魔界の晩餐2
食事をしながら、センジュは父に不思議な体験を伝えた。
「そうだ、あのね、湯船に浸かってたら、ママの声が聞こえた気がしたんだけど・・」
「え?・・そうか。流石パパの子だね」
「え?」
「魔界は人間界と違って冥界に近いからね。今アンジュの魂はふわふわと彷徨い中なんだ。
きっと本物のアンジュの声だと思うよ」
「え!?本当に!?」
「心の中でアンジュを呼んだんだろう?それに応えてくれたんじゃないかな」
センジュの頭をなでなでしながら魔王は楽しそうだ。
「暫くアンジュの魂は彷徨うだろう。そして本来なら天界へ登っていく」
「天界・・」
_天国が本当にあるって事?びっくりすぎるんだけど。あ、でもここも魔界か・・。
魔王は近くのグラスに入ったワインを飲み干した。
「でもね、天界に行ったら記憶は消され、アンジュは消えてしまう」
「え?」
「だから、お前が望むなら・・その魂を魔界に連れてくるよ」
「そ、そんな事が出来るの!?」
「まあ、私に出来ない事はない」
「ママに会える・・」
「姿はないけどね。声は届くし、会話もできるだろう」
「・・凄い」
素直に感心していると、魔王はセンジュの頭をもう一度撫でた。
「凄いだろう?お前のパパは」
「・・クス・・ふふ」
魔王のどや顔に思わず笑ってしまった。
「どうした?」
「な、なんでもないです」
_魔界の王っていうから凄く威圧的で怖い存在なのかと思ってた。初めは怖かったけど。でも、なんだろう・・今は凄く優しいお父さんて感じがする。
「えっと、パパ・・」
「んー?なんだい?」
「ありがとう」
ぽろり、と感謝の言葉が出てきて自分でも驚いたが、その言葉に一番驚いたのは魔王だった。感動に打ち震えている。
「センジュ~~~!!パパと結婚するか~!!そうするか~!!」
ぎゅううううっ
「ぐえっ・・パ・・くる・・」
息が止まりそうな程激しいハグだった。
思わず四大魔将が立ち上がるほどだった。
「ベリオルロス様!!いけません!」
「姫君が圧死します!!」
「あなた様の力では一瞬でつぶれますっ」
「早く姫をこちらへ!!」
と急いで引き剝がされた。
「し・・死ぬかと思った」
「間一髪だったな。魔王様は本日は酔いが速いと見える」
冷や汗をかきながらセンジュを助けたアルヴァンが言った。
「まあ、愛娘が近くにいれば嬉しいものか。解らなくもない」
「アルヴァンさん」
「確か、前回の晩餐会では酔った勢いで山を一つ消し去ったんだ。お前のお父上は」
「はい!?」
山を消し去る力って!?
「暴走されると何が起こるかわからない。常に我々は見張り役でもあるという訳だ」
「えっと・・凄いですね」
「ハハ、凄いのはお前のお父上だ。流石は魔界を統べるお方だ。計り知れない」
「あの・・なんか・・すみません」
渡された水を飲み干しながら魔王はセンジュに向かって手を振っている。
_ニコニコしてるけど・・なんか怖い。やらかしそうな顔してるっ
ふわりふわりとセンジュの前に魔王は立った。
「センジュ、パパは今日はもう駄目だから後は4人と仲良く楽しんでね」
「あ・・はい。おやすみなさい」
「おやすみセンジュ~~おやすみの」
ちゅっ。
喜びすぎて一気にワインを5杯飲み干していたのを確認している。ふらふらしている魔王を侍女達が3人がかりで連れていった。
_なんかただの駄目上司状態じゃない!?色々と驚きなんですけどっ
コトン。
「どうぞ」
唖然としているセンジュの前に突然ケーキが置かれた。
可愛い小さなガトーショコラだ。ラズベリーが乗っている。
「召し上がってください」
「あ、ありがとうございます」
隣に座ったのはエレヴォスだった。
柔らかな笑顔でセンジュの顔をまじまじと見つめている。
