魔と人の境界線1
魔界の朝がやってきた。
薄暗かった部屋はカーテンが開けばふわりと優しい朝の光に包まれる。
「センジュ様、センジュ様、起きてくださいませ」
「ん・・んーー・・」
「姫様、もうお時間でございます」
近くで専属侍女であるリアの声が聞こえる。
センジュは羽毛布団にくるまりなかなか目を覚まそうとはしなかった。
リアが呼びかけるも30分、いや45分以上起きず未だ夢と現実の堺だった。
「センジュ様お早く」
「ん・・ママ・・?」
「急がねばフォルノス様に叱られます、起きてくださいませっ」
_フォルノス?・・って誰だっけ・・?
「んー?」
センジュがゆっくりと起き上がり薄っすらと目を開けるとリアが困った様子でのぞき込んできた。
眉をハの字にしながら本当に困った顔だ。
「あ!!」
_そうだった!!私、パパに魔界に連れてこられて・・う、なんか頭痛い。ズキズキする・・。
頭を抱えながら見上げると、ドアの前にはすでにフォルノスの使いの者が待っている。
リアと同じく困った顔&焦りでイライラしている様だった。
「フォルノス様を怒らせたらどうなるか・・」
「え!?どうなるの!?」
リアは首を横に振った。
「センジュ様はともかく、私やあの者が手打ちにあうかもしれません」
「え!?なんで!?」
_遅刻程度でどうしてそうなるの!?私はともかくって、意味不明なんだけど!?
急いで起き上がり用意された服に着替える。
「魔王様を除いては、フォルノス様は魔界一冷酷でございますから」
氷の様な表情が脳裏に浮かびあがる。
「うわああっーそんな感じする~~っ」
焦りながら自分で髪だけを整えた。酷い頭痛で朝食など口に入れられる感じがしない。
そんな時間もないが。
_面倒くさい事この上ないよ!この生活!!!てか、なんでこんな頭痛いの!?
夕べ飲んだワインの二日酔いだとは本人は気づいてはいない。
バタバタと支度を終え、使いの者に連れられセンジュは城の外へと出た。
初めての魔界。
朝だというのに空が紅い。
太陽が遠くに見えるがぼやけている。夕日に近い感覚だ。
「これが・・魔界」
「昨晩はぐっすりと眠れた様だな。遅刻する程に」
どっきーーーーん!!!
背後から聞こえてきたフォルノスの声に体が強張った。低くとても冷たい声だ。
「ご、ごめんなさい・・まだ・・現実味がなくて寝ぼけてしまって」
「そんな事だろうと予想はしていた。実に解りやすい」
相変わらずの無表情だが言葉は普通の会話だ。
ほっと安心した矢先だった。
「罰として、お前を時間通りに連れてくる事が出来なかったこいつの首を跳ねる」
「はい!?」
すらりと抜かれた剣の切っ先がキラリと太陽の光で煌めいた。
ゾゾゾッ
自分の使いを簡単に殺そうとしている。
センジュは一気に全身に鳥肌が立ったのを感じた。
ふと顔を合わせた使いの者は真っ青な顔をしている。
「ままま、待って下さい!この人は何も悪くないですから!!私が寝坊しただけですから!!」
「いいや、気が済まん」
「は!?あなたの気分で首を跳ねるんですか!?」
「そうだ」
その冷酷さに流石にセンジュは怒りを覚えた。
「ふざけないでください!」
「至って真面目だが」
センジュはフォルノスの前に立ちふさがった。
使者を守る様に。
「この人はしっかりと役目を果たした!私をここに連れてきたじゃない!」
ギロリ。
恐らくフォルノスに立てついたものは魔界には存在しないのだろう。
周りのフォルノスの従者たちは恐怖におののき後ずさった。
_怖いけどヤバいけど・・
「こ、この人を殺すと言うなら・・この事をパパに言うから!!」
「なんだと?」
一日目にして最終手段を早速簡単に使ってしまったが、むしろここしか使い道はないと思った。
「フォルノスが酷すぎるって言う!」
「く・・ははは・・はははっ」
その言葉にフォルノスは頭を抱えて笑った。
ほとんど人前で笑った事のないフォルノスが大口を開けて笑ったのを見て部下達は驚いていた。
恐怖で更に凍りついた。次の瞬間センジュに対して狂乱な目をしていた。
「言えばいい。あの方は俺の事は全部ご存じだろうからな」
「え!?そ、そうなの?」
「知っていて尚、大事な娘の婿候補にしたのだからな」
「うっ・・そっか」
_そっか。そりゃそうだよね。私なんかよりも長く一緒にいるんだもんね。
でも、どうしよう・・それじゃこの人が殺されちゃう・・。
使者は怯えるのを通り越して放心状態だった。口をぽかりと開けて固まっている。
観念したように見て取れた。
しかしセンジュはなんとしてもこんな強行は食い止めたかった。
「ここ、この人を殺すって言うなら・・・私も一緒にやってよ」
「・・・」
漫画で読んだようなありきたりなセリフしか出てこなかった。
他にいい作戦が思い浮かばなかった。
「お前、俺が出来ないと思っているだろう」
「思ってる!!だって私の事、パパはきっと大好きだろうから!私がフォルノスに殺されたらパパだって怒るよ!」
フォルノスはその言葉を聞き鼻で笑った。
「それはどうだろうな」
ドキン
「え・・」
「それに、俺が殺したと誰が告げるんだ?ここにいる者達は全員俺の配下だというのに。口封じに全員殺してもいい」
「あ・・・」
剣の切っ先はセンジュへと向けられた。
_この人、本気!?
