鳥かご
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──鳥かご
偵察チームは人質を発見し、そのことを太平洋保安公司の現地本部に伝えた。
「人質は今のところは全員が生存しているとのことです」
太平洋保安公司から報告を受けたヴァンデクリフトは司馬にそう報告。
「いい知らせだ。後は奪還するだけだが、交渉チャンネルの方はどうだ?」
「残念ですが、使えそうな人間はいませんでした」
「そうか。これからのことを考えるならばいた方がいいのだが……」
また誘拐や拉致が起きないとは限らない。だから、この時点で交渉チャンネルを有しておくことは利益になるだろう。残念なことに、その交渉チャンネルになる人物は見つからなかったが。
「人質の救出はいつ始められる?」
「まだ待ってください。今回の作戦はこれまでのように敵を撃破すればいいものではないのです。精密さが必要とされる作戦です」
「分かった。準備が出来たら教えてくれ」
「了解」
大井と太平洋保安公司による人質救出作戦の準備が進む中、技術スタッフを拘束した聖地解放運動にも動きがあった。
「見てくれ。素晴らしい戦果だろう?」
オロドレスが自慢げに示すのは、下着一枚にされて拘束されている大井の技術スタッフだ。彼らは怯えた目でオロドレスたちダークエルフを見ている。
そこにはアイナリンド大佐もいた。
「それで? この捕虜から情報は引き出せたのか?」
「ああ。もちろんだ。大井の車両の移動や航空機の運用について聞いた」
オロドレスが技術スタッフを尋問して手に入れた情報を記した紙を、アイナリンド大佐へと渡した。だが、アイナリンド大佐はそれを一瞥するとため息を吐く。
「これぐらいの情報ならば既に偵察で得られている。尋問の意味はなかったな」
「なんだと! 我々が血を流して手に入れた戦果だぞ!」
「私は墜落した航空機を襲えなどとは命令していなかったはずだ!」
オロドレスとアイナリンド大佐がにらみ合う。
ここにきて聖地解放運動は派閥争いが発生していた。
元軍人として知識から堅実に作戦を進めていき、勝利への希望を見せるアイナリンド大佐たち。若い戦士たちをその勇敢さで引き付け、過激なパフォーマンスで魅了するオロドレスたち。
職業軍人と民兵という出身の違いが、その対立の原因だと言えよう。
「では、これからこのものたちをどうするのだ?」
「もちろん殺す。生かしてはおけない。この隠れ家のことも知ったのだからな」
「愚かな。目隠しをするなり方法があっただろう。そして、大井は自分たちの組織に所属するものを殺されたとなれば、どのみち苛烈な報復に出るはずだぞ」
「ふん! 返り討ちにしてやるだけだ!」
オロドレスがそう吐き捨てるのに若い戦士たちが賛同の声を叫んだ。
「人質は解放すべきだ。情報が手に入ったのならば十分だろう」
「何だと! 我々を何度も辱めてきた侵略者どもを解放する? 正気か?」
「我々の目的は報復ではない。あくまでフィリアン・カールを取り戻すことだ。そのためならば敵と交渉することだろうとしよう。しかし、ここでこの非武装のものたちを処刑すればそれも難しくなる」
「ふざけるな! こいつらは殺す! 侵略者どもと交渉などクソ食らえだ!」
「派手なことを言って周囲の気を引くのはやめろ! 現実を見ろ! お前たちは墜落した航空機を襲うだけで何人を犠牲にしたか!」
「必要な血だ!」
議論は平行線をたどり、結論がでないまま。
「私は一度拠点に戻るが、もしお前たちが捕虜を処刑したら許さんぞ」
「これは俺たちが決めることだ。お前の指図は受けない」
「いいや。命令には従ってもらう。お前たちの武器や食料、医薬品は私が調達し、提供していることを忘れるな」
「くっ……!」
