地獄のハイウェイ
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──地獄のハイウェイ
大井とエルディリア政府がエコー・ワン鉱山の利益に湧く中で、聖地解放運動も行動を起こしていた。
彼らはアイナリンド大佐が指示した方針転換に従って、敵の弱点を突くことに。
大井の弱点──それはエーミール・ルートだ。
エーミール・ルートはエコー・ワン鉱山と地球に繋がるゲートを結ぶ道路である。地球から送られてくる重機がトレーラーに乗せられて通り、エコー・ワン鉱山の鉱物が地球に向けて運ばれる道だ。
この道路はとても長いために全域で太平洋保安公司や近衛第2猟兵連隊に防衛されているわけではない。そこにアイナリンド大佐たち聖地解放運動は目を付けた。
アイナリンド大佐の指示で戦士4名からなる襲撃部隊が編成され、大井の車列を待ち伏せし、襲撃することに。
大井は車列の護衛に少数の太平洋保安公司のコントラクターを付けているだけであった。というのも、鉱物を運び出す車列は多すぎて、厳重な警備を付けるのは負担が大きいのだ。
おおよそ、ひとつの車列はトラック20~30台からなり、それに対して太平洋保安公司の護衛は4名程度に過ぎない。
これは間違いなく大井の弱点だ。
ダークエルフたちは密かにエーミール・ルートの傍に潜む。アイナリンド大佐が編成を指示した襲撃犯4名のうち1名は猛禽類を使役するもので、ドローンが自分たちを探知しようとしたら撃墜する役目があった。
「来たぞ」
潜む彼らの下にトラックがエーミール・ルートの舗装されたアスファルトを揺らしながら走行してきた。ダークエルフの戦士たちは弓矢を構え、魔術を唱え、先頭車両に狙いを定める。
「放て!」
そして一斉に矢と魔術が先頭車両に向けて放たれ、車両のフロントガラスが矢によって破壊され、さらには炎の魔術で車両が炎に包まれる。
「攻撃を続けろ!」
ダークエルフたちは情け容赦なく先頭車両を攻撃し、次に放たれた矢はタイヤを貫いて車両をスリップさせると、車両は横転し、エーミール・ルートを塞いだ。
大井は車列に護衛をあまり付けない代わりに、ほとんどの車両を無人化していた。このトラックにも搭乗している人間はいない。
だが、トラックに積まれている鉱物には価値がある。
「フォックスロット・ワンより本部! 車列が攻撃を受けた! 現在対応中につき応援を派遣されたし!」
『本部、了解。援軍到着まで可能な限り車列を守りぬけ』
「フォックスロット・ワン、了解!」
太平洋保安公司の護衛は4名。2台の無人銃座に重機関銃を搭載した軍用四輪駆動車に分乗しており、襲撃が起きた先頭車両に向かっている。
「来るぞ。地球の傭兵どもだ」
「構えろ」
ダークエルフたちは炎上する車両の傍に身を潜め、太平洋保安公司のコントラクターたちが近づくのを待ち伏せる。
軍用四輪駆動車2台は速度を落とさず、真っすぐ先頭車両に方に近づく。
「今だ!」
そして、十分に車両が近づいたと判断するとダークエルフたちは飛び出して、軍用四輪駆動車にも炎と矢を浴びせた。
しかし、仮にも軍用車両だ。ガラスは全て防弾だし、火炎瓶のようなものがぶつけられることも想定している。
「接敵、接敵!」
「オール・ウェポンズ・フリーだ! 反撃しろ!」
無人銃座の重機関銃が唸り、コントラクターたちは車両内から発砲。
「放て!」
「傭兵どもめ!」
ダークエルフたちはまず軍用四輪駆動車のタイヤを狙った。トラック同様にタイヤを潰せば、走行が困難になるだろうと踏んだのだ。
しかし、太平洋保安公司の軍用四輪駆動車は対地雷構造になっており、弓矢程度ではパンクさせることはできない。
「ここまでだ。撤退、撤退!」