フォルノスの瞳は至って真剣だった。
笑いを解き、蔑んだ目をセンジュに向けた。
近くに生えていた木の上から聞き覚えのある声が聞こえた。
「いい加減さっさとやってみせろよ」
それはセヴィオの笑いを含んだ声だった。
「魔王の娘なんていない方が良いって思ってるんだろ?フォルノスさんよ」
「盗み聞きか。ネズミの様なヤツだな。自分の仕事はどうした」
「今日はもう終わってる、よっと」
木の上からセンジュの目の前に飛び降りた。
「今日はこいつの能力を確かめろってあの方からのご依頼だろ?殺してみろよ。俺があの方に報告してやるから。ククク・・そしたらあんたはどうなるかなー」
セヴィオはいたずらそうな笑みを浮かべてフォルノスに言った。
センジュは状況を掴む事に必死だ。
_ええと・・助けられてるの?それとも挑発してるの??なんなのこの人!?
フォルノスは剣を鞘に納めると不機嫌そうに背を向けた。
「興がそがれた。始めるぞ」
その言葉にフォルノスの従者たちはようやく安堵する。
「ククク、ほらこっちに来な」
「え?え?」
セヴィオに促され城の訓練場にセンジュは連れていかれた。
訓練場には木で造られた的が立っていた。
フォルノスは腕組をしながら言葉を発する気配がない。
セヴィオが来たせいでとてつもなく不機嫌そうだ。
近くで見ていたセヴィオはきょとんと首をかしげる。
「なんだよ、始めないのか?」
「お前が割って入ってきたんだろうが」
「そりゃ悪かったな、すっげー楽しそうだったんで」
「・・・」
それを見たセヴィオはやれやれと言わんばかりにセンジュの隣に立った。
「フォルノスはご機嫌斜めだ。仕方ねえから代わりに俺が見本を見せてやるよ」
「見本・・?」
セヴィオは右手をまっすぐに伸ばすと手のひらを一度広げ、力を込めた。
「!」
パチパチ・・バキッ!
20メートルほど先にある的がひとりでに燃えて焼け落ちた。
「え?え?」
何が起きたのかわかるはずもないセンジュはぽかんと口を開けた。
「これが俺の力。あんたの力がどんな力なのか、今日はそれを見せてもらう」
「そ、そんな事言われたって・・やった事ないし・・私に力なんてないし」
「はあ?あんた、あの方の娘なんだろ?血が流れているんならできる可能性はある。ま、出来るか出来ないかだけでも今日は知りたいしな」
「でも・・」
_そんな事が出来たら、自分が怖いし。使いたくないし。そんな変な力・・。
「おい」
セヴィオも短気らしい。目つきが細くなった。
「早くしろよ。こっちも暇じゃねんだよ」
ドキン
_こわっ・・さっき暇そうに出てきた癖に・・。
うぅ、見様見真似でやってみるしかない。は、恥ずかしい・・なにこれ。
「こ、こう・・ですか」
右手をまっすぐに伸ばし、手のひらに力を込めた。
・・・しん。
特に何も起こる気配は無かった。
「・・ええと・・」
気まずい雰囲気が3人に流れる。
_ほらああああっ!!!どど、どうしたらいい!?この空気!!恥ずかしさマックスなんですけど!!
その空気を割るようにセヴィオが言った。
「まあ、いきなり出来たら一番楽だったけどな」
「あ、そう・・なんですか?そんな簡単な感じじゃないって事ですか」
「魔王の娘だからそこは期待はしてたんだけどな」
「ええと・・」
_その言葉一番重いんですけど。しかも勝手に期待されても困るし。
セヴィオは首を傾げながらフォルノスに視線を送った。
フォルノスの表情はほぼ無だ。
「どする?」
「・・・いつ力が目覚めるかは、そいつ次第の様だな。死にかければもしかすると発揮するかもしれん」
_死にかける・・とは?
瞬時に背筋が凍った。嫌な予感しかしない。