そう、オロドレスがいかに威勢のいいことを言おうと、彼らが戦うための物資は全てアイナリンド大佐が拠点や隣国ヴァリエンティアで調達しているものなのだ。その点を指摘されるとオロドレスは強く出れない。
「馬鹿なことは考えるな。いいな?」
そう言ってアイナリンド大佐は去った。
「どうするんです、オロドレスさん? あんな弱腰では侵略者どもは調子に乗る!」
「分かっている! だが、我々の補給線をあの女が握っているのも事実なのだ……」
若い戦士たちが文句を言うのにオロドレスはそう返した。
「こいつらと引き換えに地球の武器を要求してみてはどうですか? そうすれば、俺たちはアイナリンド大佐に頼らず戦うことができるようになる。でしょう?」
「ふうむ。考えてみよう。問題はどうやって侵略者どもと連絡を取るかだが」
オロドレスたちは銃火器を手に入れるために大井と交渉するという発想に至った。彼らは暫く頭を悩ませた末にひとつの方法を見出した。
「お前! 前に出ろ!」
「ひっ!」
オロドレスが人質のひとりに命じ、人質が怯えながらも前に出る。
「これからお前を解放するが、その代わりにこのメッセージを仲間に伝えろ。もし、ちゃんと伝えなければ残っている人質を殺す。この場所のことを告げても殺す。いいな?」
「わ、分かった!」
「では、ついてこい!」
人質の技術スタッフは縛られ、目隠しをされ、馬でエーミール・ルートの傍に連れていかれた。そこで技術スタッフは聖地解放運動の戦士たちから解放され、車列が通りかかるのを待った。
「止まれ、止まれ!」
そして、車列を護衛していたレッドファング・カンパニーの傭兵が、彼を見つけた。彼はワーウルフたちによって保護され、大井の施設へと移送された。
「拉致されていた技術スタッフのひとりを確保しました」
「どういうことだ? 解放されたのか?」
「ええ。相手は我々と交渉する準備があるというメッセージを伝えるためのようです」
報告を受けた司馬が訝しむのにヴァンデクリフトはそう報告を続ける。
「相手の要求は?」
「武器です。地球製の武器を寄越せ、と」
「それは不味いな」
地球製の武器は強力だ。たとえ弾が切れるまで振り回すだけでも何人も殺させる。
「ええ。もし、地球製の武器でエルディリアの関係者が殺害されることがあれば、地球からの武器輸入に規制がかかる可能性もあります」
「なら、拒否だ。別のものを身代金の代わりに」
「ボス。別に身代金を必ずしも渡す必要はないのです。既に人質救出部隊は準備できており、我々はどこに人質が拉致されたかも知っているのですから」
「ふむ。では、交渉する振りを?」
「その通りです。交渉を行う振りをして、相手に油断を誘うのです」
交渉で地球製の武器を与えることは最初から考えていないが、交渉を行う振りをして聖地解放運動の警戒が緩むのは望ましい。そして、嘘を吐く分には地球製の武器を与えるという約束をしてもいいのだ。
「よし。残り3名の人質を何としても奪還するぞ。必要なものがあれば何だろうと調達してやる。遠慮なく言え、ヴァンデクリフト」
「了解です、ボス」
そして、人質救出のための作戦が急速に準備されて行く。
大井と太平洋保安公司は聖地解放運動と交渉する意志があること偽装するために、向こう側が要求した場所にメッセージを残した。それはエーミール・ルートから3、4キロ離れた地点にある古い村の跡地に置かれた。
太平洋保安公司はその村を監視し、ダークエルフがメッセージを受け取ったのを確認。メッセージには武器について供与する準備があるが、どのような方法で渡せばいいかを尋ねている。
これを見て聖地解放運動側も大井が交渉に応じると考えたのか、積極的にメッセージを残していくようになった。
しかし、大井は右手を握手のために差し出しつつも、左手にはナイフを握っていた。
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