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猟犬たち

……………………


 ──猟犬たち



 エルディリア事務所でヴァンデクリフトが飼っている猟犬は4名。


 その指揮官は日本情報軍上がりの神通博人という人間で、彼らは地球のメディアにエルディリアの情報をリークしたメディア関係者を追跡していた。


「神通少佐。例のネットワークのAI分析結果が出てます」


「ご苦労」


 神通は部下からあるデータを受け取った。


 それはエルディリア、ダークエルフの部族評議会、地球のメディア、人権団体、そして大井関係者の繋がりをAIに分析させたものだ。


 この手の人物関係のAI分析は地球でも犯罪捜査で使われるものだが、神通たちのものは合法とは言い難がった。


 彼らは不法に傍受した通信内容を分析に利用していたからだ。


 そう、大井の情報部門はかつてアメリカ国家安全保障局(フォート・ミード)が主導していたような通信傍受を行っている。エシュロンやPRISMのような通信傍受作戦を密かに行っているのだ。


 何も驚くには値しない。


 日米貿易摩擦が激しかった1980年代にはアメリカ中央情報局(ラングレー)は、日本企業に対する盗聴を行っていたと分かっている。だから企業が他者の通信を不法に傍受することのハードルは低かった。


第一階層(レイヤー・ワン)はG24Nか」


 第一階層(レイヤー・ワン)とはAIによる人と人のネットワークにおいて、その集団の中でもっとも影響力のある人間を指す。


 これはとあるSF小説から輸入された言葉で、そのSF小説でもテロ組織や軍閥の誰が第一階層(レイヤー・ワン)なのかを分析し、その人物を暗殺することで暗殺の効果を最大にし、紛争の解決を図っていた。


 今回の第一階層(レイヤー・ワン)は一連のエルディリア絡みのスキャンダルを地球のメディアにリークしている主犯だ。


「トマス・セルシウス。こいつはG24N内の第一階層(レイヤー・ワン)であり、恐らくは地球のメディアや人権団体に情報をリークしていた人間である」


 神通がそう宣言する。


「消しますか?」


 神通の部下である元アメリカ情報軍の将校が尋ねた。


「ヴァンデクリフトはそれを望んでいる。会社もな。この男を排除した場合の影響についてAI分析を行ったが、第一階層(レイヤー・ワン)であるこの男を消せば地球側の沈黙が見込める」


「了解です。では、やつの居場所を突き止めましょう」


「ああ。やつのスマートフォンは既に傍受している。電波から位置を割り出し、密かに始末する。誰もことが公になるのは望んでいない」


 エルディリアの官憲は既に大井に抱き込まれている。大井にとって不快な地球の人間が行方不明になっても探すことはしない。


 神通たちは動きだし、エルディリア内に設置された携帯電話基地局から、セルシウスの居場所を探る。軍用の様々なドローンも空を飛行して、AIによる顔認証でセルシウスを探した。


 それから神通たちはテクノロジーに頼らない手段も使った。エルディリアの現地人に金を渡し、セルシウスを探させたのだ。


 現地のエルフたちはプリペイドの携帯電話と報酬の前金を渡され、酒場や宿屋、あるいは官憲の詰め所などに紛れ込み、セルシウスの姿がないか報告する。


 そして、それらの情報から神通たちはセルシウスの居場所を突き止めた。


「やつが通う酒場が分かった。地球資本の店で、地球の酒を出す店だ。出張で来ている他の企業や政府の職員も利用している」


「そこでやるのは不味そうですね」


「ああ。シナリオはこうだ。まず──」


 それから神通より作戦についての説明が行われ、4名の猟犬たちは配置に就いた。


 いつものようにセルシウスは行きつけの酒場で強い酒を呷るとタブレット端末で本社やユースティスとやり取りし、ナノマシンによるアルコール無害化フィルターをオフにして酔っぱらった企業や政府の職員から情報を得ようと試みていた。


 そこそこ情報が集まったところで、馬車を呼び、頻繁に変更しているホテルのひとつに向かう。薄暗く、人通りの少ない通りを馬車は僅かな明かりで進んでいき、酔ったセルシウスはうとうととしている。


 そこで事件は起きた。


「うおっ!」


 突然の揺れにセルシウスが悲鳴じみた声を上げる。


 それと同時にバスッという鈍い音が響いたかと思えば、馬車の御者が頭を矢で撃ち抜かれていたのが見えた。御者を失った馬車は馬が嘶いて停車し、御者の死体が通りに転がり落ちる。


「両手を上げて馬車を降りろ! すぐにだ!」


 それから覆面を被り、軍用クロスボウを装備した4名の男たちが現れ、セルシウスに向けてそう脅した。セルシウスはスマートフォンで連絡を取ろうとするが、先ほどまで繋がっていた電波が全く繋がらなくなっている。


「ま、待て……! か、金なら払う……。だから、見逃してくれ……」


 セルシウスは両手を上げて馬車を降りた。すると、すぐさま口をふさがれ、男たちによって連れ去られてしまった。


 その後、セルシウスは遺体で見つかった。


 水路に浮かび、喉をナイフで引き裂かれた姿で。


 死体を調べたところ、財布に現金はなく、腕時計やタブレット端末、スマートフォンも奪われた状態であったため、エルディリアの捜査当局は強盗事件として処理した。


 死体は地球にいる遺族に引き渡されるはずだったが、手違いにより焼却されてしまい、遺品と遺灰だけが渡されることになった。


 こうしてセルシウスは消えた。


「猟犬は狩りを完了しました、ボス」


 ヴァンデクリフトが司馬にそう報告。


「これで問題は収まりそうか?」


第一階層(レイヤー・ワン)を排除しましたので、確実だとは思えますが、油断はしない方がいいでしょう」


「分かった。とりあえず、今はこれでいいだろう」


 しかし、ヴァンデクリフトたちの読みは本当に少しばかり甘かった。


 セルシウスから彼の生前にギルノールとのコネを紹介され、大井がこのエルディリアで何をやっているのかを聞かされていたユースティスは、このセルシウスの死が強盗ではないと確信した。


 彼は大井によって殺されたのだと確信したのだ。


 そのための証拠を集めようとしたが、大井の猟犬たちはその点において一切のミスをしていなかった。この事件に地球側の人間が加害者として関与した証拠は全く存在せず、エルディリア官憲も強盗殺人だという見解を翻さない。


 あれこれと手を尽くしてみたものの、大井の関与を示すものは何もない。


「セルシウス殿の件は残念だが、これ以上調べ回るのは避けるべきであると考える」


 セルシウスの死を知り、ユースティスに接触したギルノールはそういう。


「仮に大井というメガコーポがセルシウス殿を殺したのだとすれば、彼の仕事を引き継ごうとしているあなたも狙われるのではないか? 今は目立たぬようにしておくべきだと思うが……」


「そうですね。残念ですが、そうせざるを得ないでしょう」


 もし、大井がネットワーク分析を行うのがもう少し遅ければ、ユースティスも、ギルノールさえも第一階層(レイヤー・ワン)となっていた可能性がある。


 そうなれば大井の猟犬どもは2名を排除しただろう。


「私としてもしばらくは情報を流すことはできない。大井がセルシウス殿に気づいたのであれば、私が情報を流してことにも気づいているかもしれないからだ。この事実を女王が知れば、私も命が危うい」


「分かりました。今はほとぼりを冷ましましょう」


「ああ。そうしよう」


 王太子と記者はそういって酒場で別れを告げた。


……………………

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