世界が誰かの暇つぶしで、僕たちが偽物だとしても
「なろうラジオ大賞2」応募作品のため1000文字以内の作品になっています。
「愛してるわ。」
冷めた瞳で彼女は言う。
「僕もだよ。」
同じくらい冷めた声で僕は囁き、彼女を抱きしめる。
すると辺りがワントーン暗くなる。
「ふう…」
今日はここまでらしい。僕は彼女に回した腕を解く。
彼女は無言で去っていった。
ここはどこかの誰かが暇つぶしで書きだした小説の世界。
僕たちはその物語の登場人物だ。
「よし!」
僕もさっさとその場を後にして走り出す。
作者がいつ続きを書き出すかわからない。急がないと。
「ただいま!!」
玄関を開けるや否や僕は出迎えてくれた女性を抱きしめる。
さっきみたいな冷たい包容ではなく、愛しい人の存在を確かめるように優しく強く抱きしめた。
「おかえりなさい。」
嬉しそうに彼女も僕を抱きしめる。
「ごはん用意したんだけど、もう食べてしまった?」
「まだ。嬉しいな。」
少し心配そうに聞く彼女に僕は笑顔で答える。
ここの作者は流行りに弱い。
つい先日まで飯テロ系にはまっていたらしく「そんなに食べられるか!」と叫びたくなるくらい食事シーンの連続だった。
まぁ、その前の転生系よりはましだったが。あのときは目覚める度に見知らぬ場所で本当に参った。
「どうしたの?おいしくなかった?」
知らぬ間に険しい顔をしていたらしい。
折角彼女とゆっくり食事ができているのに勿体ない。
「そんなことないよ。君のごはんは世界一だよ。」
そういうと彼女は本当に嬉しそうにほほ笑んだ。
まるで大輪の芍薬のような甘く柔らかい笑顔に僕も自然と笑顔になる。
僕らが一緒にいられるのは作者が書くのを止めている間だけ。
物語が始まれば僕はまた好きでもない人の恋人を演じることになる。
行間の僅かな隙間。そこだけが僕たちの想いが存在できる場所だ。
でも、例え僅かな隙間だって、本当に愛する人と想いを交わし笑いあうことができる。
それだけで僕は十分幸せだ。
だってこの世界が誰かの暇つぶしで、僕たちの人生が偽物だとしても、この想いだけは絶対に揺るがない本物の愛なのだから。
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「どう?」
「うーん。ちょっとややこしいですね。物語の登場人物が行間で本当の恋愛をする…ネタとしては面白いんですけどねぇ。」
編集者はそう言って作者に原稿を返した。
「やっぱりそっか。別の考えてみるわ。」
そう言って原稿用紙を受け取ると作者は無造作に『ボツ』と書いた。