始まりは雨
しとしと
空から涙が降り注ぐ。
今日は彼女にとって人生で初めての葬儀となった。
自分を一人で育ててくれた大切な母が他界したのだ。
交通事故だったと聞いていた。
仏壇にはもうすぐ消えてしまいそうなお線香と遺影。
彼女はずっとそこに1人でぽつりと座り込んでいる。
葬儀が終わってからずっとだ。
「・・・」
幾度となく頬に涙が伝う。拭う事も途中でやめた。
彼女の心はぽっかりと穴が開いてしまったかのように虚無だった。
_ママ・・・。
質素に行われた身内だけの葬儀。
親戚たちはとっくに帰った後だった。
彼女を残して。
『罰が当たったんだよ。ろくな行いをしていなかったじゃないか』
『いかがわしい仕事してたんだろう?身内と思われたくないよ』
遠縁のおじさんやおばさん達の言葉が彼女の頭を支配した。
_何も・・知らないくせに。
彼女の母は一人で彼女を育てる為に、夜の仕事をしていた。
凝り固まった概念しか持ち合わせていない遠縁の親戚たちは母を蔑んだ様な扱いを今までもしてきた。
そして死んでもなお、憐みの言葉すらかけて行かなかった。
_ママは・・何も悪くない。一生懸命だっただけ。
彼女は仏壇の前でごろんと横になった。
「ママ、私も連れていってよ・・これからどうしたらいいのか全然わかんないよ」
涙が止まらない。
母の笑った顔や困った顔が脳裏に何度も浮かび上がった。
「・・ママ・・」
そっと、仏壇の方へ手を伸ばした。
どうせなら自分も連れていって欲しかった。
「これからの事・・誰も教えてくれない・・誰も・・助けてくれない」
_わたしもいっそ・・いなくなった方がいいのかも・・。
硬く目を閉じ手を戻そうとした瞬間、その手を誰かが掴んだ。
きゅっ。
「っ!?」
咄嗟の事に思わず驚いて目を開けた。
ここには彼女以外は誰もいないハズだったからだ。
「久しぶりだねセンジュ」
「え・・あ・・え・・ぇ?」
「と言っても、ほぼ初対面みたいなものだけどさ」
突如目の前に現れた男性に、思わず体が震えあがった。
近づいてくる足音も玄関からの気配もしなかった。
_幽・・霊?じゃないよね?
恐怖で硬直した。血の気がさっと一気に引いた。
そして握られた手をすぐに振りほどいた。
その手はひんやりとしてまるで氷みたいだった。
「あれ?どうしたんだい?」
「・・・・」
冷や汗がだらだらと額から流れる。
瞬きも忘れるほど彼女は恐怖に怯えていた。
「あー、ごめんごめん。いきなり過ぎたね」
にこりと笑いながら彼女の前にしゃがんだ。
年は見た目30代後半から40代の男だ。
一見優しそうに見えるその瞳は、異様に強い光を帯びていた。
どうやら足は付いている。幽霊ではなさそうに見えた。
「あの・・・?」
ゆっくりと彼女は起き上がり、男性の前に正座した。
_もしかしてママの知り合い?・・私が知らない親戚の人かな?
おずおずと控えめに質問する。
「あなたは・・どなたですか?」
彼女の問いにあっさりと彼はこう答える。
「センジュ、私はお前の父親だよ」
にこり、と。