四日目・夜 増え続ける悪夢
「クロエさんは、昨日……。どれだけのモンスターを狩ったんですか?」
ミコトがクロエに問いかけた。
「さあ、の。数百は軽く超えとったと思うが」
「数百……」
その数の多さに、ミコトが息を飲む。
「…………」
ミコトと同じ様に、俺も言葉出なかった。
たった一晩で、それだけのモンスターを狩り続けるクロエの体力もそうだが、それだけ狩ったにも関わらず、たったの3しかレベルが上がらなかった事実に驚いた。
ボスモンスターを軽々と倒せるようになるまでレベルを上げるには、いったいどれだけの時間と根気が必要なのだろうか。
【曙光】のスキルがあるとは言え、適正レベルという存在があるなら時間が掛かるのは必然だ。
食料問題もある。
獣や野草などもあればいいが、今のところそれは見かけない。
これはおそらくだが……。人の肉を食らうモンスターが、人を食べることが出来ない際に、人の代わりにそれらの食材を採っている可能性がある。
この世界で生きるプレイヤー以上に、生きるモンスターは多いはずだ。人の肉を食えないモンスターは、飢えを凌ぐために他の物を食べる必要が出てくる。スライムのようにモンスター同士で捕食するやつもいれば、人のように獣肉や野草を採って食べるモンスターもいるだろう。
……もし仮に、それらモンスターが獣や野草を食べなかったとして。街に獣や野草があれば、他のプレイヤーに漁られた後という可能性もある。
水は何とかなりそうだが、食料は依然厳しい状況だ。
ストーリークエストは優先してクリアするべき、という俺の中の観念も合わさり、時間が掛かる選択肢を選ぶということに対してどうも気持ちが乗ってこない。
「あまり時間は掛けたくないな……」
と俺は言った。
すると、クロエは何かを思い出したのか、両手を合わせて口を開く。
「時間を掛ける、で思い当たったことじゃが」
「なんだ?」
「このクエスト、クリアするためにあまり時間が掛けられないかも知れぬ」
「どういうことだ」
「……昨日よりも、街に溢れるモンスターが多いような気がするのじゃ。いや、気がするではないの。確実に多くなっとる」
「……それは、つまり時間を掛ければかけるほど、街に溢れるモンスターが多くなるクエスト、ということか?」
「おそらくじゃが、そうじゃ」
こくり、とクロエは小さな頷きを返した。
「体感では昨日の1.5倍増しってところかの」
その言葉に、俺は小さく息をつく。
モンスター一匹一匹になら対処は出来るが、それが大群ともなれば話は変わる。
今でさえ、あの群れを突破するのに苦労したのだ。
もし、このままクエストに時間を掛ければ、街は今以上のモンスターで溢れてしまうということ。
そうなってしまえば、ボスを見つけるどころの騒ぎではない。
ボスそのものが、見つからない可能性だってある。
前日を超える勢いで溢れるモンスター・スタンピード。それが、このクエストの正体なのだろう。
「……適正レベルに引っかかって、俺たちそのもののレベルは上がりにくい。時間を掛けてレベリングをすれば、それ以上にモンスターが溢れかえる。かといって、レベルを上げるのを疎かには出来ない、か」
俺はこれまでの情報を纏めるために考え込む。
時間を掛ければクエスト達成はより困難になる。ボスさえも見つかっていない現状、時間が惜しい。出来ることなら今日中に片を付けたいクエストだ。
かといって、ボスモンスターはこの街のモンスターの中でも一線を画した強さを持っている可能性がある。
死なないためにはレベルとステータス、スキルが必要だ。
そのためには、時間を掛けてレベルを上げる必要がある。
今から他の場所……。より強いモンスターがいる場所を探し、見つけたとしてもその時にはもうすでにこの街はアンデットモンスターでいっぱいになっているだろう。
「…………」
俺は探す。
今の俺たちがとれる最善の方法を。
二律背反したこれらを満たすために、考える限り出来る最善の方法を。
「出来る限り、レベルは上げよう。でも、時間は掛けられない。ボスを探すついでにレベルを上げる、今日中にもしボスを見つけたら一度挑んでみる。これでどうだ?」
自分でも、なかなか苦しい方法だと思った。
ミコトは、考え込むように眉間に皺を寄せていたが、
「……現状では、それが最善なのかもしれないですね」
とそう言ってため息を吐いた。
「レベルの適正があるなら、早く次の適正場所に行きたいところですが……。ストーリークエストを無視するわけにはいきませんしね」
