0039慟哭01
1学期最後の日、終業式。期末テストの生き地獄を無事潜り抜け、生徒たちは蒸し暑い体育館で校長の長話を拝聴していた。今日は飛び切り暑かった。1年A組に戻った僕――田辺篤彦、渡来保、河合留美さん、多奈川美穂さんの4人は、汗をかいてぐったり机に伸びた。他の生徒たちも、下敷きをうちわ代わりにして首元を扇いだり、窓際に寄って風を浴びたりしている。
保が後ろの席の僕を小声で茶化した。三白眼が面白そうに輝いている。
「今日でしばらく愛しの美穂ともお別れだな、篤彦」
「残念だね。夏休みにデートに行く約束してるんだ」
保は肩をすくめると口笛を鳴らした。
「うらやましい奴。あーあ、俺も彼女欲しいなあ。そっちはどうだ、留美。敬吾とは上手くいってんの?」
河合さんはショートカットの髪を指先でいじっている。
「うん、まあね。残念だったわね、独り者」
「言ってろ。もう潮崎の暑苦しい姿とはさっさとおさらばして、早く1学期最後の読書部、そして夏休みといきたいね」
「誰が暑苦しいって?」
潮崎先生が入室してきていた。シャツの前をはだけさせ、自慢の6パックを全開にしている。生徒に見せびらかしてどうする気なのか、クラスの誰一人として分かっていないだろう。
「渡来、プロレス興行に招待してやるから、戦う覆面レスラーカズ・シオザキ様を応援しろ。何ならお前ら読書部全員で来てもいいぞ!」
「ご冗談を」
潮崎先生は教卓を分厚いクリアファイルでひと叩きした。
「よーし、今学期最後のホームルーム始めっぞー! 席着け席ー!」
その後、先生方から解放された読書部6人全員が、部室に集まった。どの顔も暑さにうんざりしている。大蔵秀三部長が切り出した。
「じゃあ、夏休み前最後の読書部だ。といっても、今日は読書なしで雑談するだけにしよう。これだけ暑いと、読書に集中できないからね。まずはこの前も話したとおり、僕と田辺くんと小石くんとで、小石くんの故郷に向かうことになった。1泊2日の旅だね」
保が笑みを含んで元気よく挙手した。
「はいはーい、大蔵部長! 俺たちも行きたいです!」
「却下。足がない。僕の運転するバイクには僕と田辺くんしか乗れないからね。他のみんなは自宅で留守番だ」
小石さんも仕方なさそうに保をさとす。
「私もみなさんで一緒に行きたいですが、残念です」
河合さんがこれぞ平均、という容姿で尋ねた。
「部長、上手く小石さんの故郷に戻れたとして、謎が解ける保証はあるんですか?」
「残念ながらない。行ってみないことには何ともはや……」
「田辺くんの両親もよく許してくれたわね。だって去年遭難して1週間行方不明になった同じ鉢田山山中に、また行くわけでしょう?」
僕は後ろめたさを感じずにはいられない。
「うん、それについては父さんと母さんに嘘ついちゃった。大蔵部長の家に泊まりに行くって、ね。心苦しいけど、余計な心配をさせたくないし、正直に言っても決して許してもらえないだろうからね……」
峰山香織副部長が紙パックのミルクコーヒーをストローですすった。黒いポニーテールが、戸棚に飾られた写真の前部長・早野結OBとそっくりだ。
「遭難」
「そうだね峰山くん、何せ去年田辺くんが死に掛けた場所だからね。遭難を危惧するのはもっともだ。でも僕らには小石くんがついている。行きも帰りも、周囲を『見通せる』小石くんの千里眼で楽々ご案内だよ」
小石さんが、人間の姿であれば胸を叩いていたであろう、自信満々の声を発した。
「任せてください!」
赤いツインテールで背の低い多奈川さん――僕の彼女が、僕の腕にすがりつきつつ心配した。
「田辺くんー。大蔵部長ー。気をつけてねー……」
僕は気安く請け合った。
「心配しないでよ多奈川さん。今度の旅は楽勝さ。付き合い始めて早々、下手な真似は打たないよ」
「それならいいけどー」
大蔵部長が両手を組み合わせて机に載せた。左右の親指を思慮深げに上下させる。
「まあ、万が一ということもある。そして明日から夏休みということもある。……峰山くん」
「何」
大蔵部長は何でもなさげにさらりと言った。
「返事は、オッケーだ」
それを聞いた峰山副部長は、もてあそんでいた空の紙パックを床に落とした。顔が凝然として、大蔵部長に向いたまま動かなくなる。明らかに強い衝撃を受けていた。保が興味深そうに身を乗り出す。
「えっ、何々? 何の話ですか、大蔵部長」
「いや、何、ははは……」
峰山副部長が開けっ放しだった口をどうにか動かした。
「返事。今の?」
「そうだよ。聞こえなかったかね? 今日は言うべきときだと思ったんだけど」
峰山副部長は急に真っ赤になって、大蔵部長の頭を力強くはたいた。乾いた音が室内に鳴り響く。
「痛い! 暴力はやめたまえ、峰山くん!」
「馬鹿。馬鹿。馬鹿……!」
3年を叩きまわる2年。河合さんが僕にささやく。
「何これ?」
「さあ……」
その後、峰山副部長が落ち着いてきたところで、大蔵部長は夏休み期間中のあれこれについての連絡事項を伝えてきた。それが終わると、全員での雑談タイムとなった。
帰り道、少しも涼しさを与えてくれない夕陽を恨めしげに眺めつつ、僕は自宅を指して歩いていた。踏み切りを渡り、坂道を下って、小石さんとともに暮れなずむ街道を通り過ぎていく。
「……でさ、夏休みは開始早々小旅行に出かけるけれど、それ以降は自由気ままな1年生だけあるからね。保たちと遊び放題なんだよ。多奈川さんともデートがあるしね。小石さんは、どこか行きたいところは……」
そこで、僕のしゃべりを小石さんがさえぎった。
「篤彦さん。その、今まで黙ってましたが……。ちょっと、聞いてもらってもいいですか?」
小石さんらしくもない、落ち着かない声音。僕は足を進めつつ、興味をひかれて意識を集中した。
「うん、何?」
数秒の間。小石さんは、僕に真剣かつ真面目な口調で告白した。
「私、篤彦さんが好きです。大好きです。一人の女の子として、篤彦さんが高校に入学する前から、もう、ずっと……!」
僕は足を止めた。小石さんは、僕のことが、大好き……。その言葉が胸にしみる。でも、僕は驚かなかった。そうだと気付いていたからだ。ただただ彼女の声に心を傾ける。
小石さんは堰を切ったように話し始めた。
「私、最初は自覚がありませんでした。自分でもこの感情が何なのか、整理がつかなくて。考える時間だけはいっぱいあったから、ずうっとずうっと考えて……。でも、分からないままでした。高校に連れて行ってもらって、読書部のみなさんと知り合うまでは」
「うん……」
「私、読書部のみなさんの顔は熟知してますから、『見える』範囲に収まる校内でのみなさんの様子を、つぶさに観察していたんです。まずは部長さんと副部長さん……」
僕は七三分けで黒縁眼鏡の大蔵部長と、ポニーテールで切れ長の目の峰山副部長を頭に思い浮かべた。




