デックアールヴ旅団の反発
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──デックアールヴ旅団の反発
以前記したようにダークエルフはエルディリアにおいて兵役を務めることによって、エルディリアに置いて権利を保障されていた。
そのダークエルフが兵役を務める部隊こそが、デックアールヴ旅団である。
デックアールヴ旅団はフィリアン・カールから離れた王都アルフヘイム郊外にて、その拠点を置いていた。その兵舎と司令部が設置された場所はヴァリエンドール駐屯地と呼称される場所である。
「納得できない!」
デックアールヴ旅団副旅団長のアイナリンド大佐は、その司令部施設の自身の執務室にてエルディリアの軍務大臣を前にテーブルに拳を叩きつけた。
「しかし、これは決まったことだ、アイナリンド大佐。フィリアン・カール王室属領にて鉱山開発が行われることは、王室が認め、女王陛下が認められた。それに異論をはさむことは誰にもできない」
軍務大臣はそういってアイナリンド大佐をなだめようとする。
「フィリアン・カールは我々ダークエルフの土地だ。王室には敬意を払うが、何故彼らが勝手な契約を決める!」
「フィリアン・カールは王室属領だ。王室の土地だ。ダークエルフの土地ではない」
「だが、王室は部族評議会にフィリアン・カールの統治を命じた」
「いいや。統治は総督に、だ。総督の下で部族評議会は最低限の自治を行う権利がある。それだけにすぎない。このフィリアン・カール統治法にもそう記されているではないか。大佐は文字が読めぬわけではなかろう」
軍務大臣は羊皮紙に記されたフィリアン・カールにおけるダークエルフの部族評議会、総督、そしてエルディリア王室の権力の配分について記されたフィリアン・カール統治法の写しを、アイナリンド大佐に示した。
「対外的な意味合いからフィリアン・カールにおける我々の統治の権利を明文化しないが、王室は必ずフィリアン・カールにとって不利益なことはしない。代々そう約束してきたはずだ。忘れたとは言わんせんぞ」
「これは不利益ではないからだ。考えてみたまえ。君も近衛第2猟兵連隊の装備は見ただろう? 地球製の軍服や武器だ。羨ましいと少しも思わなかったかね?」
「それは……」
「地球の企業は既にあの憎きヴァリエンティアにも進出して街道や病院を整備している。フィリアン・カールも地球の資本で大きく発展する。それの何が不利益だというのだろうか、大佐?」
「……我々は金のために部族が守ってきた土地を売るつもりはない」
「それは君の我がままだろう。それこそフィリアン・カールに関するダークエルフの部族評議会とエルディリア王室の契約を違う行為だ。そうなればフィリアン・カール統治法は全面的に見直さなければならない」
軍務大臣はそうアイナリンド大佐に通告した。
「それがエルディリアの答えか?」
「いかにも」
「では、殺されないうちに失せろ、クズめ」
アイナリンド大佐がそう言い、ダークエルフの兵士たちが軍務大臣の腕を掴んで椅子から引きずり下ろし、司令部の外に叩き出した。
「どうなさるのです、大佐殿? こうしている間にも我々の故郷は……!」
「分かっている。だが、軽率な行為に走れば、それこそ連中に我々を弾圧する大義を与えることになるだろう」
「では、どうなさるのですか?」
ダークエルフたちは故郷を守るために兵役についたのだ。それがエルディリア政府の勝手な思惑で故郷にある聖地が破壊されようとしている。
「まずは言葉による対決だ。エルディリア政府に対してフィリアン・カール統治法の解釈変更について抗議する。聖地の破壊は明白なダークエルフにとっての不利益であると訴えなければならない」
アイナリンド大佐は方針を語る。
「それからストライキというものが、地球にはあるそうだ。我々は兵士として働いているが、それを一時的に停止して政府の意見の変更を求める」
「なるほど。それが上手くいかなければ?」
