか?」


「第一王女のエアルベス殿下も視察に同行したいと」


「聞いてないぞ」


 フォンの言葉に司馬は報告を怠ったのかという厳しい顔をする。


「いえ。先ほどそういう提案があったばかりで、この場で相談しようと思っていたのです。どうしますか? 第一王女について私はほとんど情報を持っていません。何かしら情報があれば助かるのですが……」


 フォンは困り果てた様子でそう尋ねる。


「エアルベスについては特に政治的力学の中にはいないとの情報がありますが、彼女がどうして同行を望むのかが分かりません」


「まだお若いとも聞きますが、ギルノールの視察に同行させても問題は?」


「彼女が見て問題を感じるものならば、ギルノールに見せても不味いでしょう。ダークエルフ問題は協力者であるアイリアンにのみ伝えておき、他には伝えるべきではないというが保安部門の変わらない意見です」


「分かりました。では、エーミール・ルートやダークエルフ居住区などは除外します」


「そうしてください」


 フォンが了解し、ヴァンデクリフトは頷いた。


「私からもひとつ懸念していることがある。警備上の問題だ。もし、エルディリア政府の人間に何かあれば採掘がストップしかねない。警備は万全なのか?」


 司馬がそうヴァンデクリフトに尋ねる。


「可能な限りの対策は立ててあります。万が一がないように、です」


「ギルノールを保守派がこれを機会に暗殺しようとする可能性は?」


「低いですが、考えてもいます。ですので、明らかな第二王子の私兵である近衛第2猟兵連隊は警備から除外してあります。代わりに太平洋保安公司とレッドファング・カンパニーが担当を」


「よし。それで頼む」


 こうして警備体制が確認され、後は視察当日を待つばかりとなった。


 ギルノール側が参加を通知してきたのは4名。


 ギルノール自身と彼を護衛する女騎士ミーリエル、それから第一王女エアルベス。そして、G24Nの記者であるユースティスだ。


 これが通知されたとき司馬たちが酷く苛立ったのは言うまでもない。


 王太子であるギルノールの願いだと思って視察を許可したのに、ちゃっかりと忌々しいメディアの人間であるユースティスが参加してきたのだ。


 ここで保安上の問題などという理由を付けて、ユースティスの参加を断るという手段がないわけではなかった。しかし、ギルノールから絶対に彼女の同行が必要であり、断るならばその理由を明白にするようにと圧力がかかる。


「分かった。参加させてやれ。ただし、メディア対応としてフォンが同行するように」


 司馬はそう指示を出した。


 フォンはギルノールたちの対応するためにパワード・リフト機に乗り込んで、彼らに大井がいかに現地の意見を尊重しながら事業を進めているかを主張することになる。


……………………

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