人質救出作戦
……………………
──人質救出作戦
動員された太平洋保安公司の特殊作戦部隊は指揮官であるウィットロックの指示で、全員がブリーフィングルームに集まった。
「人質の居場所について詳細な情報が入った」
ウィットロックはそう言ってそれぞれのARデバイスに情報を送信。
「この北部山岳地帯で人質は拘束されている。敵の戦力は600名から700名。救出前に騒ぎになれば不味いことになる」
「隠密が必要そうですね」
「ああ。戦術オプションは隠密だ。少なくとも人質を救出するまではな。救出後は派手にやってもいい」
どのみち大井は北部山岳地帯の聖地解放運動の拠点を潰すように要請するだろうとウィットロックが言う。
「手順について確認しよう」
ARデバイス上の北部山岳地帯の3D映像が広げられ、人質の場所が示される。
「隠密がオプションである以上、いきなりパワード・リフト機で乗り付けるようなことはできない。我々は北部山岳地帯から十分に離れた地点に降下し、そこから徒歩で人質の居場所まで向かう」
救出部隊は4名3組に分かれ、人質救出とその援護、そして離脱地点の確保という役割分担を行うことになっている。
「本社からのゴーサインが出次第、作戦開始だ。以上」
そして、翌日の0320に太平洋保安公司本社は作戦にゴーサインを出し、作戦が発動された。
「全員乗り込め!」
人質救出部隊はサプレッサーが装着された特殊作戦仕様の銃火器を装備し、さらには身体能力を大幅に向上させる強化外骨格や装甲車並みの火力と装甲を有するアーマードスーツまで動員した。
それらを乗せたステルス仕様のパワード・リフト機が暗闇に包まれたフィリアン・カールの上空を飛行し、人質救出部隊は北部山岳地帯の手前に降下。
「静かにやるぞ」
直接救出に向かう部隊の指揮はウィットロックが執り、彼はベテランの元アメリカ海兵隊曹長をポイントマンに指名すると、その人物の案内で前進した。
音を立てず、密かに前進していく救出部隊。
『シエラ・リードよりヤンキー・リード。前方に敵4名。注意しろ』
「ヤンキー・リード、了解」
彼らは友軍が飛行させているドローンによって援護されており、それによって敵である聖地解放運動の動きを把握していた。
「ヤンキー・リードより各自。熱光学迷彩を起動し、静かに前方の連中を始末しろ」
「了解」
救出部隊はさらに第3世代の熱光学迷彩すら装備していた。まだ先進国の特殊作戦部隊ぐらいしか装備していないものを、太平洋保安公司は支給できる立場にあったのだ。どれだけ巨大な民間軍事会社だろうか。
熱光学迷彩によってウィットロックたちの姿は闇の中に消え、彼らはARデバイスでマークした4名のダークエルフの背後に回り込む。
「──ッ!」
次の瞬間、ダークエルフたちの口が塞がれ、ナイフが彼らの喉を引き裂き、腎臓をめった刺しにして、さらには心臓を貫く。血が大量に流れ、ダークエルフは数秒で出血性ショックにより意識を失った。
「クリア」
「クリア」
ダークエルフたちの死体が横たわる中で、熱光学迷彩を解除したウィットロック性質の姿が現れる。熱光学迷彩は強力な装備だが、第3世代型のそれはバッテリーなどの問題で長時間使用することが難しい。
「死体を隠せ。そうしたら前進再開だ」
「了解」
ウィットロックたちは死体を草むらの中に引きずっていき隠蔽すると前進を再開。
『人質のいる洞窟まで2キロ。敵は未だ警戒状態にない。連中、おねむの時間かね……』
「オーケー。シエラ・リード、引き続き監視を頼む」
『シエラ・リード、了解』
静かに、静かに、どこまでも静かにウィットロックたちは進む。彼らはときとしてパトロールのダークエルフたちを始末し、ときとして迂回し、そうやってダークエルフたち聖地解放運動に気づかれることなく進んだ。
