第二王子の訪問
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──第二王子の訪問
女王ガラドミアから了解を得て、宰相クーリンディアも了承したエコー・ワン鉱山の開発契約であったが、未だに窓口になっているのは第二王子アイリアンであった。
彼はこの自らの懐の温まるビジネスを手放すつもりはなく、甘い汁を吸えるだけ吸おうという腹づもりだ。
「ようこそ、アイリアン殿下」
「うむ。出迎えに感謝する、司馬」
アイリアンは大井のパワード・リフト機でエコー・ワン鉱山の開発拠点に降り立ち、太平洋保安公司の護衛を受けた。
「しかし、空から見たが信じられないほど巨大な鉱山だな。我が国にこのような進んだ技術による景色が現れるとは思っても見なかった。いやはや、地球の技術というのはどこまでも素晴らしいものだ!」
アイリアンは司馬にそう語る。
自国に工場や発電所ができることや、あるいは鉱山などが整備されることを喜ぶ人間はこれまで司馬も数多く見ていた。農業しかなかった自国が急速に発展することは喜ばしいとそう思えるシンプルな人間たちだ。
経済成長こそ正義であり、工業化こそが国民の幸せ。実にシンプルだ。
「貴国の発展に貢献でき、嬉しく思います。鉱山の案内はこちらの技術スタッフのリーダーである石井が行います」
「よろしくお願いします、殿下」
ここで石井が鉱山の説明のために現れ、アイリアンを案内する。
彼はここで使われている重機や鉱山の採掘方法などについて説明を行いながら、アイリアンにエコー・ワン鉱山を案内した。
「川内。警備に問題はないな?」
司馬の方は懸念材料について太平洋保安公司の川内に質問していた。
「今のところ、鉱山周辺にダークエルフはいない。しかし、こちらが飛ばしているドローンが度々撃墜されるインシデントが相次いでいる。油断ができないだろう」
川内は司馬にそう報告。
彼が述べるように太平洋保安公司の運用するドローンが度々撃墜されるインシデントが発生していた。
太平洋保安公司はエコー・ワン鉱山の周辺の早期警戒のために、絶えずドローンを飛ばし続けているが、それが撃墜され、一時的に監視網に穴が開くという事態が起きていたのだ。それを川内たちは攻撃の前兆ではないかと危惧している。
「近衛第2猟兵連隊は?」
「連中は今日は第二王子の閲兵を受けるので出動していない」
「太平洋保安公司側の戦力はすぐに動員できるんだろうな?」
「ああ。緊急即応部隊は確保してある」
「ならばいいが……」
太平洋保安公司は川内の指示でいつどこにでも投入できる予備戦力として1個小隊の空中機動歩兵を確保していた。彼らはいつでもパワード・リフト機で投入できる。
「しかし、司馬さん。ここまで規模が大きくなると俺の指揮できる範囲を超える。将来的に太平洋保安公司の規模を増やすのか、それとも削減してエルディリア側に任せるのか。教えておいてほしい」
川内は元日本情報軍の大尉であり、指揮してきたのは中隊規模の戦力だ。
だが、エコー・ワン鉱山の警備に、そしてフィリアン・カールの安定に投入されている太平洋保安公司の戦力は既に1個中隊を越えていた。
「変更になる可能性はあるが、我々大井としてはエルディリア側にゆだねたいと思っている。最低限の太平洋保安公司の戦力を維持しつつ、フィリアン・カールの安定化などという話はエルディリアにやってもらいたい」
「分かった。情勢が大きく変化しない限りはというところか」
「ああ。そうなる」
大井にはエコー・ワン鉱山で利益を上げるべき義務はあっても、フィリアン・カールの他の地域の治安に対する責任はない。それはエルディリア政府が責任を負うべきことであって、大井が民間軍事会社を大規模に動員して行うことではないのだ。