「もし、それが失敗すれば我々は兵役を完全に放棄し、故郷で侵略者たちと戦う。それだけだ」
「了解です」
しかし、こうしている間にも大井によるエコー・ワン鉱山開発は進み、苛立ったデックアールヴ旅団の将兵が脱走して、故郷フィリアン・カールへに向かっていた。
これを批判する声がデックアールヴ旅団に向けられる。
終いにはデックアールヴ旅団の旅団長──これはエルディリア王族が務める──が命じ、アイナリンド大佐が拘束された。
「我々を虐げ、同胞たちの離心を招いたのは、王室と政府の責任であろう! 何故我々がその責を負わねばならないのだ!」
急遽開かれた軍法会議の場でアイナリンド大佐がそう主張。
「雇われ兵風情が何を言うか!」
「王室を批判するとは!」
「恥知らずめ! その言葉だけでも極刑に当たるわ!」
集まった陸軍の高官たちは次々にアイナリンド大佐を批判。
「雇われ兵だと! 我々が金のためにエルディリアの将兵して戦ったとお思いか! ヴァリエンティアとの苦しい戦いの中でも我々がひとりとして逃げ出さず、命を賭して戦ってきたのが、金のためだとっ!」
アイナリンド大佐も高官たちを批判し、批判の応酬が始まる。
もはやこうなっては軍法会議などではない。
「静粛に、静粛に!」
裁判長を務める王国陸軍中将がヤジと非難の応酬を鎮めようとする。
「現時点でアイナリンド大佐は指揮下の将兵の脱走の報告を怠り、女王陛下の下された判断を不当にも批判している。しかし、当軍法会議では、アイナリンド大佐の事情を鑑みて報告義務への怠慢のみを取り扱うこととする」
この裁判長の言葉に再び高官たちからヤジが飛ぶ。
やれ大逆罪で極刑にせよだの、不敬罪としても裁くべきだとか。
「これ以上の許可されていない発言は法廷侮辱罪として扱いますぞ!」
そんな高官たちにぴしゃりと裁判長が告げる。
「それではアイナリンド大佐には減俸と禁固刑10年の判決を下す!」
「ふざけるな! まずは王室と政府の責任を明らかにせよ!」
「以上だ。当軍法会議を閉会する」
アイナリンド大佐の反論は受けいられず、彼女の弁護を行うはずの法務士官も何も言わずにさっさと軍法会議の場から出ていった。
「この国はここまで腐っていたか……!」
アイナリンド大佐は隣国ヴァリエンティアとの戦争で発生した戦いのひとつであるラニエルの戦いで英雄的な戦いをしたことで知られている。
彼女は自分たちの5倍ものヴァリエンティアの軍勢を退け、丘を守り抜き、そのことでエルディリア軍は勝利したという戦いだ。
「来てください、大佐。抵抗すればこちらとしても力尽くになります」
「ふん!」
兵士にそう言われ、アイナリンド大佐は大人しく連行された。
しかし、この事実を知ったデックアールヴ旅団のダークエルフたちは、もはやエルディリア政府は敵であると認識した。
「俺たちは戦う!」
「そうだ! 故郷と同胞たちのために!」
「これ以上馬鹿にされてたまるか!」
デックアールヴ旅団のダークエルフたちからなる将兵は食堂でそう決意し、エルディリア政府に反旗を翻すことを決定した。
彼らは密かに武器を取り出し、大規模な脱走を開始。
そんな彼らがまず狙ったのは刑務所で、アイナリンド大佐の救出のために動いた。彼らは夜中に密かに刑務所に近づき、音もなく衛兵を始末すると、刑務所の中へと突入していった。
「大佐殿! お迎えに上がりました!」
そして、アイナリンド大佐が収監されている独房に到達。
「お前たち、ついに蜂起したのか?」
「いいえ。蜂起はこれからです。大佐殿の指示を皆が待っております」
「そうか。しかし、このアルフヘイムで騒ぎを起こしても容易に鎮圧される。よって、我々はフィリアン・カールに向かうぞ」
「了解」
こうしてデックアールヴ旅団の6000名近い兵士が脱走し、フィリアン・カールのダークエルフたちと合流したのであった。
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