「あそこだ。あの洞窟の中に人質がいる」
彼らはついに人質が囚われている洞窟まで到達した。
「3カウントで突入だ。素早く突入し、人質を確保したら合流地点に急ぐ」
ウィットロックはそう命じ、彼の部下3名が洞窟への突入準備を開始。
「3」
洞窟の中は本来真っ暗だが、ウィットロックたちは高度な暗視装置を装備しており、真昼も同然だ。
「2」
銃に装着されたサプレッサーは高度軍用レベルのもので全く音がしない。
「1」
何よりここにいる4名は実戦経験もある精鋭だ。
「ゴー」
一気にウィットロックたちは洞窟に踏み込んだ。
「何が──」
ウィットロックたちの突入に反応しようとしたダークエルフは次々に射殺され、瞬く間に洞窟におけるダークエルフの戦力は撃破されて行く。
「クソ。敵襲だ! 警報を──」
ダークエルフが何が起きているかに気づいたときは何もかもが遅かった。
洞窟にいた最後のひとりの脳天にライフル弾が叩き込まれ、洞窟におけるダークエルフたちは完全に沈黙した。
「クリア」
「人質を確認。これより救助します」
洞窟内の敵を一掃し、2名が洞窟の入り口で待機する中、ウィットロックと衛生兵の資格を持つコントラクターが人質の解放を始めた。
「た、助けに来てくれたのか……?」
「そうだ。歩けるか?」
「お、恐らくは」
「なら、立ってくれ。脱出地点はここから少しある」
衛生兵が簡単な手当てをし、人質を立たせると、彼らに肩を貸しながらウィットロックたちは脱出を始める。今のところ静かに物事は進んでおり、聖地解放運動は気づいた様子はない。
『シエラ・リードよりヤンキー・リード。敵が人質が拘束されていた洞窟に集まっている。不味いぞ。連中が気づく」
「クソ。シエラ・リード、監視を続けてくれ」
『任せろ』
長時間滞空するためにドローンは非武装であり、監視することしかできない。だが、情報があれば対処はできる。
聖地解放運動が人質が奪還されたことに気づき、警報が鳴り響いたときも、ウィットロックたちは冷静でいられた。まだダークエルフたちはウィットロックたちがどこに向かっているのかについては知らないと分かっていたからだ。
「急げ、急げ。もうすぐ脱出地点だ」
ウィットロックたちは人質を抱えて駆け、友軍が防衛している脱出地点を目指す。
そして、彼らは友軍4名が防衛する脱出地点に到達。
「ウィットロック指揮官。聖地解放運動がこちらに迫っています。どうやら連中も犬を使っているようですね」
「不味いな。かなり近づかれている。迎えが来る前に追いつかれるぞ」
「緊急即応部隊は待機中とのこと」
「緊急即応部隊はレッドファング・カンパニーか。要請しておこう。送りオオカミどもが群がっていては人質を脱出させられない」
こうして基地に待機していたレッドファング・カンパニーから抽出された1個小隊約30名の部隊が、人質と救出部隊を回収するパワード・リフト機とともに出動した。
その間にも聖地解放運動はウィットロックたちのいる脱出地点に迫り、ウィットロックたちも戦闘を覚悟し始めていた。
「どうせ交戦するなら先手を取りませんか?」
「ああ。アーマードスーツを前に出して戦闘陣形だ」
アーマードスーツが前に出て、それを盾にしてウィットロックが銃口を、暗闇の中で迫りくるダークエルフたちに向けた。
「距離1000」
「距離600で交戦開始」
ダークエルフたちは着実にウィットロックたちに迫る。
「距離800」
まだダークエルフたちは暗闇に隠れるウィットロックたちに気づかない。
「距離700」
既にウィットロックたちは魔術の射程内だが、矢は届かない。
「距離600!」
「撃てっ!」
戦闘開始だ。
……………………




