女王
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──女王
司馬は最後まで謁見前に第一王子にして王太子ギルノールとの接触を試みたが、その試みは残念なことに失敗していた。
王太子は御多忙。その言葉でずっと会うことができず、根回しは結局のところアイリアンに任せることになった。
そして、そのアイリアンの使いから謁見の準備が整ったと知らせがあったのが、アイリアンに地球製の武器を紹介してから約1ヶ月後のことだ。
司馬は説明のための資料を抱え、2名の警備スタッフとともに王宮に向かった。
「こちらでお待ちを」
謁見の間にはすぐに通されず、司馬たちは控室で待たされた。
王宮はヴァンデクリフトの情報通り、やはり金銭に苦労しているようだ。内装は古いままで、古ぼけた調度品が惨めさを感じさせていた。
それは大井の外部顧問となって金銭を得ているファレニールの屋敷より貧相なのだから、地球の経済的恩恵を理解するのに十分であった。
それから2時間ほどして、司馬たちは謁見の間に通された。
「女王ガラドミア陛下、御入来!」
王城の広々とした謁見の間で司馬たちが待つと、近衛兵が声を上げ、それと同時に女王ガラドミアが姿を見せた。司馬たちは説明にあったように、まずは頭を下げてガラドミアを出迎えた。
「面を上げよ」
ガラドミアがそういうと司馬たちは頭を上げ、エルディリアの女王を見た。
ガラドミアは人間にして30代ほどの麗しい女性で、多くのエルフがそうであるようにとても整った顔立ちをしている。しかし、衣服の方は残念ながら、地球の王族たちの水準から比べると酷く劣る。
美しい金髪をクラウンブレイドにしており、その瞳の色は青い。
さらにその右手に宰相のクーリンディア。左手にいる若い男性エルフが恐らくは王太子のギルノールだろう。
「地球の民である司馬林太郎と申したな。余に新しい商売を紹介するという話であったが、どのようなものか?」
「はい。我々が提案させていただくのは、レアアース採掘というビジネスです。我々はこの陛下の収められるエルディリア王国において、非常に価値のある地下資源を発見することに成功しました」
「それは金・銀・銅ではないそうだな。それなのに価値があるというのか?」
「そうです。非常に価値があります」
「ふむ」
金・銀・銅以外で価値があるものと言われてもぱっとしない様子だ。
「もちろん、眠っている資源は本来はあなた方エルディリア王国のものです。しかし、我々が開発しなければ何の価値も生み出せないのも事実。そこで我々は鉱山開発の許可がいただければ、開発によって生じた利益から、貴国政府にロイヤルティをお支払うすることを提案いたします」
そう言って司馬は持参した資料をガラドミアの侍従に渡し、侍従がガラドミアへとその資料を渡した。その資料に記された数値を見たガラドミアが目を見開いて驚くのが、司馬にも分かった。
「これはまことか?」
「まことです。我々はそれだけの利益を上げられると考えております」
ガラドミアが資料をクーリンディアにも見せて話し合う。クーリンディアには事前に司馬が通達し、大井側に抱き込んでいるため、裏切ることはないだろう。
「ギルノールよ。傍に参れ」
「はっ」
しかし、分からないのは王太子のギルノールの反応だ。結局、司馬たちは彼が示す見解について明白な答えは得られていなかった。
ガラドミアとギルノールは暫し話した末に、ガラドミアがギルノールを下がらせた。
「他にどのようなものをお前たちはもたらせる?」
価格交渉、ではないだろう。下手に強きに出てこの取引が破談したら、それで困るのはお互い様だ。
「我々はフィリアン・カールにおけるインフラ整備を中心に、貴国のインフラを整備し、医療を向上させ、教育の機会を与えることが可能です」
「ほう。興味深いな。地球の進んだ技術を我が国に与えてくれるのか?」
「陛下。我々にも利益になることなのです。鉱物を運びだすには大きな道や運河、あるいは飛行場が必要です。それゆえに貴国のインフラが向上するのは、我々にとっても利益であります」
