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0013友達01

「篤彦さん」


「何だい、小石さん」


 入学して11日目の朝、僕――田辺篤彦(たなべ・あつひこ)はようやく慣れてきた登校に口笛を吹きたい気分だった。部活見学も最終日になる。昨日保に聞いた限りでは、例の読書部は残りメンバーの獲得に成功してはいないらしい。


「読書部、入ったらいいじゃないですか」


 僕は立ち止まって、他の常成生徒に追い抜かれつつ考えた。やっぱりそうかな?


「仲のいい渡来さんがいらっしゃるのでしょう? きっと居心地はいいと思いますよ」


「うん、まあ、ねえ。せっかくの友達だし、仲よくしたいとは思ってるけどね。そうだな……」


 僕は思案した。確かにあの気分がよさそうな空間で3年間過ごすのは、そう悪くないかもしれない。保だけでなく、大蔵秀三(おおくら・しゅうぞう)部長もいい人そうだったし。決断は早かった。


「そうだね。じゃあ、入ってみるかな」


「本当ですか?」


「うん。勇気を出して、ね」


 沈黙が訪れた。あれ、どうしたんだろ。そう思っていると、ためらいがちの小石さんの声が脳内に届いてきた。


「あの……。私も、勇気を出して……。渡来さんと、友達になってみたいです」


「え……?」


 僕は立ち止まる。小石さんの積極的な言葉を聞くのは久しぶりだった。


「私の友達は篤彦さん一人でいいと、そう思っていました。人間を含めた動物と会話できる石ころなんて、篤彦さん以外信じてくれないと思って……」


「まあ、僕の場合は生きるか死ぬかの瀬戸際で、信じる以外に道はなかったからね。それはいいことだったと、今でも思ってるよ」


「ありがとうございます。でも、篤彦さんが信じてくれたなら、他の人間の方たちだって……。その、私のこと、気持ち悪いかもしれないけど、受け入れてくれるんじゃないかな、って」


 僕は保の思考回路を考える。雑だしなれなれしいけど、何でも受け入れる度量はあった。それに小石さんのことを口外しないようお願いしたら、きっと守ってくれるに違いない。


「そうだね……。うん、保はあの性格だし、きっとすんなり許容してくれると思うよ。取っかかりとしてはちょうどいいかもね。じゃあ早速やってみる?」


「はい! 『独り言の渡来さん』にしてみせます!」


「ははっ、いいね」


 その後、僕が意気揚々と歩いていると、通学路でばったり保と出会った。彼は目の下にひどい(くま)を作っている。足取りもふらふらだ。ど、どうしたんだ?


「保、大丈夫?」


「篤彦……。読書部の追い込みチラシ作りに励んでたら、睡眠時間が削れて削れて……。眠たくってしょうがない……」


「そ、そうなんだ……。あ、それでさ、保。ちょっと信じがたい話していいかな?」


「後にしてくれ。読書部の宣伝活動で頭がいっぱいでさ。このまま読書部が人数獲得できなくて潰れたら、せっかくのオアシスがふいになっちまう。タイムリミットは今日。何としてでも、今日中にお前を引きずり込み、あと1人を獲得する!」


