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15.本当の歴史

 


 視界を遮っていたモヤが少しずつ薄くなり、目を数度擦ってから辺りを見回すと、不思議な風景が広がっていた。


 ここは、見たこともないような建物で溢れている街だった。土と木を器用に組み合わせて出来た歪な形の建物がズラリと並んでいる。鉛筆のように細長いものもの、正三角形なもの、狐のような動物の形をしたもの、見たこともないようなぐにゃぐにゃとした複雑な形のもの。様々な建物が土と木を使って建てられていた。


 こんなに不思議な形のものばかりなのに、ボクはなぜかこれらの物体が家であると即座に分かった。ボクは不思議な街の中にいた。ボクの立っている道だけは、見慣れた石畳のものだった。


 ボクは今の状況をより把握するために、目と耳を凝らす。


「不老の薬はほとんど完成したも同然だそうだ。無事、臨床試験をクリアしてくれたらいいんだけどなぁ」


「不死の薬もそろそろ完成する頃合いじゃないかしら」


「それよりも、私的には人の心が一つになる研究が早く終わることを願っているよ」


「それには多くの恐竜の血が必要でしょう? なかなか難しいんじゃないかな」


「今の科学力を駆使しても、血を取るには結構な労力だからね」


 街中で三人の男女がよくわからない会話をしていた。不老の薬、不死の薬、人の心が一つになる研究、恐竜の血とは一体……。


「ここはね、過去の世界。私がかつて見ていた世界だよ」


 石畳の地面から、ニョキっと少女が現れた。ボクはびっくりして尻餅をついてしまう。


「あらあら……。大丈夫?」


 ボクは無言で立ち上がった。


「ふふ。大丈夫そうね」


 子供っぽいとは分かっているけれど、少女と口をききたくなかった。


 ボクと少女は並んでヘンテコな住宅街の真ん中に立ち止まり、過去の世界とやらを観察する。こんな変でおかしな街が過去の世界? ボクは全く信じられなかった。


「ここは約二億年前の日本だよ。……うーん。"日本"っていうと正しくないかな。二億年前の"地球"と言った方が正しいかもしれない。キミが知っているかはわからないけど、昔、日本は島国ではなく、大陸の一部だったからね。二〇二五年現在、恐竜がいた時代は人間は存在しなかったということになっているけど、それは間違った歴史なの。この人たちを見て。歴史から意図的に消されてしまったけれど、人間は二億年も昔から存在していたのよ」


「……本当に?」


「この期に及んで、嘘をついてどうするの。ま、信じるか信じないかは、ここの世界をキミの目で見て決めてよ」


「……」


「いろいろ私が説明してあげるから。ね?」


 少女の冷たい手がボクの頭に触れた。


 それからまた世界が滲んでぼやけてかすれて、ボクが瞬きする暇もなく、ボクの見ている景色が変わった。ボクたちは大広間のようなだだっ広い真っ白な部屋の入り口に立っていた。部屋の奥には大きな大きな女神様の像が建てられていた。


「ここは大昔の研究所よ。ここで他人の世界を体験することができるようになる装置、そして、全世界の人と世界を共有することができるように人間を進化させる機械を作っていたのよ」


 少女が誇らしげに笑い、ボクの背負っているジオラマをポンポンと叩いた。


「そして、研究過程で生まれたのがこのジオラマというわけ」


「だけど、このジオラマは触った人にしか影響しないでしょう? 全世界の人と世界を共有することなんて不可能だ」


 ボクは少女の手を払って、少女と向き合った。彼女のペースに飲まれないように、必死で抗っていた。少女は笑顔を崩さず、言った。


「そう。キミの言う通りなのよ。これは彼らが作りたかった本当の装置じゃない。全人類世界共通化装置が完成する前にこの計画は頓挫してしまったから」


「どうして……?」


 少女の瞳が研究所には不釣り合いな女神像を捉えた。"研究所"と言っているのに、ここはどうも研究所っぽくない。どちらかというと、礼拝堂といった方が正しいような気がした。


「人々が進化することを拒んだから」


「進化を……拒む……?」


「うん。……数億年前、この地球は現在よりも栄えていたの。科学は今の何万歩も前に進み、人々は物質豊かに生活していた」


「恐竜がいた時代が今よりも栄えてた? そんなこと、聞いたことないよ!」


「そりゃそうでしょう。この時代の人たちは自分たちが地球に存在していた痕跡を、隕石が地球に落ちてくるのと同時に全て消し去ってしまったのだから」


 少女はボクに目を合わせなかった。それでも、少女が真剣なことがボクに伝わってくる。


「どうして、そんなことをしたの?」


「さあ? 彼らは『自分たちの進化の仕方は間違えていた。人類はやり直さなければいけない』とかなんとか言っていたけれど」


 少女はまるでこれっぽっちも興味ないように言ったが、眉間にキュッと皺がよったので、ボクは少女が強がっているのだとわかってしまった。


「まあ、二〇二五年、現在の世界を見るに、彼らの進化の方が正しかったように思えるけどね。この時代にも激しい争いはあったけれど、現代ほど世界中がいがみ合ってないもの」


