血まみれのエーミール・ルート
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──血まみれのエーミール・ルート
大井がレッドファング・カンパニーの人狼たちを使って警備を強化したという情報は、それを目撃するまで聖地解放運動は把握していなかった。
「ワーウルフ族だ」
「クソ。不味いぞ。見つかる!」
これまでエーミール・ルートに潜んで、襲撃を仕掛けていたダークエルフたちは慌てた。ワーウルフはダークエルフと並んで戦闘に秀でたものたちであり、彼らの五感はエルフたちを大き上回る。
つまりはドローンがなくとも遠距離の索敵が可能だということ。これまでは待ち伏せに成功していたダークエルフたちは不味いことになった。
「前方に何かいる。恐らくはダークエルフだ」
早速ワーウルフのひとりが、ダークエルフに臭いを嗅ぎつけた。
「よーし。ここでの初陣だ。派手にやろうぜ!」
「おうっ!」
この騎乗したワーウルフたちは奇妙な装備をしている。
彼らは彼ら向けにサイズを合わせたデジタル迷彩の戦闘服を身に着け、タクティカルベストやボディアーマーなどを装備。
武器は口径5.56ミリの自動小銃が一般的で、その他に同口径の機関銃や、射撃が優れたものには口径7.62ミリの選抜射手ライフルが与えられている。
奇妙なのは彼らがそのような近代装備を身に着けていながら、今も腰のショートソートは外さないということだ。近接格闘戦は銃剣があると言っても、ワーウルフたちは剣を手放すことを拒んだ。
「続け!」
騎兵たちは逃げようとするダークエルフを追って馬を走らせる。
「敵が追ってくる!」
「クソ。やむを得ない。迎え撃つぞ!」
4名のダークエルフは8名のワーウルフのパトロール部隊を相手に戦闘を開始。矢をつがえて放ち、魔術による攻撃も叩き込んだ。
「回避、回避!」
しかし、ワーウルフたちはそれらの攻撃を軽く躱してしまう。
「下馬して伏せろ!」
しかし、躱し続けることは不可能と判断したワーウルフたちは素早く馬から飛び降りて、そのまま地面に伏せる。
「お前たち4名は側面に回り込め。俺たちは正面から牽制する」
「了解」
ワーウルフの指揮官は4名を側面に向けて迂回させ、自分たちは自動小銃や機関銃の射撃でダークエルフたちを正面に拘束し続けた。
「撃て、撃て」
「連中、矢を風の魔術で強化していますよ。当たったら不味い」
「じゃあ、当たらないようにしろ!」
指揮官の命令でワーウルフたちは木々を遮蔽物とし、可能な限り頭を下げてダークエルフたちとの応戦を続けた。
炎の魔術がときおり周囲に着弾しては熱と衝撃を振りまく。しかし、そのような魔術が飛び交う戦場でも戦った経験のあるワーウルフたちの戦意はくじけない。
そして、ダークエルフたちの後方からワーウルフの別動隊が襲い掛かり、手榴弾を投擲したのちに一気に剣を抜いて突撃した。
「うおおおおおお────っ!」
剣を振りかざしたワーウルフの迫力たるや。ダークエルフたちは恐怖で縮こまってしまい、まともに迎え撃つこともできなかった。
「殺せ、殺せ!」
ワーウルフたちは血の臭いに敏感だ。彼らは血の臭いで興奮し、戦意を高める。そして、一度敵と見做したものには決して容赦しない。
ワーウルフたちは剣を振り下ろし、ダークエルフたちを瞬く間に殺し尽くした。
「よし、よーし! やったぞ! 勝利だ!」
こうしてワーウルフたちからなるレッドファング・カンパニーは初陣を勝利で飾った。彼らはこの勝利に気をよくしたが、決してそれからも油断はしなかった。
レッドファング・カンパニーの騎兵は引き続きエーミール・ルートを警戒し、ダークエルフたちは思ったように襲撃ができなくなっていく。
それでも方針は変わらず。警備が強化されたと言っても、未だ大井にとっての弱点はエーミール・ルートのままだ。
ダークエルフたちはより高度に戦うようになった。