「折角ですから、我が君のご要望通り仲良くいたしましょう」
「あ・・はい」
見透かすかの様にジッと瞳を見つめられ、センジュの笑顔はひきつる。
そしてエレヴォスの頬が若干赤い。ほろ酔い気分な様だ。
何か企んでいそうなその瞳でセンジュとの距離を詰めた。
_確かエレヴォスさん。う、距離が近い・・どうしたらいいのかわからないよぉ。
「センジュはずっと人間界で暮らしてきたのでしょう」
「はい」
「年頃にも見えますし、好きな方はいなかったのですか」
「え・・」
_唐突、というか・・よくある「彼氏いる?」の質問だよねコレ。
「いえ、うちはそれどころじゃなくて・・母が仕事をしてくれていたので私も家の事ばかりしていて・・そんな余裕なかったです」
「へえ・・そうなんですね。センジュは可愛いから学校でもモテたでしょうに」
「え¨・・いえ、全然」
_優雅な雰囲気なのに突然チャラいこの人。初対面で可愛いとか言えるなんて。
「好きな男がいないという事は恋もしたことない?」
「あえ・・っと。・・幼い頃にはありますけど・・って何言わせるんですか」
ぐいぐい質問してくるので、一旦引いたセンジュだ。
「だって、好きな男がいたら消さないと・・」
「け・・・!?」
_何さりげなく恐ろしい事言ってるのこの人!?やっぱ普通じゃなかった。
無駄にドキドキさせられた。
「くはは、エレヴォス。センジュが引いているじゃないか」
反対の席に座っていたアルヴァンが大きな口で笑っている。
「え?そんな事ないですよね?」
「え・・えっとぉ・・」
_まあ、若干引いています。なんて言えないけど・・。
「こういう場は、色恋話よりも好きな物とか得意な事とかを聞いた方が話に花が咲くだろうが」
「そうですか?私はストレートなんですよ何事も」
センジュは2人のやり取りを見ていて素直に思う。
_この2人は仲が良いのかな?
「邪魔するとあなたから消しますよ、アルヴァン」
「あん?やってみるか?」
メラメラメラ
と2人の瞳が燃えだした。
_前言撤回だ。仲良くない感じがする。とてつもなく。
それを見ていた少年のセヴィオは冷めた様に鼻で息を吐いた。
「くだらねえ喧嘩してるとあの方が怒るぞ」
つかつかとセンジュの前に立つと、顔をくいと指で上げた。
「ふーん、着飾ればまあまあ女に見えるな。仕方ねえから少しは仲良くしてやる」
ゾクッ
セヴィオの目つきは冷めている様で尚且つ苛立っている様な雰囲気だった。
「体だけは使ってやってもいいぜ」
「・・は!?」
その言葉にセンジュの全身が一気に沸騰しそうになった。
_絶対に願い下げなんですけど!?なにこの人!!超絶失礼!!1番嫌!!
「あふぁー。今日はもう眠いから帰る。じゃあな」
そう言って広間からセヴィオはいち早く出ていった。
_あの態度、許せない!!なんなの!?
怒りで眉をしかませていると
「センジュ」
「え?は、はい」
後ろから低く響く声が聞こえた。
フォルノスだ。
「明日、お前の能力を調べる。使いを向かわせるから俺の所へ来い」
「え・・能力?」
「いいから来い。従えばいい」
_うぅ、この人やっぱり一番怖い。
「はい」
何故か勝手に口は返事をしてしまう。
それほどフォルノスの声には圧力があった。
ぽつん。
センジュは一人でケーキを見つめた。
_えーと。
フォルノスもセンジュには全く興味がない様に見えた。
会話もそれっきり、ずっと独りでワインを飲みながら外を眺めているだけだった。
アルヴァンとエレヴォスはまだ口論している。
セヴィオはすでに帰宅した。
まさかの王女ほったらかしだ。
_なんか、皆凄い自由気ままな感じ。そうだ。このまま無視すれば結婚の件もスルー出来るかもしれない。
よし、それで行こう!