大井のようなメガコーポは既存の政府が与えている環境にただ乗りすることで成長してきた。金になる政府の仕事は自分たちが奪い、金にならないものは政府に押し付ける。そういうやり方で権力を拡大しながら、利益を上げ続けた。
フィリアン・カールの治安維持など、まさに金にならない仕事であり、エルディリア政府に押し付けるべきものだ。そうやってエルディリア政府が確保した安全にただ乗りすれば大井はその分儲かる。
そのような話をしているとアイリアンが石井に連れられて戻ってきた。
「どうでしたか、殿下?」
「これは素晴らしい鉱山だ。このような鉱山を国にもっと増やしたいと思うのだが、そちらはもっと我が国に進出するつもりはないのか?」
「今のところは予定はございませんが、このエコー・ワン鉱山が成功すれば、後に続くプロジェクトも立ち上がるでしょう」
「まずはこの鉱山の成功か。分かった」
大井が発見しているレアアース鉱山はここだけではないが、異世界でのビジネスというものが本当に上手くいくのか、経営陣も投資家も慎重になっている。
このエコー・ワン鉱山がリトマス試験紙となるだろうことは間違いない。
「それでは続いて近衛第2猟兵連隊の閲兵となります」
「スーリオン大佐はよくやっているか?」
「彼は精力的にフィリアン・カールの治安維持任務に当たっておられます」
「あいつはタフな軍人だからな」
アイリアンはスーリオン大佐のような力を誇示する男を好み、軍の力を信奉し、アウトドアで駆けまわることを好む。一種のマチズモじみた思想の持ち主であると司馬たちは分析している。
司馬は太平洋保安公司の警護の下、アイリアンをフィリアン・カールに設置された近衛第2猟兵連隊のキャンプに連れていく。キャンプと言っても立派な兵舎や司令部施設が整備された場所だ。
フィリアン・カール野戦キャンプ。そこはヘスコ防壁によって守られ、近衛第2猟兵連隊の兵士たちが警備している。
「殿下、ようこそいらっしゃいました!」
「スーリオン大佐! 励んでいるようだな」
「はっ! 国に仇なすダークエルフどもを日々正しております!」
スーリオン大佐の指揮する近衛第2猟兵連隊はアイリアンの私兵であることは以前から語っている。そして、この大井がもたらした近衛第2猟兵連隊の近代化こそが、アイリアンにとって何よりの恩恵であった。
「さあ、お前の指揮する立派な兵士たちを私に見せてくれ」
「こちらへどうぞ、殿下」
ここからはアイリアンとスーリオン大佐の時間だ。司馬たちはその様子を眺めておくだけである。
しかし、そのはずだった閲兵の時間に問題が起きた。
『シエラ・リードよりアルファ・リード。トラブル発生です』
「どうした、シエラ・リード?」
シエラ・リード──ドローンを管理している部隊の指揮官から、フィリアン・カール野戦キャンプにいる川内に緊急の連絡が入った。
『ドローンが相次いで撃墜され、監視網に大きな穴が開きました。最後の映像ではそちらに向かっている騎馬集団15名前後を確認しています』
「了解した、シエラ・リード。こちらで対処する」
ドローンが撃墜されたという報告に川内がすぐさま応じる。
「司馬、敵襲の可能性がある。VIPを退避させるべきだ」
「待て。ここは近衛第2猟兵連隊の拠点だぞ?」
「関係ない。ダークエルフどもは何度も近衛第2猟兵連隊を襲っている」
「クソ。閲兵を中止するように勧告する。それからそちらも緊急即応部隊を動員しろ。今回のVIPに万が一のことがあれば、ここでの事業は完全に失敗する」
「了解。すぐに動員する」
司馬はスーリオン大佐に敵の接近を知らせて閲兵式を中止させ、川内は待機していた緊急即応部隊に出動命令を下した。
その間にも確認された騎馬集団は司馬とアイリアンたちの下に向かっている。
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