 僕は保に、彼を安心させられる情報を届けられることを嬉しく思った。


「ああ、その件なら、僕も腹を決めたよ。保がいるなら、僕も読書部に入るよ。あの後いろいろ回ったけど、結局読書部が一番印象深かったしね」


 保の顔にみるみる随喜が満ちた。僕の手を取って、猿のように跳ね回る。


「本当か! 大蔵部長が聞いたら泣いて喜ぶぞ! 嬉しいぞ、篤彦! お前はやっぱり心の友だ!」


「うん、うん。あのさ、それで、さっきの話なんだけど……」


「これを持て!」


「え?」


 保が鞄から取り出したのは、読書部宣伝チラシの山だった。ずっしり重い。


「俺はD・E・F組回るから、お前はA・B・C組回ってくれ。勧誘するんだよ、勧誘! 頼んだぜ、新入部員! さあ、これからまたもう一踏ん張りだ!」


 保は奇声を発し、シャーマンよろしく喜悦の踊りをするように先へ行ってしまった。取り付く島もないとはこのことだ。


「小石さん、ごめん。切り出せなかった」


「いいえ、時間はいっぱいありますから、また後でもいいんです。それより、読書部入部ですね、おめでとうございます」


「うん。小石さんに背中を押されたよ。後で入部届けをもらってくる」




 朝の1年A組は多くの生徒で賑やかだった。みんなもう打ち解けて話し込んでいる。グループを作っている女子も多く見られた。そんな中、僕は多奈川美穂(たながわ・みほ)さんの机の前に立つ。彼女は露骨に(さげす)んだ視線を僕の顔面に照射してきた。


「何よ、覗き魔ー」


「いや、読書部のチラシ。多奈川さんももらってよ。それとも、もうどこか部活動決めちゃった?」


「いいやー」


 チラシを手に、机に伸びる多奈川さん。まだ友達作りに苦労しているのか、彼女は一人ぼっちだった。


「どこの部活も無駄にイキってて退屈なとこばかりー。異常にブラックな部活には入りたくないしー。まだ決めかねてるー」


 僕は語気を強めた。


「それなら……!」


「読書部はないわよー」


「ああ、そう……」


 僕は落胆して引き下がった。


 保に渡されたチラシは、朝と昼の二回に分けて、A・B・C組に配り終えた。午後の授業中、目の前の保は船をこいでいた。僕は口の中だけでねぎらった。


 お疲れ様、保。




 僕は保と読書部部室を訪れた。タイムリミットは今日の午後5時半。それまでに最後の部員――6人目が集まらないと、読書部はその伝統も所在も失って、木っ端微塵に砕け散る。


「よく頑張ってくれたね、田辺くん、渡来くん。部長として感謝するよ」


 大蔵部長は満面の笑みで僕の手を握り、ぶんぶんと上下に勢いよく振った。ちょっと痛いや。


「田辺くん、短い時間かもしれないけど……。きみが読書部に入ってくれて、本当に嬉しいよ。心の底から歓迎する。ようこそ、読書部へ!」


「はい、よろしくお願いします!」


 峰山香織(みねやま・かおり)副部長は紅茶を静かに注いでいる。


「砂糖」


 彼女は不意にそれだけぽつりと呟いた。大蔵部長がスティックシュガーの入っていたであろう、今は空の円筒をつまみ上げる。


「砂糖を切らしていたか。すまないみんな、今日はコーヒーも紅茶も砂糖抜きだ」


 クールビューティーな峰山副部長がしゃべるところを、僕は初めて見た。でも、「砂糖」という単語だけ。一体何なんだろう、この人は。


 一方、同じクラスの読書部部員・河合留美(かわい・るみ)さんは、さすがに今日は読書部存亡の危機とあって、好きな読書を中止して時計ばかり見ていた。


「私も宣伝頑張ったけど……入ったばかりで部活が消滅しちゃうなんて、何だか嫌ね」


 同感。


 保が大あくびをした。思い切り伸びをする。


「みんな悲観的だなあ。きっと誰かやってくるって。やるべきことはちゃーんとやったんだからな」


 僕はこっそり小石さんに話しかけた。


「ちょっとこの分だと保と二人きりになれないね」


「いえ、いいんです。前にも言いましたが、後でもいいので」


 時計の針は刻一刻と過ぎていく。制限時間の午後5時半まで、残り15分。大蔵部長が焦りで両手を揉み絞った。


「やばい、やばいぞ峰山くん! 我が読書部が……我が読書部が……!」


「黙れ」


 峰山副部長が冷徹な声で一喝した。その目は窓の外を見つめている。


「はい、すいません」


 どっちが先輩なのか分からなかった。河合さんが爪を噛む。

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