司馬は続ける。
「またこのエルディリアが豊かになり、利便性が向上するならば、雇用についても問題なく行えるようになります。我が社の従業員は安心してエルディリアに赴任し、さらには現地での雇用も可能になるかと」
「理にかなっているな。無償ほど高いものはないというからの」
あくまで自分たちの利益でもあると説明することで、ガラドミアはそれ以上疑うことはしなかった。
「よろしい。この件は宰相クーリンディアに一任する。クーリンディアは余の代理人として、このものたちと交渉し、契約を行うよう命ず」
「はっ。畏まりました、陛下」
流石にガラドミア自らが交渉を行うつもりはないようで、取引は宰相のクーリンディアに委任された。
そして、女王ガラドミアが退室するのに全員が頭を下げる。
「司馬殿。あとで契約交渉のスケジュールを決めるとしよう」
「はい、クーリンディア閣下。よろしくお願いいたします」
初対面のはずのクーリンディアと司馬が親しげに話しているのを、王太子ギルノールは訝し気に見ながらも退室した。
これからは契約に関する交渉だ。
エルディリア事務所では法務部門のホンダを始めとするスタッフが徹夜で契約書を作成し、それが何度かエルディリア側に拒否されながらも、細かな言葉遣いの変更などで乗り切り始めた。
焦点となっているのは、数値の問題というよりある条項だった。
「『この契約は今後エルディリア側によって定められる、大井エネルギー&マテリアル側にとって不利な、いかなる税制や法律から保護される』と」
この保護条項を巡って、エルディリア側であるクーリンディアは懸念を示していた。
「これは我々を疑っているということか?」
「我々はこの条項をいかなる国家や地権者とも結んでおります。我々があなた方を疑っていると思われては心外」
「いや、失礼。だが、我々とそなたたちの関りは長くなるだろう。今決めたものが数百年度も通じるのだろうかと疑問に思うのだ」
「その点は話し合いの場を設け、その席で合意に至れば契約を一部修正することを受け入れる準備があります」
大井エネルギー&マテリアルは地球でも性質の悪い資源開発企業であった。彼らは贈賄などで契約担当者に鼻薬を嗅がせ、この保護条項を必ずつけさせていた。このせいで泣き寝入りした政府は少なくない。
「であるならば、問題はないであろう」
今回もクーリンディアには幾度も賄賂が渡っており、それが彼の判断を鈍らせた。
「もはや契約の締結について異論はない」
こうしてクーリンディアの了承が得られ、契約は締結されるかと思われたが。
ここで動ていたのが王太子ギルノールであった。
「君の意見を聞かせてほしい、セルシウス」
ギルノールは度々お忍びで城下町に繰り出していたのだが、そこである変わった友人を得ていた。
「ふむ。大井エネルギー&マテリアルね。札付きだよ」
トマス・セルシウスという北欧系アメリカ人。彼はアメリカの大手メディアであるG24Nに所属する記者だ。
「札付きと言うと?」
「地球にはメガコーポってのがいましてね。そいつらは国家並みの権力を振り回して、自社の利益だけを追及するっていう連中なんです。こいつら大井はその点が特に酷い連中なんですよ」
「具体的にはどうなんだ?」
「開発に伴う汚染の事実を隠蔽し、発覚してからも法廷闘争で陰湿な戦術を仕掛けて、賠償を拒否すること。資源埋蔵量を偽って報告し、自分たちの取り分を不当に増やすこと。後は軍事政権やらと組んで開発を行っていることとか」
「確かにあまり良識のあるものたちではなさそうだ」
「ええ。その通り。気になるなら俺が地球の方で観測気球を上げてみてもいいが?」
このセルシウスという記者はろくに裏を取らず、先走ったせいで偽情報に引っかかり、そのせいで社の信頼を損ねたとして、この異世界に左遷されている経緯がある。
「では、お願いしよう」
だが、ギルノールにとっては数少ない地球側の事情を知る人間だった。
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