0017読書部02
「ねえ派手子」
「もう始まってるー」
「何であなた、朝も昼も放課後も読書部の部室に入り浸ってるの?」
多奈川さんの目が泳いだのを、僕は見逃さなかった。彼女は人差し指を突き合わせる。
「そりゃ、読みたい本があるからだよー。地味子は逆に放課後だけだよねー」
「私は本を読むとはまっちゃうのよ。ついつい物語の中に没入して、視覚以外の五感が遮断されるの。そのドラッグ感覚を楽しむためには、潤沢な時間のある放課後が最適なのよ」
「ホントー? あたしがいるから朝と昼に部室来るのが嫌なんじゃないのー?」
「ま、それもあるわね」
「あー、ひっどいんだー!」
「自分で言うからさあ……」
そのときだった。
「あの……」
一同が固まった。それは小石さんの声だった。僕はドキリとしてみんなを見渡す。それぞれの顔の驚きようから、小石さんが部員全員の脳に同時に声を届けたと知れた。
「小石さん?」
僕はポケットの膨らみを撫でる。どうしたんだろう、急に。彼女は恐る恐る、といった具合にしゃべった。
「私もみなさんとお話がしたいです。みなさん、駄目ですか?」
そう、小石さんは初めて保に話しかけたときと同じように、勇気を振り絞って読書部全員に語りかけたのだ。
河合さんが目をしばたたく。
「え? 何、この声。誰の声なの?」
「聞こえた? きみたちも聞こえたかね? 僕だけじゃなかったんだ……」
「恐怖」
「女の子の声ー! でもでも、周りには誰もいないよー?」
僕は保と目を見交わす。僕は少し心臓の鼓動を早めながら、小石さんの勇気に乗る形で、机の上に小石さんを置いた。
「大蔵部長。峰山副部長。河合さん。多奈川さん。今の声は、この小石さんのものです」
多分この人たちは、小石さんのことを口外したりはしない。そんな期待のような確信が僕の中にあった。
大蔵部長の眼鏡は鈍い光を放っている。理解どころか認識すらできていないことは、一目瞭然だった。
「田辺くん? きみは、何を言って……」
小石さんがさらに訴えた。
「今のみなさんの楽しそうな会話を聞いていて、ああ、私も加わりたい。この輪に入って、みなさんと仲よく、楽しくおしゃべりしたい……そう思ったんです。その、突然のことで、ビックリされるのも無理はないかと思いますが……」
僕は常成高校登校初日の自分を思い返していた。友達は作れるだろうか? その不安感にさいなまれていた。だから、小石さんの今の気持ちが、僕には痛いほどよく分かる。
「いいんだよ、小石さん」
「篤彦さん、ご迷惑……じゃないですよね……」
「当たり前だよ。実は僕も、小石さんの交友関係を広めてあげたいなって、保と打ち解けてから常々思ってたんだ。いい機会だと思うよ」
静寂の中、峰山副部長はきっぱり言った。
「意味不明」
多奈川さんも眉間にしわを寄せて続く。
「何いってるのー? さっきから聞こえるこの声、まさかその石ころがしゃべってるとでもいうのー?」
そのとおり。僕は「そうだよ」とはっきりうなずいてみせた。全員の目線が小石さんに注がれ、穴が開きそうなほどだ。
「みなさん。私は意思を持つ小石です。今、みなさんの頭の中に話しかけています。あの、その……。何ていったらいいか、私……信じてほしい、受け入れてほしいんです」
「え、マジー?」
河合さんが興味津々で小石さんを注視する。
「ねえ、田辺くん。この話す小石、きみのなの?」
「う、うん。去年山の中で拾ったんだ。遭難していた僕にとって、命の恩人なんだ。僕がこの街まで持ってきたんだよ。このことは、ここにいるみんなだけの秘密ってことで……」
「へえ……」
河合さんはオカルトに耐性があるのか、小石さんを平気でつまみ上げた。僕は一瞬、この前の保のように、窓の外に投げ捨てられるかと危惧した。だが河合さんはそんなこともなく、石ころの表と裏を確認してもとの位置に戻す。心底楽しそうに笑みを浮かべた。
「小石さん、私と会話できる?」
「できますよ、ええと……」
「河合留美。へえ、本当にしゃべれるんだ!」
「はい。しゃべれるだけでなく、ある程度広い境界内の物事を見ることもできます」
「じゃあ私も見えているのね?」
「はい。髪の短い、可愛いお方」
「わっ、嬉しい!」
それまで呆然とそのやり取りを見ていた他のメンバーが、急に興味をかき立てられたように、こぞって小石さんに質問の集中砲火を浴びせ始めた。
大蔵部長が貧乏ゆすりしながら尋ねる。
「ねえ、きみ、何歳だね? 答えてくれたまえ」
「それが……。気がついたら山の中のほこらにまつられていたので、何歳かは分からないんです」
多奈川さんがあごをつまんで思案した。
「でもでもー。高校生ぐらいの声色だよー」
「みなさんと同年齢なのかもしれませんね」
峰山副部長が単語で問いかける。
「両親」
「それも分かりません。動物さんや人間さんみたく、もし私に親がいるのなら、ぜひ会ってみたいですね」
その後も次々と質問攻めに遭う小石さん。いまやパーティーの主役は彼女だった。そのことが、僕も嬉しい。
みんなの和気あいあいを眺めながら、僕と保は笑顔でこっそり拳を突き合わせた。
よかった、本当によかった、小石さん。




