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進む開発

……………………


 ──進む開発



 エコー・ワン鉱山の開発は進んでいた。


 エコー・ワン鉱山から地球に続く異界の門──ゲートまでの道路は整備され、アスファルトで舗装された大きな道路がフィリアン・カールを横断している。


 その道路をリチウムの含まれた岩石を乗せたトラックや重機を乗せたトレーラーなどが頻繁に行き来し、エコー・ワン鉱山は拡大を続けていた。


 今ではフィリアン・カールに存在した霊山やその周囲の森は消え失せ、大きな露天掘りの鉱山が大地を穿っている。


「順調なようだな」


 採掘を視察しに来た司馬は満足そうにそう述べた。


「ええ。既に地球側でリチウムなどの抽出が始まっていますが、やはり我々が見込んだ通りです。ここは有力なリチウム鉱山ですよ」


「ああ。大金を賭けただけはあったな」


 膨大なリチウムを始めとするレアアースがこのエコー・ワン鉱山で採掘され、既に大井エネルギー&マテリアルの手によって市場に流れている。


 大井には膨大な富が流れ込み始め、経営陣も投資家も気をよくしていた。


「しかし、太平洋保安公司からの報告は聞いていますか?」


「忌々しい現地住民との問題か。鞭ばかりではなく、アメも与えるべきかもしれないと思い始めていたところだ」


「そうすべきでしょうね」


 石井が司馬に言うのは太平洋保安公司とそれに指導された近衛第2猟兵連隊の対反乱(COIN)作戦についてだ。


 今もダークエルフたちによるエコー・ワン鉱山開発への反発は続いており、次第にそれはエスカレートしてきている。


 危険なインシデントとして、鉱物を輸送していたトラックが火球のようなものに攻撃され、一時炎上しかかったことがあげられるだろう。


 このような事件は度々起きており、エコー・ワン鉱山で働く大井のスタッフたちにも緊張した空気が流れていた。


 太平洋保安公司とスーリオン大佐の近衛第2猟兵連隊はこれに対して対反乱(COIN)作戦を口実に、かなり無茶な軍事作戦をやっている。そう、司馬はヴァンデクリフトから報告を受けていた。


「ここでの学校や病院の建設はどうなっているんだ?」


「そっちは全然着手されていません。何せその恩恵を受けるはずの住民が、揃ってそれに反対運動をやっているんですから」


「クソ。どうにかして始めさせなければならないな。経済的な利益があると、連中に少しでも思わせないといけない。我々はベトナム戦争やイラク戦争のような泥沼をやるようなつもりはないんだ」


 大井は広報部が宣伝し、さらにはエルディリア政府に約束した通りに、現地の様々なインフラの建築を行うことになっていた。


 既に道路は広く整備され始めており、エルディリアの物流は大きく改善した。


 さらにアルフヘイムでは近代的な病院や学校が整備され始めており、そこに派遣する医療従事者や教員なども地球で募集がかけられている。


 しかし、もっとも開発による不利益を受け、その分の補填がされるべきダークエルフたちにはその手のものは一切行われていないのが事実。


 それもそうだろう。聖地を破壊され、同胞たちを辱められ、殺され、追いやられたものが、いまさら病院や学校程度で機嫌を直すはずがない。彼らはそれらの建設に対しても『よそ者は出ていけ』の一点張りだ。


「どういう計画があるんですか?」


「エコー・ワン鉱山から大きく離れた地点に、ダークエルフを住まわせる街を作るつもりだ。ダークエルフはそこで経済的恩恵を受け、我々はダークエルフのトラブルにこれ以上見舞われることなく開発を進められる」


「戦略村みたいなものですか」


「まあ、そんなところだが、用意されるのはこの世界の技術水準を大きく上回ったインフラを有する居住地だ。文句はないだろう」


 戦略村とはベトナム戦争中に南ベトナム政府などによって進められた人工の居住区であり、住民を南ベトナム解放民族戦線のゲリラから引き離す目的で建設された。しかしながら、人権を無視した強制移住は決して成功したとは言えないものであった。