「だから、キミは世界を変えようとしてるの?」


「よくわかったね。その通りだよ」


 少女はニッとまた微笑んで、ボクを見た。そして、前を向き、歩き始める。ボクもそれに続いた。


「わたしはね、人間の想いをたくさん聞いてきた。『世界が平和になりますように』、『争いのない世界になりますように』、『あの人と分かり合えますように』、『あの人と両思いになりますように』、『夫婦円満、家族団欒』……。人間の願いはほとんどが人間関係にあるのよ」


 大きな女神像の前にある祭壇に着くと、少女が立ち止まって、優しく祭壇の台座を撫でた。そこでボクは気がついた。この場所こそ、現実世界でユウマが倒れていたところだ。


「さて、ここでキミに質問です。どうしたら、人間関係が円滑になると思う?」


「それは……よく話し合ったり、ちゃんと自分の気持ちを相手に伝えたりしたら、いいんじゃないかなぁ」


「残念。不正解。……正解はね、気持ちを共有し合えばいいの」


「気持ちを、共有?」


「そう。どうしてそんな行動をしてしまったのか、どうしてそんなことを言ってしまったのか。喧嘩した相手や理解したいと思った相手の世界を、自由に覗き込むことができるようになれば、全てがわかるの。それって、すごく理想的じゃない? 会話という誤解を招くようなまどろっこしい行為を、もうしなくていいんだよ」


「……それは」


 ボクは口をモゴモゴさせた。


「ほら。キミが何も言い返せないくらい理想的なの」


 少女が満足げに可愛らしい笑い声をあげ、ボクに向き合った。


「キミの持っているジオラマと、この女神像があれば、そんな理想的な世界を実現することができる。それも簡単に、ね」


「簡単にって、どうやって……。こんな像が何かできるとは思わないけど……」


「この女神像は、古代に作られた機械なの。キミの背負っているジオラマの巨大バージョンって言えば伝わるかな? 超音波を用いた遠隔機能付きなんだよ。この機械はまだ試作段階だけど、完成形は地球全体に及ぼすほどの広い範囲に伝播する超音波を出すことが出来るんだ」


「それはすごいね。でもこの機械は完成してないんでしょう?」


「ええ。でも、ほとんど完成状態なのよ。古代人類は途中で開発を辞めてしまった。だけど、ココには女神像について詳細に書かれた資料がある。完成までの設計図がある。キミがそれを用いて女神像を完成させてくれたら、世界はユートピアを手に入れることができるのよ」


「ここまで色々あるのに、どうしてボクに頼るの? キミがやればいいのに」


「私にはできない事情があるのよ。私は人の心や世界の見え方に干渉することはできるけど、世界そのものに干渉することはできないから」


「どういうこと?」


 ボクは少女の言葉の意味がわからず、頭を傾ける。何だか解けそうで解けない算数の問題を目の当たりにしているような気分だった。


「これから運命共同体になるキミにだったらっ言ってもいいかな。……私はね、いわゆる、人間という存在ではないの。人間たちには付喪神って呼ばれてる存在」


「つくも……がみ……」


「聞いたことない? 大切に、または、乱暴に扱われたモノに宿ると言われている霊のことを付喪神というのよ」


 少女は淡々と教科書を読むような声で言った。


「キミは……神様なの?」


「どうだろう。私の事を妖怪と恐る人もいるし、神として崇める人もいる。精霊なんてオシャレに呼ぶ人もいるわね。つまり、人によって私の捉え方は違うのよ」


「妖怪。神。精霊」


「そう。キミはどういうふうに私を捉えるのかしら」


 少女はコロコロと笑った。それから、「私は人間じゃないから、人間のモノを直接扱うことができないんだ」と付け加えた。


「キミは、ジオラマに憑いている……その、霊、なの?」


「ジオラマじゃなくて……アレ、だよ」


 少女は女神像を華奢な人差し指で差した。


「ジオラマは、私の分身。わかりやすく言えば、子供みたいなもの」


「だから、前に大切だって言ってたんだね」


「うん。たくさんいた子供達も今ではたった一つになってしまったから。あの子が汚れてしまったら、私は自分の身が焼かれるより痛いわ」


 少女はボクの背中に視線を移し、胸を両手で胸を押さえつける。


「私はあの装置そのものだから。だから、知ってるの。この機械を作り上げた人間たちが、分かり合えない世界にどれほど失望していたか。平和な世界をどれほど望んでいたか。だから、私は彼らの願いを叶える義務があるのよ」


