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調査は再開する

……………………


 ──調査は再開する



 住民説明会は有耶無耶で終わってしまった。


 そもそものところ、大井側のアリバイ作りに過ぎない説明会を、危険を冒して再びやろうという意見はエルディリア事務所内になく、司馬の判断の下で調査再開が決定した。


 この時点で太平洋保安公司側は40名に人員を増やしており、部族評議会側の攻撃にかなり警戒していた。彼らは住民説明会に向かってきた騎馬集団が、大井のスタッフを攻撃するつもりだったという情報をファレニールから得ている。


 太平洋保安公司は調査再開に当たって、部族評議会か、または先走った一部の過激派が妨害行動に出ると考えており、それに対応することを求めた。


 結果としてまずは調査地域周辺の安全確保ということとなり、太平洋保安公司のコントラクターたちが周辺のパトロールに派遣された。


「聖地とされる場所が大体分かった」


 そういうのは石井で、彼はヴァンデクリフトとフォンから連絡を受けて、地図上のダークエルフたちの聖地とされる場所を確認していた。


「この山を彼らは霊山だと呼んでいる。そうであるが故に立ち入りは許さないと。だから、我々はこの山を避けて調査を行おうと思う」


 住民説明会では司馬は聖地を避けてもいいという認識を示していた。それを受けて石井は調査から聖地を外し、現地住民との不必要な対立を避けようと、当初の調査計画を再調整した。


「しかし、石井リーダー。リモートセンシングによる結果では、間違いなくこの山こそがリチウム鉱脈ですよ? それを外すというのは少しばかり……」


「分かっているよ。調査からは外すが、採掘から外すとは言っていない」


「調査なしで採掘に?」


「これまでの我々の蓄積してきたデータから、完全に全体の調査を行わずとも、埋蔵量や分布図のデータは求められる。だから、聖地とやらを調査対象から外しても、採掘の採算が取れるかどうかは分かる」


 採掘前に土壌の状態の確認や本当に眠っているのが求めている鉱物かを確認するために、ボーリング調査などの地質調査を行わなければならない。


 だが、それは隈なく全体を掘り起こすのではなく、一部の地域のサンプルが得られればそれでいいのだ。だから、無理に住民の反感を買ってまで、聖地そのもので試掘を行う必要はない。


「ですが、調査は行わずとも採掘そのものは行うのですよね? 結局、聖地云々の問題は発生するのでは?」


「それまでには司馬さんがエルディリア政府を巻き込んでくれるとさ。それから採算が取れると分かれば大規模な太平洋保安公司との契約も発生する」


「かなりハードな採掘になりそうですね……」


「仕方がない。それが我々の仕事さ」


 結局、聖地で採掘をやるならば、ダークエルフたち現地住民の反発は必須。司馬はそれをエルディリア政府を矢面に立たせると同時に、太平洋保安公司を大規模動員して対処するつもりだ。


「俺から見てもここでの採掘は恐らく巨万の富を生むのが分かる。もう試掘前から成功が約束されているようなデータが揃っているんだ。だから、今になって聖地だとかの迷信に邪魔されたくない司馬さんの気持ちは理解できるよ」


