0016読書部01
「さあ、今日はみんなで楽しくやろう! 乾杯!」
「乾杯!」
渡来保が僕の住むマンションを訪問してから2日後。大蔵秀三部長が音頭を取り、今日はいったん活動を休止して、持ち寄ったお菓子を食べて雑談することになった。僕――田辺篤彦の風邪からの復帰にあわせてくれた上での、読書部新入部員歓迎会である。
大雑把な黒髪の保が、コカコーラを楽しんでから、峰山香織副部長に話しかけた。
「峰山副部長、本当にしゃべりが単語ですよねー。何でですか?」
漆黒のポニーテールが揺れ、切れ長の瞳が一瞬保を映し出す。しかしすぐに興味を失ったかのようにあさってを向いた。
「無回答」
ショートカットで平々凡々な河合留美さんが、気安く多奈川美穂さんへお菓子を薦めた。
「多奈川さん、きのこの山食べる? 美味しいよ」
「あ、ありがとう、地味子ー」
河合さんの頬が引きつった。もらったものをむしゃむしゃ食べる、赤いツインテールの多奈川さんに、一応とばかりに質問する。
「その地味子って、私の……あだ名なの……?」
軽い返事が返ってきた。
「そうだよー。いいじゃん、地味子でー」
河合さんの目が恐ろしい光をまとった。
「……多奈川さん、今日からあなたのことを派手子って呼ぶわ」
「えー、何それー!」
そんな二人をよそに、僕も含めた男子3人はポテトチップスの話題に入った。
「大蔵部長、ポテチは何味が好きですか?」
眼鏡でハンサムな3年生は、そのひょろ長い胴体を愉快げに揺らした。
「僕は塩味だな。というより、一択だろう。塩味以外は認めないな」
保が失礼にも嘲笑し、靴裏で拍手する。
「そりゃないですよ。俺はコンソメパンチ一択ですね。塩味なんて邪道です、邪道」
「コンソメパンチこそ邪道だよ邪道! 田辺くんは?」
僕は笑いながら手を振った。
「ポテチ? はっ、僕はキャラメルコーン派なんで……」
大蔵部長と保がハモった。
「渋いな……」
河合さんはスタイル抜群の峰山副部長に果敢にチャレンジする。見上げた根性だね。
「峰山副部長はどんなジャンルの本がお好きなんですか?」
「ミステリ」
「そうなんですか! いいですよね、複雑で重厚な謎が解けていって、真実があぶりだされるの!」
「河合は?」
「私ですか? 私は恋愛系ですね。胸がきゅんきゅんする初恋ものなんか物凄く好きです。ここの書架にはそういう本もあるんで助かりました。この前読んだ本も面白かったなあ……!」
保が耳ざとくその台詞を聞きつけ、軽く嘲笑した。
「留美さあ、現実の恋愛はそうそう上手くいくもんじゃないぜ。お前、恋したことあんのかよ」
「いや、ないけど……」
僕は身を乗り出す。父さんと川で魚釣りして以来、他人の色恋沙汰に多少は興味を持つようになったんだよね。
「河合さん、たとえば保とかどう?」
「いや、それはないわ」
即答。石像と化す保を、多奈川さんが痛快におちょくる。
「やーい、渡来くんふられたー! やーいやーいー!」
保は気を取り直すようにコカコーラを飲み干し、その缶を机に乱暴に置いた。
「何だよ篤彦、その振りは。留美に告ってもないのにふられるって、どんな災難だよ。美穂もうっさい。で、美穂は? 美穂は付き合ってる彼氏とかいたりするの?」
「えっ」
今度は多奈川さんが絵画と化した。ややあってどうにか言葉を紡ぎ出す。
「ま、前はいたよー」
「前って……じゃあ別れたのか?」
「うっ……。い、いいじゃない、あたしのことはー!」
突如大蔵部長が、ジャックと豆の木のように立ち上がった。七三分けの髪がふわりと浮いて落ちる。
「そうだ諸君、部長からの伝言だ。何かオススメの文庫本を3冊リストアップしておいてくれ。これから発売する奴で、国内作品で、読みたくて読みたくてしょうがない、というものをね」
僕はポッキーをかじった。チョコの風味が口いっぱいに広がって美味だ。
「急にまた、何でです?」
「予算の消費だ。部活動として存続が決定した以上、まだ未消費の部費について使い道を決めておかないと、来年度の予算が減額される恐れがあるからな。まあ急がなくてもいい、6月頃までに頼むぞ」
多奈川さんが勢いよく挙手した。
「はいはーいー! 質問ー! 新書は駄目なんですかー!」
「新書はNG! 誰がどう触ったか分からない古本もNG! 国内の新品の文庫本こそが当読書部のストライクゾーンだ!」
保がうっとりと陶酔するように漏らした。
「新品限定はいいっすね。あの真新しい紙の匂い、インクの新鮮な香りはたまらないものがありますよね」
「よくぞ言った渡来くん! それでこそ読書部員の鑑だ!」
「同感」
「あっ、峰山副部長もそう思いますか?」
河合さんがとんがりコーンを食しながら何気なしに聞いた。




