パワーレベリング(狂)
雲一つない透き通る青空の下を、廃都市の中ではひと際目立つ白い翼が淡い光の残像を残して駆け抜けていく。
彼女は、瓦礫や廃墟となった家屋を飛び越えながらも、その手に持つ短弓で私たちに群がるモンスターを次々と地面に沈めていくと、鋭い視線で周囲を見渡して声を張り上げた。
「三時の方向、十メートル先!! 瓦礫の陰にレッドウルフが二体!!」
「――ッ、分かり、ました!」
彼女の後ろ姿を追いかけていた私は、その声に反応してすぐさま方向を変えると、ステータスのSTRとAGIをぐっと溜め込むように、腰を落として両足に力を込めた。
「ふっ!」
と息を吐き出して、私は溜め込んでいた力を解放する。
一気にその瓦礫の陰に向けて跳び込むと、まさか私が飛び込んでくるとは思ってもいなかったのか、私達の隙を伺っていたレッドウルフ達と目が合った。
「ッ!? グルルゥウウアアア!!」
完全に虚を突かれたのか、一瞬だけレッドウルフ達がたじろいだ。
けれど、その隙が出来ていたのも束の間のこと。
私がその隙を突いて攻撃するよりも早くレッドウルフ達はすぐさま体勢を整えると、その腕や口元に光る刃物のように鋭利な爪や牙を立てて、私に向けて一斉に襲い掛かってくる。
「っ!」
瞬間、ぞわりと背中の産毛が逆立った。
一瞬だけ頭の中でその爪や牙で私の身体が引き裂かれるイメージが広がり、私は無理やりにその恐怖心を押し殺す。
硬く唇を嚙みしめて、私は視線を逸らさず前を見据えると、手前に居たレッドウルフの爪撃を無理やり身体を捻り躱した。
「あぁッ!!」
躱すと同時に私は声を張り上げ、振り下ろされたレッドウルフの腕に拳を叩きつける。
拳はレッドウルフの腕に間違いなく命中し鈍い音を響かせたが、その感触は骨を砕くまでには至らず、軽いダメージとなっただけなのを私はすぐに悟った。
(――やっぱり、武器無しじゃ無理か)
私は心の中で舌打ちをして、すぐに地面を蹴って後ろへと飛び退く。
次の瞬間。寸前にまで私の頭があったその場所に向けて、後ろから飛び出してきていたレッドウルフが思いっきり噛み付いてきた。
「グルルルル……」
空を切ったその牙に、レッドウルフが怒りに籠った視線を私に向けた。
私はその視線を真っ向から迎え撃つと、腰にぶら下げていた短剣を鞘から抜いて――戦闘が始まる前にミコトに渡されていたものだ――、細く息を吐き出した。
「ふぅー……」
息を吐き出しながらも、私は全身に力を溜めていく。
それから、短剣の切先をレッドウルフへと向けて、吐き出した息を静かに止めた。
「――――――」
そして、身体の中で溜め込んでいた力を解放するように、私は一気に前へと飛び出す。
極振りされたAGIは瞬く間に私の身体をレッドウルフの元へと近づかせ、あっという間に眼前へと迫るその鼻先に向けて、私は全力でナイフを振り抜いた。
「ッ!」
振り抜いた短剣の切先が、レッドウルフの鼻先を掠めた。
狙い通りならばその鼻は真一文字に斬り裂かれていたはずだが、私の狙いが逸れたのだ。
(――DEX不足ッ!)
心の中で怒りの声を張り上げながらも、私は止まることなくさらに一歩を踏み出し、ぐるりと腰を捻って右足を持ち上げる。
「ぅぁぁあああああッ!」
気合の掛け声と共に、私は上段蹴りをレッドウルフの横っ面へと叩き込んだ。
全力で放たれた蹴りは、レッドウルフの骨を軋ませる感触を伝えながらも、その身体をわずかながらも吹き飛ばす。
「グルルルァァアアアアアアアッ!!」
そうしていると、私の攻撃から逃れたもう一匹が、すぐさま攻撃後の隙を突いて私へと飛び掛かろうとしてくる。
「くっ!」
私は唇を噛んで声を漏らすと、空を蹴り上げるようにして後ろへと回転して跳び退り、その爪撃を躱した。
「速さだけなら、こっちの方が上、だッ!!」
叫び、私はもう一度地面を蹴る。
矢のように飛び出した私を迎え撃とうとレッドウルフは体勢を整えるが、それよりも早く、私の刃がレッドウルフへと届くほうが速かった。
「フッ!!」
掛け声と共に、私はレッドウルフの左目へと短剣を突き刺す。
途端に響き渡るレッドウルフの悲鳴を無視して、私は素早く短剣を引き抜くとさらに残った右目へと短剣を突き刺し、完全にその視界を奪った。
「これで、終わりッ!!」
叫び、私は短剣を引き抜き両手で構える。
そのまま、全力でレッドウルフの頭蓋へと短剣を突き刺すと、切先が固い何かに触れる感触と共にレッドウルフの身体が震えた。
本来ならば、それは致命傷の一撃だったのだろう。
けれど私のSTRは、短剣という武器をもってしても、その一撃でレッドウルフを葬ることは出来なかった。
額を割られ、血を流しながらも、レッドウルフは身体をビクビクと震わせながらそれでもなおも尽きることのない憎悪と怒りの瞳を私へと向けて、その鋭い牙を見せつけるようにして唸り声を上げる。
慌てて短剣を引き抜き体勢を整えていると、私が蹴り飛ばしたもう一匹がその衝撃から立ち直ったのか、ゆっくりと頭を振って私へと怒りの視線を向けてきた。