 石井にしたところで、この宝の山を前にして引き返せと言われるのは納得いかない。彼らは採掘屋の意地として、このプロジェクトを成功させたかった。


 それから太平洋保安公司による現地の安全確保がなされたとして、再び石井たち調査チームは調査拠点から現地に向かった。


 調査予定地点にはヘスコ防壁による壁が作られ、あちこちに武装した太平洋保安公司のコントラクターたちが姿を見せていた。


 それもそうだろう。すぐそばには聖地を監視するダークエルフの一団がいたのだ。


「連中は武装しているが、大丈夫なのか?」


「そちらの作業区域には壁を作ってある。もし、それでも不安ならブルドーザーなり何なりで強制的に追い払うが?」


「いや。大丈夫だ」


 川内がそう提案するが、石井は今のままで大丈夫だと判断した。


「では、調査を始めよう。スケジュール通りに運べば2週間で終わる。これまでの遅れを取り戻せるぞ」


 石井は技術スタッフたちを鼓舞して、聖地から数キロ離れた地点での調査を開始。


 無人地上車両(UGV)を使った調査やボーリング調査、それで得られたサンプルの化学分析。それらが進められていく。


 最初の調査で既に大量のリチウムの埋蔵が確認され、後はどれだけこのリチウムが広がっているかを確かめるだけであった。


 しかしながら、調査の再開に当然ダークエルフたちは反発した。そこが聖地から数キロ離れていようとも、調査を行っているのは最初に聖地に無断で踏み入ろうとし、それを防ごうとした同胞たちを痛めつけて拘束した人間には変わりないのだ。


 シルヴァリエンの部族の戦士たちはオロドレスが扇動し、調査をやめさせるために密かに攻撃を仕掛けることにした。彼らは部族評議会の長老たちを、弱腰と見做し、敬意を払うことを止めていた。


 復讐に燃える彼らは、襲撃の作戦を練っている。


「問題は馬で素早く襲撃するか、あるいは徒歩で密かに接近するかだ」


 オロドレスは若い戦士たちを前にそういう。


「馬で襲撃すれば先に察知されるだろうが、素早く離脱できる。徒歩で密かに進めば奇襲はできるだろうが、逃げるのに遅れる」


「襲撃して逃げずにそのまま連中を皆殺しにすればいい!」


 オロドレスが説明するのに、若い戦士たちのか中でも特に若いものが血気盛んに叫ぶ。彼らはオロドレスたちがどのような辱めに遭ったのかを知り、さらには相手が聖地を侵さんとしていると知って怒りに燃えていた。


「それはまだ無理だ。連中は奇妙な道具を使う。恐らくは異国の魔術なのだろう。それを偵察を行わずして本格的に襲えば、俺たちのように捕虜にされるか、あるいは殺さてしまうだろう」


「俺たちは死を恐れない!」


「お前たちの両親や祖父母はお前たちの死を恐れる。家族を悲しませるな」


「だが……」


「それに生きていれば俺たちのように復讐ができる。俺は自身が受けた辱めを、敵の流血で雪ぐつもりだ」


「おお!」


 オロドレスが弱腰ではないことを示すと、やはり若い戦士たちは喜んだ。


 彼らは何ひとつ変化のないフィリアン・カールしか知らない。部族評議会の長老たちのようにフィリアン・カールが平和になるまでの過程で起きた、とても残忍な歴史について知らないのだ。


 そうであるが故に戦争に憧れる。


「オロドレスさん。馬と徒歩を組み合わせるのはどうでしょう?」


「聞かせてくれ」


 ひとりのダークエルフが発言し、オロドレスが説明を求める。


「まずは徒歩で忍び寄る部隊が奇襲し、それから騎馬部隊が強襲。その後、騎馬部隊は徒歩部隊の撤退を支援するというものです。両者の長所を取り入れて、組み合わせるんです。どうでしょうか?」


「なるほど。それはよさそうだ。しかし、最初に仕掛け、最後に退く徒歩の戦士は大きな危険が伴うな」


「それでも志願するものは多くいると思います」


 その若いダークエルフが言うように、危険な任務だと示されたものほど若い戦士たちは参加したがった。彼らにとって戦争はただの冒険にすぎないのだ。


 今はまだ。


「よし。では、襲撃を仕掛け、連中をこのフィリアン・カールから駆逐する。やつらに血を流させるんだ!」


「おおっ!」


 オロドレスたちの動きを、まだ部族評議会を構成する長老たちは知らず、オロドレスたち先走った戦士たちは、勝手に攻撃を行おうとしている。


 この衝突が起きれば、何が生まれるのか。


 少なくとももう血が流れないことはないだろう。


……………………

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