「でも、昔の人たちはそれが間違えてたって思ったんでしょ」


 ボクは健気にも言い切った。


「つまり、昔の人たちは女神像が力を発揮する事を望んでないんじゃないかな。だから、キミには彼らの願いを叶える義務なんてない……」


「それかかつての彼ら全員の願いだったと、キミは本当に思ってる? ジオラマを使わない限り、全員が同じ意思や思考を持つなんてことは絶対にあり得ない。それはキミも知っているでしょ。かつてなされた進化の否定は、ただの多数決の結果なの。本当は心を一にしたい人たちだって大勢いたのよ」


 少女の話には説得力があった。だけど、ボクも引き下がるわけにはいかなかった。ユウマが人質に取られている。ユウマを助けなければいけないという思いだけが、ボクの眼前に広がっていた。


「……そうかもしれないね。だけど、ボクはそれに賛成できないよ。ユウマがいない世界なんて、ボクは考えられないんだから」


 少女は目を丸くしてボクを見つめ、しまいに、ボクをギュッと抱きしめた。




 その瞬間、ボクの世界が歪んで縮んで大きくなって……体内でそんな変革を繰り返したと思ったら、いつの間にか元いた世界、ユウマが祭壇で倒れている本当の世界に戻っていた。ボクは澄んだ瞳で辺りを見回してみた。随分とボロボロになった"研究所"は、薄暗く、寂れている。ボクの胸はなんだかキュッとなった。


「この子を始末しなければ、キミは私の考えに賛同してくれるの?」


 少女はボクの手を握っていた。ボクはそれに気が付かなかったことにギョッとする。


「それは、できない」


 ボクは驚いたことを勘付かれないように、だけど、ドギマギしてしまいながら、答えた。


「どうして?」


 少女は手を握ったまま、無垢な顔でボクの瞳を覗き込む。ボクはどうしてなのかを考えた。気を抜くと、少女の語る世界が本当に素晴らしいものなんじゃないかと思ってしまう。だけど、かつての大多数の人々は、少女の言う世界を望まなかった。それに、少女の理想の世界にユウマは不必要だと言ったのだ。誰かを不必要だと考える世界が正しいとは、ボクは思えなかった。


「ボクはキミを信用してないから。キミはユウマを邪魔だ、殺す、と言った。そんな人のことをボクは信用できない」


「だって本当に邪魔なんですもの。彼はジオラマを通して、他人の世界を見た。それなのに、私利私欲のために、キミを遠ざけたの。それって私が考える理想から、かなり離れた思想なんだもの」


「自分の考えとは違う人を消そうとするのも、キミの人間全員が分かりあうっていう理想からかなり離れてると思うけど」


 少女は目を見開きパチクリとした。まるでそんなことは考えたこともなかったとでも言うように、ボクを見つめている。ボクは、彼女の排他的な思考も、思想を押し付けてくるのも、私利私欲と変わらないと思った。


 そして少女は、キョトンとした顔を何事もなかったように引き締めながら、


「私を作ってくれた人間が言っていたわ。『理想の世界を作るには多少の犠牲も仕方がない』って。かつての私はその意味が分からなかったけれど、今の私は、その言葉がよく理解できるわ」


 と、険しい顔で言った。ボクは落胆した。


「すべての人とつながるってことは、キミの嫌いなユウマともつながるってことだ。私利私欲にまみれた世界を共有するってことだ。世界は広い。ユウマよりも私利私欲が強い人がいるはずだ。キミはそういう人と世界を共有するたびに、その人を排除するの? でもさ、犠牲があったら、それは、"みんな"が分かり合ったことにはならないんじゃないの」


 キミの理想は矛盾だらけだよ、という言葉も添えた。


 大広間に生ぬるい風が吹いて、辺りを照らしていた蝋燭が一斉に消えた。世界は闇に沈み、ボクは戸惑いながら、辺りを見回す。


 少女の息遣いと、歩く音が、神殿に響いた。 その他の音は何も聞こえない。自然の中にあるというのに、夜の虫の音も、鳥の声も、カエルの合唱も、葉と葉が擦れる音も、何も聞こえなかった。


 唐突にボッという音が鳴った。祭壇の四隅に置かれた蝋燭が火を灯す。


「私の理想の世界は、絶対的に正しいはずなのよ」


 少女がつぶやいた。




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