「……そうだな。俺たちの目標はこの世界で生きることじゃない。ゲームをクリアして、このクソみたいな現実から抜け出すことだ」
「そうじゃの。まあ、そのためにもボスモンスターの居場所を探さねばならんのじゃが」
「ボスモンスターの居場所、ですか……。新宿の西側でモンスターの居そうな、場所……。ううーん」
眉間に皺を寄せてミコトは考え込む。
「何か、ボスモンスターがいる場所の特徴でも分かれば、探すのが楽になりそうですけど」
「場所の特徴か……。ホブゴブリンは、普通に駅に居たんだよな」
「そうですね。クロエさんが倒した、新宿のもう一匹のボスモンスターは、どこに居たんですか?」
「防衛省の中じゃ」
クロエはさらりととんでもない場所を口にした。
「お前……、なんて場所に入ってんだ」
クロエが口に出したその場所は、日本国防の中心地だ。
一般人がそうそう簡単に立ち入ることが出来ない場所だった。
「何を言っとる。ここはもう、以前とは違う世界なのじゃぞ? 立ち入り禁止の場所なんぞ、気にしとる方がおかしいわ」
とクロエは鼻を鳴らして俺の言葉に言い返してきた。
「いや、それはそうなんだけど……」
と俺は口ごもる。
クロエの言っていることは正論だ。
けれど以前の感覚で、立ち入り禁止区域に足を踏み入れる、という行為にはやはり躊躇いが生じる。
そんな俺に、クロエはニヤリとした笑みを浮かべた。
「こんな世界に、立ち入り禁止の場所なんぞないわ。むしろ、普段足を踏み入れることが出来ない場所に、堂々と足を踏み入れることが出来るのじゃぞ? ワクワクするじゃろ」
「興味は……。ある、けどさ」
と俺は言う。
そんな俺に向けて、クロエはさらに口を開く。
「そもそもじゃな。廃墟にしたって、我らが今いる学校にしたって、以前の感覚で言えば不法侵入? とかいうやつじゃろ。今さら気にするでないわ」
不法の度合いが違うだろ!
とそんなことを思ったが、口にするのはやめた。
クロエの言う通りだ。
今さら、そんなことを気にしたところで何の意味もない。
俺はため息を吐くと、会話を元に戻す。
「……まあ、そうだな。すまん、話を戻そう。……ボスモンスターが居たのが、防衛省と駅、か。なんの繋がりも見えないな」
俺は眉間に皺を寄せる。
防衛省は日本という国で考えれば、重要な場所の一つだ。
だが、吉祥寺の駅が日本全体で考えた場合、重要な場所と言われれば首を傾げるしかない。
「他のプレイヤーから聞いた話はどうなんだ?」
「ふむ……。我が聞いた話じゃと、代々木公園に新宿御苑、明治神宮なんかにもおったようじゃの」
「代々木公園に、新宿御苑、明治神宮……。緑が多いところ、とかどうでしょう」
クロエの言葉に、ミコトがそう言った。
俺はその言葉に首を横に振る。
「緑が多いところなら、この街中が緑だらけだろ」
なにせ、この現実は崩壊して植物に覆われている。
そもそも、緑が多いところというなら、吉祥寺で出会ったホブゴブリンは吉祥寺駅じゃなくて井の頭公園に居たことだろう。
「……人が多かった場所、とかはどうだ。駅なんかは人がよく集まってた場所だろ?」
と俺は口に出した。
するとクロエは難しい顔となって口を開く。
「それじゃと、この街のだいたいの駅が、人の多く集まった場所にならんか?」
「もし人の多い場所、という条件でボスモンスターが居るのなら、新宿なら確実にボスモンスターが居るのは新宿駅ですね」
「新宿駅は何もおらんぞ。昨日の夜に、我はもうすでに探索しとる」
とクロエはミコトの言葉に口を挟んだ。
……まあ、そうだろうな。
新宿ダンジョン、なんて言葉で揶揄されるぐらい新宿駅は巨大な駅だ。
そこにボスモンスターが居そうだなんて、誰しもが考えることだろう。
そんな場所を、このクロエが探していないわけがない。
「そうなると、やっぱり今出てきたボスモンスターが居た場所の特徴を探すしかないのか?」
「本当に、特徴で見つかるものかの……? このゲームは意地の悪いゲームじゃぞ? ランダム配置されておってもおかしくはないと思うが」
クロエは、忌々しそうに顔を顰めるとそう言った。
俺はその言葉に頷く。
「まあ、クソゲーだからな、この世界。普通に考えて、居そうな場所には居ないだろうな」
「となると、やはり地道に足で探すしかないのじゃな」
クロエはある種の諦めにも似た声で言った。
クロエの気持ちも分かる。
足で探す、とは言っても外がモンスターで溢れているのだ。
探すと言ってもそれは至難のこと。探し出すまでに、俺たちのHPが0になる可能性のほうが高い。




