0014友達02
「あと10分……!」
チラシにはタイムリミットのこともちゃんと書いてある。ぎりぎり駆け込んでくる人がいないとも限らない。望みは最後まで持つべきだ……
だがそんな強がりも、残り5分となって雲散霧消した。お通夜のような部室内に、重苦しい空気がたれ込める。保があきらめの声を出した。
「どうやら駄目みたいだな……」
河合さんも呼応する。
「駄目ね……」
「駄目なのか……! 我が読書部がぁ……!」
大蔵部長が頭を抱え、ムンクの『叫び』のような顔になる。それを峰山副部長がたしなめた。
「黙れ」
僕は4人の声を聞きながら、時計の針が5時30分を回るのを見届けた。
終わった。終わっちゃった……
読書部は、これにて部活動に必要な規定の6人を割り込み、解散となったのだ。
「駄目だったか……」
大蔵部長が号泣して引っくり返る。まるで虫の息の昆虫みたいだ。しょんぼりとした他の4人――僕も含めて――は、どうやって彼を慰めればいいか思案投げ首だった。
と、そのときだ。
遠くに靴音を聞いた。それは早歩きのリズムでどんどん近づいてくる。ドアの前で急停止すると、扉が無造作に大きく開け放たれた。そこに立っていたのは……
「多奈川くん?」
大蔵部長が眼鏡をかけ直す。赤いツインテールで小柄な体の首席優等生、1年A組多奈川美穂。彼女は、ゆっくりと一枚の紙切れを持ち上げた。それは入部届け。すでに教師の印鑑も押されている。
入部先は――読書部!
「入ったわよー! これでいいんでしょー!」
その顔はなぜか怒りに満ちていた。しかし大蔵部長には関係ない。彼は早口で質問した。
「こ、これ、ちゃんと午後5時半までに……」
「はいー! 職員室に届けましたー! 読書部は正式に存続ですー!」
まさかまさかの、それも誰もが予想しなかった人物の入部による大逆転!
大蔵部長は飛び上がって喜び、峰山副部長も河合さんも保も、もちろん僕も、拳を突き上げて歓喜の雄たけびを上げた。部室内は歓声で満ち溢れる。
「やったぁ! ありがとよ、美穂!」
「なれなれしくすんなー! アホ渡来くんー!」
「ありがとう、多奈川さん!」
「うっさい、地味子ー!」
「えっ、地味……?」
「ありがとう、ありがとう多奈川くん! きみは読書部の救世主だよ! 部長として感謝の念をここに表明する!」
「あー。まー、はいー」
「好首尾」
「はあー……」
「ありがとう、多奈川さん。それから、スマホ覗き見てごめん」
「今謝るかー?」
大蔵部長は机に突っ伏して随喜の号泣に入った。その背中を、峰山副部長が優しく撫でる。河合さんはそんな彼女の背中に抱きつき、保は僕と手を取り合ってステップを刻んだ。
「じゃ、明日からここに居座るからー。よろしくー。ばいばいー」
肝心の多奈川さんは、喜びの渦に加わることなくさっさと退出してしまった。結構ドライだな、彼女。まあ、何はともあれこれにて読書部は存続だ。こんな嬉しいことはない。
小石さんが僕にささやいた。
「よかったですね、篤彦さん」
「うん、小石さん」
保が踊りをやめて、僕を見ながらにやつく。
「おっ、『独り言の篤彦』が出たな。今度は誰と話したんだ? 幽霊か? 宇宙人か?」
僕は茶化す彼に真面目に声をかけた。
「保、話があるんだ。帰り、ちょっといいかい?」
「え? おお、いいぞ」
帰り道。空は曇りで雨が降り出しそうだ。僕は保と並んで歩きながら、ひと気が少なくなった頃合いを見計らって切り出した。
「実は僕、去年鉢田山で遭難してさ。ニュースで見たことあるよね? 『中学3年生、1週間ぶり奇跡の生還』ってね」
保は驚きを隠さない。
「ああ、それなら知ってる、って……えっ? あれ、お前だったっけ?」