と心の中で拳を握りしめたセンジュだった。
それから宴もたけなわになり、センジュはアルヴァンとエレヴォスに連れられて自分の部屋へと帰された。
扉の前でふらふらとしながら立つセンジュをエレヴォスが支えている。
「センジュ、大丈夫ですか」
「顔が赤いな。瞬きも多い様だが」
ガトーショコラと共についてきた飲み物をワインと知らずに飲んでしまったのだ。
「だ、大丈夫です。ちょっとしか飲んでませんから」
_本当にちょっとだけなのに、あのお酒強すぎる。油断するとつまづきそう。世界が回って見える~。魔界のお酒って人間のとは違うのかなぁ。
体が浮くような感覚に襲われる。
眼がチカチカして真っ直ぐ見る事が出来ない。
「ベッドに横になってください。お水を用意します」
「すみません・・あっ」
体がゆらりと揺れ、足がもつれたタイミングでエレヴォスにもたれてしまった。
「おや。」
エレヴォスの胸に抱きとめられた。ふわりといい香りがする。
「ごめんなさい、すぐに・・」
「センジュ・・そんな可愛い姿を見たら我慢できなくなりますよ」
はむっ
「ひゃっ・・」
突然エレヴォスの唇がセンジュの首筋にぱくりと食いついた。
_何が起きてる?目が回っててわからないよ。くすぐったいっ
エレヴォスはそのままセンジュの耳もとで囁いた。
「早くあなたを手に入れたい」
「随分と抜け駆けが過ぎるな。俺の目の前で良く出来たな」
もちろん近くにいたアルヴァンは少し機嫌を損ねている。
エレヴォスは意地悪そうな目をしながら、これ見よがしにセンジュを背後から抱きしめ見せつける。
「おや、あなただってこんな顔を見たらかぶりつきたくなるでしょう?流石はあの方の姫君です。とても艶めかしい」
「ちょ・・ひゃっ」
センジュの頬をエレヴォスの指がひやりとなぞった。
酔いのせいか体が動かずセンジュは抵抗する事も出来なかった。
「は・・」
アルヴァンの口角が斜めにあがった。
センジュの芸術品の様な美しい表情に一瞬で見惚れたのだ。
「確かに妖艶だな・・晩餐会に現れた時から感心していたが」
びくんっ
センジュの体が跳ねた。
アルヴァンの太い指がセンジュの太ももをなぞったのだ。
「や、めっ・・」
細い肩を抱きとめながらエレヴォスはうなじに唇をなぞらせる。
「自分ではご存じないのでしょうね。あなたはとても魅力的です。我々を虜にする事が出来るほど」
「・・め・・っ」
_くすぐったい・・目がまわる・・何も考えられない・・いやだ・・
「あっ・・何?・・んっ・・ん」
前からアルヴァンの顔が近づき息が交差する。
艶めかしいリップノイズが部屋に響いた。
熱い唇が重なり、なぶるように舐めとられる。
ペロリと吸い付いた唇がようやく離れるとアルヴァンが言った。
「センジュ、この俺の感触を忘れるなよ」
濃厚な口づけにガクリと腰から落ちそうになったセンジュをアルヴァンが抱きとめた。
「ああ、これ以上は危険ですね、歯止めが利かなくなります。初めての晩餐会でお疲れの様ですし、今日は休ませてあげましょう」
「そうだな。初日から無理をさせるわけにはいかんしな」
センジュはそのまま2人に促され、ベッドへと降ろされた。
「おやすみ。我が姫、いい夢を」
「またな」
2人はセンジュの髪や顔を優しく撫でると部屋を後にした。
「な・・な・・な・・」
_何が起きてるの!?ついていけない・・私・・。
ぐるぐるぐる。と天井はまだ回っている。
熱を帯びたまま、センジュは酒の力によって深い夢の中へと誘われていった。
「目が・・まわる・・」
_これ、夢なのかな?そうだよね?きっと夢だ・・・夢でお願いしま・・・ス・・・。