あるグループがレッドファング・カンパニーのパトロールを釣りだし、その隙に別の襲撃部隊が攻撃を仕掛けるなど。彼らはレッドファング・カンパニーの警備に対する対策を取り始めていた。
またレッドファング・カンパニーのワーウルフが気づく前に弓矢で狙撃するなど、人的な損害も与え始めている。
だが、レッドファング・カンパニーもやられてばかりではない。彼らはパトロールの隊列の間隔を長くするなどして索敵に力を入れた。先頭がやられても、後方が攻撃を察知してすぐに対応できる隊列だ。
悪意と敵意の知恵比べが続き、エーミール・ルートが血で染まっていく。
「何とも言えない戦争だぜ」
レッドファング・カンパニーの団長ヴォルフは軍用四輪駆動車の中で、レッドファング・カンパニーの被害を記した書類を見てそうぼやく。
戦線が大きく動くというようなこともなく、膠着しているだけなのに、レッドファング・カンパニーは出血を続けていた。
「相手がダークエルフってのがやっぱり要因ですかねー?」
「かもな。ダークエルフたちはタフな戦士だ。戦場で俺たちと同じぐらい恐れられていた。だが、俺たちの方が戦いには向いてるはずだ」
軍事コンサルタントとして同行している天竜が尋ねるのに、ヴォルフはそう言って肩をすくめた。
ワーウルフとダークエルフには本人たちがそこまで気にしていないが、ちょっとした因縁があった。それは傭兵としてどちらが優れているかという論争だ。
ダークエルフは弓の名手であり、山岳戦、森林戦の達人として知られていた。それに対してワーウルフたちはその恐れを知らぬ勇猛さと、その膨大な膂力から繰り出される剣の技で知られていた。
では、どちらが強いのか?
傭兵最強の名を冠するのはどちらか。そう、古い時代には争ったこともあるのだ。
今となってはそれも過去の話で、お互いに無駄に張り合うこともない。
だが、運命は数奇なもので、両者は再び戦場で敵同士となった。
『シエラ・リードよりウィスキー・ワン。近くを飛行中のドローンが撃墜された。敵の姿は確認できていないが、警戒せよ』
「了解、シエラ・リード」
ドローンを管轄し、ヴォルフたちが護衛している車列の周りにドローンを飛ばしていた部隊の指揮官からの警告に、ヴォルフが了解する。
「全車警戒。襲撃の可能性が高い。ウィスキー・ツーは先頭に出ろ」
『了解』
ダークエルフたちは先頭車両を狙って攻撃し、車列を停車させる。その戦術は既にヴォルフたちも把握していた。
だから、先頭車両を守るために無人銃座に重機関銃をマウントした軍用四輪駆動車を先頭に押し出して警戒する。
何故、無人銃座が重要かと言えば、無人銃座には赤外線センサーが装備されているからだ。それによって近くで待ち伏せしているダークエルフたちを探し出せる。
高速移動する車両からでは、ワーウルフの嗅覚はあまり頼りにならないのだ。
『ウィスキー・ツー。前方に熱源を探知。友軍識別のストロボは付けていません』
さらに赤外線センサーでの探知は、部隊の将兵などがストロボを装着することによって、簡単な友軍識別もできるのだ。それによって熱源が間違いなく敵であることを、確認した。
「警告射撃後、降伏または逃走しなければ撃て」
『ウィスキー・ツー、了解』
無人銃座の重機関銃が威嚇射撃を行うと、探知された熱源は弓矢を構える動きを見せ、先頭に出たレッドファング・カンパニーの車列に向けて矢を叩き込んできた。防弾のフロントガラスにひびが入る威力の矢だ。
『接敵、接敵!』
「車列は停車だ。全ての武器を使って反撃しろ。叩きのめせ!」
ヴォルフを含めたレッドファング・カンパニーの傭兵たちは、これまでも商業ギルドなどが走らせる馬車を護衛したりすることがあった。
これはその応用であり、決して彼らにとって未知のことではない。
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