「ニュースで名前出てたけど、忘れたんだね……。まあいいや。でね、そのとき僕の命を助けてくれた恩人がいるんだ。紹介したいんだけど」
「へえ、そんな人が。そりゃ俺もお礼を言っておきたいね。よくぞ大事な篤彦を救ってくださいました、ってな。で、これからその人のところに行くのか?」
「いや、その人はもうここにいる」
保の顔がにわかに曇った。たちの悪いジョークにつき合わされているような、そんな表情。
「えっ? どこだよ。俺たち以外周りには誰もいないぞ」
「これなんだよ」
僕はポケットから小石さんを取り出した。白い碁石を一回り大きくして、丸みを帯びた楕円の石ころ。それを手の平に載せて、まぶたを全開にしている保の前に差し出す。
「小石さん、話して」
「初めまして、渡来さん」
保は電撃に打たれたように、不思議そうに周りを見渡す。
「何だ? 女の子の声がするぞ! 人っ子一人いないのに……」
「保、きみの頭の中に響いてるんだよ。話しているのはこの石。この石が、僕の命の恩人なんだ。名前も小石さん」
小石さんは保へ慎重に話しかける。友達になりたいと願う心情がこもっていた。
「渡来さん、驚かないで。私はあなたの目の前にある石ころ。山の中で篤彦さんと会って、今日まで一緒にいました。信じられませんか?」
「いや、信じるも何も……。え? 何? 俺、夢でも見てるの? 疲れてるしな……」
僕は彼の戸惑いが気に入らず、声を強くした。
「保! きみだから話したんだ。きみなら、きっとこの小石さんの友達になってくれるって……」
返ってきたのは冷めた声音だった。まるで異常者を見るような目つきで、僕と小石さんを交互に見やる。
「おいおい、冗談言うなよ」
「保……」
「小石がしゃべる? 友達になる? 篤彦、お前、正気じゃないよ」
小石さんが悲痛に叫んだ。
「待ってください! この私の声が証拠です。聞こえるでしょう? 届くでしょう?」
保は耳を押さえて頭を振った。突き放すように怒鳴る。
「くそ、何だこの声よぉ! 気持ち悪いんだよ、化け物女っ!」
「……っ!」
僕は彼の暴言に腹を立てた。思わず怒鳴ってしまう。
「保! そんな言い方ってないだろ!」
保はしかし、僕の手から小石さんを掴み取った。とっさのことで、僕は対応が遅れる。
「こんなもの……!」
保が思い切り振りかぶる。
「こうしてやるっ!」
その手から放物線を描いて小石さんが飛んでいった。遠くの公園の木にがさりと命中する。僕は心臓が止まる思いだった。瞬間的に感情が爆発する。
「何するんだ、保!」
僕は保の胸を両手で突き飛ばした。そして後も見ず、小石さんのもとへ駆けていく。
「小石さーんっ!」
そのとき雨が降り出してきた。たちまち凄い勢いになる。でもそれを気にしていられるほど落ち着いてはいられなかった。
僕は草花をかき分けて捜索した。僕のブレザーが、シャツがズボンが、たちどころに水浸しになる。それでも僕は、懸命に草むらを探し回った。
「小石さん!」
5分後、小石さんは無事に見つかった。損傷は全くなく、その滑らかな石ころはただ泥と雨水にまみれただけだ。
よかった……。僕は雨にびしょ濡れになりながら、そっと胸に小石さんを押し当てた。
そのときだった。
「うう……うわあああ……!」
小石さんだった。小石さんの、胸を引き裂くような泣き叫ぶ声。
「篤彦さん……私……私……うわあああ……!」
気持ち悪い。化け物。小石さんは友達になりたかった保にそう罵られ、あげく投げ捨てられた。その痛み苦しみが、雨に紛れて僕の胸に突き刺さる。
泣かないで、小石さん。悲しまないで、小石さん……
僕は彼女の慟哭を聞きながら、一緒に悔し涙を流すのだった。




