レッドファング・カンパニー
……………………
──レッドファング・カンパニー
ヴァンデクリフトはいくつかの傭兵団の調査に太平洋保安公司のコントラクターを動員した。これから雇用する傭兵団の質や背後関係を探るためだ。
戦力として傭兵にそこまで期待しているわけではないが、完全な無能や、まして敵と繋がっているような人間を雇うわけにはいかない。ヴァンデクリフトはその点をしっかりと調査させた。
そして、リストアップされた傭兵団の中で有望と思われたものがひとつ。
赤き牙という傭兵団である。
この傭兵団は獣人の一種であるワーウルフ族で主に構成されており、エルディリア軍からも評判がよかった。他の雇い主からも『とても勇敢に戦い、雇い主を守る、素晴らしい兵士たち』と絶賛されていた。
ヴァンデクリフトはこの傭兵団について背後関係も調べ、特にダークエルフやエルディリア政府、または競合他社と関わり合いがないことを確認。
そして、大井による現地雇用の民間軍事会社の先駆けとして彼らを雇用することになった。
「ようこそ、ヴォルフさん」
ヴァンデクリフトは面接のためにレッドファング・カンパニーの団長であるヴォルフをエルディリア事務所に招いた。
「どうも」
ヴォルフはまさにオオカミ男であった。
その姿は人間とオオカミを組み合わせたもので、オオカミの頭に全身を覆う灰色の体毛。その上から軽装の革の鎧を纏っており、腰にはショートソードを、背中にはクレイモアを下げていた。
「私はレックス・ヴァンデクリフト。大井エネルギー&マテリアル・エルディリア事務所の保安部門の責任者です。我々大井は現在進行中の事業のために、あなたの傭兵団を雇用する準備があります」
「はあ。で、どこのどいつと戦争をしているんだ?」
「いいえ。戦争は起きていません。現地住民による弊社事業への妨害行為の阻止をお願いしたいのです」
「んんん。あんた、随分と回りくどく話すが、俺たちにはもっとシンプルに命令してほしい。『金を払うからこいつらをぶちのめせ』とか『この積み荷をどこそこまで安全に届けろ』とかさ」
ヴァンデクリフトが述べるのにヴォルフは困ったように眉を寄せてそう頼んだ。
「そうですね。それならば後者です。我々はエーミール・ルートという道路で商品や道具を移動させています。そのエーミール・ルートが安全に通行できるように、あなた方には仕事をしていただきたい」
「了解だ。そのエーミール・ルートとやらの場所と、俺たちを雇う期間、それから報酬について話そう」
納得がいったというように両手の拳をぶつけてヴォルフがそう提案。
「今回は特殊な雇用形態となります。まずはあなた方には訓練を受けてもらいます。我々はあなた方に装備を提供する準備があるので、その装備の訓練です」
「おいおい。俺たちはこれで戦うぞ。いかなるときも」
ヴァンデクリフトの言葉にヴォルフは下げているショートソードの柄を叩いた。
「それよりももっと強力で、魔法のような武器を提供するとしてもですか?」
「……気になるな。しかし、訓練の間も俺たちは故郷に仕送りをしたりしなければならない。一部の報酬を前払いで貰えるか?」
「それについては心配する必要はありません。訓練期間中も我々は報酬をあなた方にお支払います。我々の事業に必要なことですので、これも予算に含まれています」
「ひゅー! そいつは太っ腹だな」
ヴォルフはヴァンデクリフトの申し出に思わず口笛を鳴らした。
「我々は確実に妨害者を抑止し、事業をスムーズに進めたいのです。あなた方レッドファングについては調査させていただきましたが、途中で契約を放棄せず、八百長をせず、確実に契約を達成すると評判でした」
「そいつはどうも。お世辞はいいが、契約の詳細を頼む」
「それについてはこちらを。契約の諸条件が記されています」
そういってヴァンデクリフトは数枚の紙をヴォルフに差し出す。
「契約期間は6か月ごとに契約更新を行うので、訓練期間の3か月を含めて最初は最短9か月、と。報酬は……マジか?」
そこには信じられない金額が記されていた。いい意味でだ。
「ご不明な点があれば、こちらの法務部門の担当者がご説明します」
「いやいやいや! こんなに払うのか? 戦争でもないのに?」
「ええ。保証いたします」
「マジかよ。クソ、こんないい話を俺たちだけに?」
「先に述べましたようにあなた方はこれまでの雇用主からの評判がいいからです。我々はその点を高く評価しております」
「分かった、分かった。仲間たちに一応確認するが、間違いなくこの話は受ける」
「それは何よりです」
そういってヴォルフとヴァンデクリフトは握手を交わした。
それからレッドファング・カンパニーに所属する500名のワーウルフ族が、契約に応じて太平洋保安公司がフィリアン・カールに構築した拠点に赴任。
レッドファング・カンパニーは戦闘を行うものだけではなく、補給や衛生などを行う人間も含まれており、これ単体で軍事的な行動ができる集団であったことも、ヴァンデクリフトが評価した点だ。
「こいつが魔法のような武器か……! 確かにこいつはすげえや!」
まずヴォルフ自ら先頭に立って訓練を受ける。
彼が扱うのは近衛第2猟兵連隊も装備しているベルギー製の自動小銃と複数の銃火器。口径5.56ミリの弾薬、または口径7.62ミリの弾薬を使用し、太平洋保安公司の多くの部隊と融通できるものだ。
彼らは銃火器や迫撃砲、車両を扱う訓練を受けたのちに、太平洋保安公司から派遣されたコントラクターが監督する中で、エーミール・ルートの警備と車列の護衛に当たることになる。
「はいはい、ご注目!」
作戦内容を説明するために派遣された太平洋保安公司のコントラクターは天竜リコという女性で、元日本情報軍大尉だ。ショートボブの髪型をした、ボーイッシュでいかにも快活そうな女性である。
「我々はエーミール・ルートを防衛し、かつそこを通るを車列の護衛を行う必要があります」
天竜が説明するように作戦はふたつ。
エーミール・ルートの全体の定期的なパトロールと車列の護衛だ。
「そこで部隊はこのように運用されまーす」
天竜は図で説明を始めた。
「パトロール部隊は騎兵で構成され、数にして150名を50名ずつのローテーションで割り当ています。150名は純粋な戦闘部隊で、後方支援部隊とは別です」
「オーケーだ、天竜。で、車列の護衛は?」
「そちらは200名を10名ずつで20組の部隊を編成し、こちらの提供する軍用車両を割り当てて護衛を行います」
ヴォルフが尋ね、天竜が答える。
「後方支援部隊はまた別に編成され、ふたつの任務に共通して割り当てられますっ! ここまではよろしいでしょうかー?」
「大丈夫だ」
「後方支援部隊は自動車化され、さらに緊急の場合は我が社の航空部隊が支援します。負傷者が発生した場合や補給切れが起きた場合には、我が社も支援に当たります」
「そいつは心強いな」
「ええ、ええ。皆さんは我々の戦友になるのですから!」
実際、この戦いを金を稼ぐための仕事と割り切っている太平洋保安公司の一般コントラクターと同じような考えであるレッドファング・カンパニーのワーウルフたちは相性がよかった。
「それではともにエーミール・ルートを守りましょう!」
「おうっ!」
そして、騎乗したレッドファング・カンパニーのワーウルフたちはエーミール・ルートを巡回し、同時に車列の護衛も行う。
大井から太平洋保安公司に外注された戦争は、さらに下請けへと外注されたのであった。
……………………




