五日目・深夜 決着
ミコト視点から。途中でクロエに切り替わります。
柊美琴は、リッチとの戦闘を繰り広げるユウマの姿を黙って見ていることしか出来なかった。
美琴の目には何が起きているのかさえ分からない。想像するに、ユウマは何かしらのスキルを獲得したのであろう。
数分ほど前とは全く違うその動きに、美琴は息を飲んで見守ることしか出来なかった。
ユウマの姿が現れたかと思えば、次の瞬間にはその姿が消えて、甲高い音と共にユウマの小太刀とリッチの錫杖がぶつかり合っている。空気を震わせるほどの衝撃で、何度も互いの武器が打ち合わされたかと思えば、ユウマが身体を翻して蹴りや掌打、拳でリッチの身体を叩きのめして姿勢を崩す。リッチの姿勢が崩れれば、再度小太刀を振るってその身体に傷をつけていく。
最初は互角に思われたその攻防も、回数を重ねるごとにユウマがリッチへと攻撃を加える回数が多くなっていく。
何が起きているのか分からない。
分からないが、ユウマがリッチを押しているのは明らかだった。
「ふぅぅぅうううぅぅう…………………」
再度、ユウマの口から呼気が漏れる。
まるで自分自身を変えるかのように、肺の中にある空気をすべて押し出すその声に、美琴の背筋が寒くなる。
「ダメ……。ダメです」
知らず知らずのうちに、美琴はそう呟いていた。
一目見て、ユウマのその身体が限界に来ているのは分かった。
いくら自分に【回復】スキルがある、とは言っても、死んでしまえばもう使えない。
壊れてしまったものは治せない。
身体機能が残っているものは【回復】で癒せる自信がある。けれど、失ってしまったものはもう治せないのだ。
「やめて……。やめて下さい!」
声を上げて、美琴は思う。
――どうしてやめないの? もう、身体はとっくにボロボロなのに……。何が、あなたをそこまで駆り立てるの? 死んだら元も子もないのに……。
――私が「助けて」と縋ったから? 独りが怖くて、助けを求めたから……。だから、あなたは自分を無視してまで私を「助けよう」としてくれるの?
「もう、やめてください!! ユウマさん!」
――それ以上は、身体が壊れるから。それ以上は、命を失くしてしまう!!
「……守らなきゃ」
美琴は呟いた。
「だったら、私が……ユウマさんを守らなきゃ」
≫≫システム:種族同化率が上昇してます。あなたの同化率は現在42%です。
その時、ミコトのスマホからそのアナウンスが流れた。
その声に反応するように、美琴のその瞳から人間らしい光が消えて、ほの暗い光が灯る。
――そうだ、守らなきゃ。私が守らなきゃ、彼は死んでしまう。私じゃなきゃ、彼を守ることは出来ない。
美琴は――――ミコトは、何かに導かれるように、自然と両手を組んで祈りを捧げる。
彼の命を守る力を。絶対の守りの力を。
この世界に居るであろう神様に向けて、祈りを捧げる。
そして、ミコトの心には一つの言葉が浮かんだ。
どうしてその言葉が浮かんだのか分からない。
けれど、その言葉こそが、ユウマを守る力だとミコトはすぐさま理解した。
「――【聖域展開】」
短く、ミコトはその言葉を呟く。
瞬間、ミコトを中心として広場の床にフラクタル状の文様が広がる。
まるで、夜の闇を否定するかのように広がったその文様は、ミコトの背中に生える翼と連動して、ぼんやりとした光を放ちながら広場全体を覆うように広がっていく。
「グッ、な、ナんダ!?」
広場に広がった文様に、最初に驚愕の声を上げたのはリッチだった。
ユウマへと振るったはずの錫杖が、ユウマの小太刀とぶつかる前に――まるで、ユウマに対して攻撃することを禁じられているかのようにピタリと止まったのだ。
だが、一方でユウマの小太刀はリッチの錫杖を打ち払うと、その身体を中段から横に切り裂いて、黒々としたリッチの血を迸らせた。
「な、なんじゃ!? 今度は何が起きておる!」
突然聞こえたゲームシステムのアナウンスと、その直後に使用されたミコトのスキルに、クロエが驚きの声を発した。
クロエはすぐに周囲を見渡し、その文様がミコトを中心として広がっていることに気が付くと、すぐに冷静を取り戻す。
「……まさか。お主のスキル、か?」
その言葉に、ミコトは答えなかった。
いや、正確に言えば今のミコトには何も聞こえていなかった。
ユウマを守る。ただその一点だけに、己の全神経を捧げてスキルを発動していた。
今のミコトのほの暗い瞳には、もはやユウマしか映っていない。
傍から聞こえるその声さえも、今のミコトには届いていなかった。
「――守らなきゃ。私が、ユウマさんを守らなきゃ」
呟くように、ミコトは言葉を漏らす。
クロエは、その声に――ミコトの突然変貌したその様子に、呆然とするしかなかった。
「まさか、お主も……。種族同化現象を……」
クロエの口から零れたその言葉に、ミコトは何も答えない。
ただ静かに。
ミコトはほの暗い瞳で、ユウマの戦いを見据え続けた。
「ッ!」
腰だめに小太刀を構えたユウマが、一息でリッチの元へと駆ける。
リッチは、必死に錫杖を振るってそれを迎撃しようとするがやはり、何かに拒絶をされているかのように、ユウマへとその攻撃が届くことはなかった。