「居住区の整備を急がせよう。それから、だ。今度アイリアン殿下が視察に来る」


 司馬はそう石井に言う。


「エコー・ワン鉱山の成功いかんで将来が左右されるのは、エルディリア王室も同様だからな。気になるのだろう。軽く説明をしてもらえるか?」


「ええ。構いませんが。それまでに治安問題は解決しそうなのですか?」


「無理だろうな」


 石井の問いに司馬は諦観の様子でそう述べた。


 彼らは予定通り、エコー・ワン鉱山の開発が行われている場所から、十二分に離れた場所にダークエルフのための居住区建設を始めた。


 近代的なライフラインが整ったマンションなどの居住施設が建設され、学校や病院、体育施設なども建設された。それは地球にある地方都市と比べても、遜色のないほどのものであった。


 だが、そこに移住しようとするダークエルフはいない。


 彼らは移住を拒み、今も聖地であった霊山の奪還を目指している。


「殿下がいらっしゃると言うのに、ダークエルフどもが野放しでは、俺の面子に関わる。どうにかしなければならないぞ」


 そういうのはスーリオン大佐で、彼はダークエルフたちが今も大井の車両を襲撃するのに苛立っていた。


「ダークエルフがひとつの場所に留まるのならばやりやすいのだが……」


 太平洋保安公司の軍事コンサルラントはそうボヤく。


 ダークエルフたちは元来遊牧民だ。それをひとつの場所に住まわせるという方向で進んた大井とエルディリアの方針に、彼らが反発したのは遊牧民であるというのも理由のひとつだっただろう。


 彼らが生活の糧を得るには、どうあれ遊牧で家畜を育てならければならない。そして、それを物々交換するなどして必要なものを手に入れることで、彼らはこれまで生活してきたのである。


「こうなればダークエルフを根こそぎにするしかないように思えるが」


「ファレニールよればダークエルフの人口は最後の確認された時点で8万人。数が多すぎるし、そのせいでコストがかかりすぎる」


「では、どうするんだ?」


「地道にやる。それ以外に方法はない。少なくとも何百名が強制的に移住させれば、居住地の便利さに気づいて、抵抗しようとは思わなくなるだろう」


「だといいのだが」


 太平洋保安公司と近衛第2猟兵連隊を合わせても1万人は届かないレベルだ。それなのにダークエルフたちは8万人近くいるとなれば、それら全てを収容して管理しようなど無謀である。


 それゆえに司馬が考えたようにアメを与えて、ダークエルフたちを黙らせる。そういう作戦が取られることになった。


 太平洋保安公司と近衛第2猟兵連隊は連携し、ダークエルフの村を訪れると彼らを強制移住させる手続きを始めた。


「あなた方にはこれから我々の用意した居住区で暮らしてもらう。これは総督が決定したことであり、あなた方は従わなければならない」


 太平洋保安公司のコントラクターがそう言い、ダークエルフたちを用意したトラックへと乗せようとする。


「我々の家畜はどうなるのだ!?」


「ここを離れるのはまだ先だよ。ここにはまだ食べ物があるんだから……」


 しかし、やはり遊牧民でもあるダークエルフたちは強制的な移住に反発。トラックに乗ろうとしない。


 そこでスーリオン大佐がレボルバーを空に向けて威嚇射撃を行う。


「これはエルディリア女王ガラドミア陛下に任じられた総督の命令である! 逆らうならばこの場で処刑する! 異論は一切許さない!」


 威嚇射撃に怯えたダークエルフたちが、ようやくトラックに乗り込んでいく。


「天幕は焼き払え。家畜は連れていけ」


「了解」


 ダークエルフたちが暮らしていた天幕は炎で焼かれ、馬などの家畜もトラックに載せられるとダークエルフたちとは違う場所に向かった。


 生活の場と糧をまとめて失ったダークエルフたちは、これで大井による経済的恩恵を受けなければいけなくなるとの読みだったが、彼らはただただ混乱しただけだった。


……………………

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