ダークエルフたちは引き際を心得ていた。それもそうだろう。襲撃犯の指揮官は元デックアールヴ旅団の将校が務めているのだ。彼らも太平洋保安公司のコントラクター同様に元軍人なのである。
彼らは素早くエーミール・ルートから離れ、少し離れた場所に待たせてあった馬に乗り込むと逃げ去った。
「クソ。逃がした!」
「フォックスロット・ワンより本部。敵は逃亡した。こちらに負傷者はないが、車両数台が破壊されている」
このようなじわじわとした襲撃をアイナリンド大佐の指示の下で、聖地解放運動の戦士たちは繰り返した。
それは個々の勝利はさしたるインパクトのないものだったが、統計上は無視できない脅威になりつつある。大井の計上するはずだった利益が削られ、太平洋保安公司は精神的に損耗する。
対策を迫られる中で事件は起きた。
技術者が同乗していたトラックが聖地解放運動に攻撃を受けたのだ。
トラックは破壊され、技術者は死亡。
「対策を立てなければならない。すぐに、だ」
エルディリア事務所で司馬はとても苛立った様子で告げる。
「しかし、エーミール・ルートは日本の東京から福岡までの距離より長いのです。これまで通り、そして行き来する車両の数は数千万台。これら全てを護衛することは不可能に近いでしょう」
「分かっている、ヴァンデクリフト。私は不可能を解決手段に取れとは言っていない。可能な解決手段を求めているのだ」
ヴァンデクリフトが渋い顔をして言うのに、司馬はそう返した。
「エルディリア政府に助力は乞えないのですか?」
そう尋ねるのは法務部門のホンダだ。
「既に近衛第2猟兵連隊を借りている以上、これ以上の兵は出すまい。王国の常備軍は近衛第1、第2、第3、第4猟兵連隊と近衛騎兵旅団、そしてデックアールヴ旅団だけだったのだからな」
エルディリア王国の常備軍の規模はさほど大きくない。有事の際には傭兵などで戦力を補うことを想定しているためだ。
市民を動員して兵役につかせるなどということをすれば、市民にそれ相応の権利を与える必要になり、今も王室に権力が脅かされる。だから、エルディリア政府はダークエルフたちに頼っていた面もあったのだ。
「これ以上の太平洋保安公司の動員にはいささか慎重になる必要があります。軍事においては戦力の逐次投入は酷く嫌われるものです。太平洋保安公司を今以上に増強するならば、短期的かつ大規模に行うべきかと」
「そうか。では、現地雇用の人間を動員するのはどうだ?」
「現地雇用ですか?」
「太平洋保安公司以外にも傭兵はいるだろう?」
そう、先ほど述べたようにエルディリア政府は有事の際には傭兵を動員する。その傭兵を自分たちも使おうと、そう司馬はヴァンデクリフトに提案しているのだ。
「装備や質の面で太平洋保安公司には劣りますよ」
「道を警備させるだけだ。エコー・ワン鉱山のような重要施設は引き続き太平洋保安公司に行わせる。このエルディリア事務所の保安手続きも」
精鋭の太平洋保安公司。猟犬の近衛第2猟兵連隊。それに続く穴埋めとしての戦力として現地の傭兵を起用しようと司馬は言った。
「分かりました。手配します。我々としては現地雇用の傭兵に太平洋保安公司と同じセキュリティクリアランスは与えるべきではないと思いますが」
「無論だ。あくまで現地の人間として扱う。そして、我々は今も現地住民を信頼などしていない」
「それならば結構です」
こうして大井はエルディリア国内にて傭兵を起用することに。
エルディリア国内の傭兵は必ずしもエルフとは限らなかった。彼らはドワーフであったり、獣人であったりと様々だ。
その中でもヴァンデクリフトが目を付けたのはワーウルフ族の傭兵団だった。
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