「あリエなイ! 何ガ起きテイル! どうしテ、攻撃が出来ナイ!!」
焦りを含み、恐怖に怯えるかのようにリッチは叫んだ。
自分の懐へと入り込んで、居合抜きをするかのように腰だめの小太刀を斬り払ってくるユウマの刃を必死で躱して、リッチは顔を歪めながら叫んだ。
「【召喚:不死者】!!」
「――それは認めません」
リッチのその言葉を否定するように、ミコトは言った。
すると、その言葉に応じるように広場に広がる文様が瞬き、蠢く闇が押し留められた。
召喚されないアンデットモンスターに、リッチの顔に驚愕と恐怖がまた浮かぶ。
「何ガ……。何ガ起きテいる!? どうシテ、この人間ハ急ニ強くなっタ!? どウシて、攻撃ガ出来ナイ!? いったイ何が――――」
その言葉は、最後まで続かなかった。
傍にまで近寄ったユウマが、その常人ならざる力で小太刀を握り締めると、凄まじい速度で刃を振るって、リッチの首を刎ね飛ばしたからだ。
「ァ、ェ?」
呆然とした表情でリッチが言葉を漏らす。
リッチの首が地面に落ちると同時に、リッチの身体は色を次第に失っていく。
悪夢が終わるようにその身体が空気へと溶けて、小太刀を振るった体勢で残心を残していたユウマが小太刀を手から落とした。
≫≫スタンピードの発生元であるモンスターの討伐を確認しました。
≫≫ストーリークエスト:極夜の街 が完了しました。
≫≫ストーリークエスト:極夜の街 の報酬を獲得します。
≫≫簡易サバイバルセットを獲得しました。
その場に居た、全員のスマホから同時にその声が響いた。
「――――――」
その声を確認したからか、声のない叫び声をあげてユウマがその場に倒れ込む。
やがて、都民広場からは音が消えて。耳が痛くなるような静寂がミコトとクロエを包み込んだ。
▽ ▽ ▽
「勝った、のか?」
呆然とクロエは言った。
信じられないその光景に、クロエはその場から動くことが出来なかった。
現状で、リッチに勝つのは不可能だった。
だが、突然様子が変わった――いやもっと正確に言えば、常人を超えた力を発揮し続けたユウマのおかげで、リッチを倒すことが出来た。
それは非現実的なこの世界で、クロエが初めて目にした、ありえるはずがない大番狂わせ。
直接相対し、その強さが分かったからこそクロエは、ユウマがリッチを倒したその事実が信じられなかった。
「――ッ!」
クロエが呆然としていると、ミコトが慌ててユウマの元へと駆け出した。
その姿に、ハッとクロエも気が付いて、ミコトの後ろを追いかける。
「ユウマさん! ユウマさん!!」
いち早くユウマの元へと駆け寄ったミコトは、ユウマの身体を抱き寄せて必死に呼びかけていた。
ミコトへと追いつき、ユウマの姿を目にしたクロエは息を飲む。
目と鼻から大量に溢れた血液で顔は真っ赤に濡れている。常人離れした動きに身体がついていかなかったのか、全身のありとあらゆる箇所の筋肉が断裂し、皮膚が裂けている。左腕は火傷で皮膚が爛れて、両足に至っては骨が折れ、あるいはヒビが入っているようで内出血の広がりが他よりも酷かった。
「どうしよう、クロエさん!! 私――、MPを使い切ってます!! これじゃあ、ユウマさんを治せない!」
気が動転しているのか、ミコトがそう言って声を張り上げた。
クロエは、そんなミコトの様子にいち早く冷静になると、ゆっくりと息を吐き出す。
「……落ち着くのじゃ。ユウマはまだ死んでおらん。まあ、死に体で見た目こそ重症じゃがまだ生きとる。顔色もまだ悪くない」
そう言って、クロエはユウマの右手首を掴み押し黙る。
「……脈は正常。橈骨で脈を測れることじゃし、血圧もまだ下がっとらんようじゃの」
「血圧って……。そんなことで、分かるものなんですか? いえ、そもそもクロエさん、あなたはどこでその知識を……」
クロエのその行動に、ミコトが驚きの表情で見つめてきた。
クロエは、ミコトに向けて小さく唇の端を持ち上げて見せる。
「……なに、元は医者を目指しとったからの。この世界ではもう、なんの意味もないが」
そう呟くと、クロエはミコトへと視線を向けた。
「お主、ユウマとパーティを組んどるんじゃろ? パーティを組んどるなら、経験値が共有されとるとユウマが言ってなかったか? それなら、お主にも経験値が入っとるじゃろ。あれだけのボスだったのじゃ。レベルも上がっとるはずじゃ。INTでも伸ばして、【回復】すればひとまず大丈夫じゃろ」
「そ、そうか! そうですね!!」
クロエの言葉に、ミコトがわたわたとスマホを取り出して画面を操作し始める。
その様子を見て、クロエは心の中で誰にも知られず息を吐いた。
――どうやら、ミコトの種族同化現象は一時的なものだったのか? いずれにせよ、あとの問題はこ奴じゃの。
クロエは種族同化現象を経験していない。
だからこそ、それが起きたことでプレイヤーにどう影響が出るのか分からなかった。
――こ奴が目を覚ましてから、何もなければいいが。
クロエはミコトのスキルによって光に包まれるユウマを見て、心の中で呟いた。