「……やっぱり、武器ありでも今はまだ二匹同時はキツイか」
呟き、自分の不甲斐なさにため息を吐く。
けれど、嘆いていたところで仕方がない。
一度でダメならばもう一回。次でダメならさらにもう一回。
勝てるまで、それこそ何度でも同じ攻撃を繰り返すまでだ。
「――――、ふうぅうううー……」
大きく息を吸いこんで、古賀ユウマがそうしていたように大きく息を吐き出す。
それから、私はもう一度眼前で短剣を構えると、二匹のレッドウルフのその姿を見据えた。
私が蹴り飛ばしたレッドウルフは、完全に衝撃から立ち直っている。ダメージもそれほど与えていないことを考えると、まず真っ先に動いてくるのはコイツだろう。
反対に、先ほど短剣で一撃を与えたレッドウルフは息も絶え絶えだ。両目と頭蓋を割られながらもなおも立ち上がるその生命力の強さは驚嘆ものだが、もはや素早い動きは出来ないはず。
「――だったら、まずはこっちから!」
叫び、私は飛び出す。
地面を強く蹴って向かう先は、瀕死のレッドウルフだ。
元気なもう一匹を相手にしている間、瀕死のレッドウルフから予想外の一撃を受ける可能性よりも、確実に一対一へと持ち込める状況を早々に作り出そうと決めた。
「っ! グルァ!!」
未だダメージの少ないレッドウルフがすぐに私の行動に気が付き、すぐに私の行く先を防ごうと立ち回る。
眼前に立ちふさがるソイツを、私は舌打ち混じりに見つめると、右手に構える短剣をグッと握り締めた。
「邪魔ッ!」
声を荒げ、右手を横薙ぎに振るう。
短剣の切っ先はレッドウルフの眼前に迫るが、その刃の軌跡をレッドウルフは見極めていたのか、ひらりと跳んで避けた。
けれど、私はすぐに両足を踏ん張るとその場で急停止をして、全身のバネを一気に解放するように横薙ぎに振るった腕を今度は逆袈裟から刃を振り抜いた。
「ガァッ!?」
振り抜いた刃は、避けたレッドウルフの後ろ脚を捉えて薄く斬り裂く。
それは致命傷ともならない一撃だったが、レッドウルフの動きを一瞬だけ止めるには十分すぎるものだった。
痛みで動きを止めるレッドウルフを後目に、次の行動に移っていた私は力強く地面を蹴って、すぐ傍に居た瀕死のレッドウルフの元へと文字通り身体ごと飛び込んだ。
「ぅあぁぁぁああああああッッ!!」
声を張り上げ、飛び込むと同時に私は短剣を腰だめに構える。
力強く柄を握りしめた右手の腕がSTRの影響を受けて筋肉が膨れ上がるのを感じる。
ギリギリと引き絞った身体が――肩が、背中が、腰が、地面に足を着ける両足が、その全ての筋肉が限界にまで引き絞られる。
――そして。私の眼前にレッドウルフのその首が迫ったその瞬間。
私は、その力を一気に解き放った。
「――――ァ、ェ」
銀閃が空気を切り裂き、短剣の刃がレッドウルフの喉笛を掻っ切る。
一拍ほど遅れて噴き出す血飛沫と、びくりとレッドウルフが大きく身体を震わせるのはほぼ同時。怒りと憎悪に燃える瞳から光が失われたかと思うと、そのレッドウルフはようやく地面に倒れた。
「っ!」
間髪入れず、私はすぐさま動き出す。
後ろ脚を斬られ、動きを止めていたレッドウルフが私の後ろからその鋭い爪を振り上げていたからだ。
地面を蹴って、私はゴロゴロと転がりながら距離を取るとすぐに立ち上がる。それから、私はもう一度前に飛び出すと同時に、今度は転がりながらも拾っていた瓦礫の細かな破片を思いっきりレッドウルフに向けて投げつけた。
「っ、ガァァァアッッ!!」
レッドウルフは投げつけられる破片に気が付くと、すぐさま横っ飛びに回避をした。
だが、その行動こそが私の狙いだ。
レッドウルフが回避によって地面を蹴ったその瞬間。私は一気に前に駆け出して、ぐるりと身体を反転させて思いっきり蹴りをレッドウルフの身体に叩きつけた。
「ガァッ――」
レッドウルフの肋骨が軋む感触と、その呼吸が止まる声。
私はすぐさま蹴りつけた足で地面を踏みしめると、今度は反対の足を高く掲げて、思いっきり振り下ろした。
「――――グ、ァ……」
振り下ろされた踵がレッドウルフの背中に直撃し、その背骨が折れる音が周囲に響いた。
しかし、これだけではレッドウルフは倒れない。
それが分かっているからこそ私は、レッドウルフに半身を当てるようにして素早く身体を捻り体勢を整えると、先ほどのレッドウルフと同じ様に素早く短剣を翻してその両眼を確実に潰した。
「グルルルルァァァアアアア!!」
レッドウルフの絶叫が周囲に響き渡る。
すぐさまレッドウルフが腕を動かしその爪で私を引き裂こうと反撃してくるが、視界を奪われた今、そう簡単にその攻撃が私に当たるはずがない。
「――――ッ!」
短く息を吐き出し、私はカウンターを合わせるようにして短剣でその腕に細かな傷を与えると、ぐっと前に詰め寄ってレッドウルフの顎下へと入り込んだ。
「ハァッ!」
掛け声と共に私は短剣を振り抜く。
刃はレッドウルフの首筋に下から侵入して、その喉を深く斬り裂いた。
「……ッ、グ、ぁ……る、ェ」
瞬間、唸り声とも空気が漏れる音ともしれない声がレッドウルフから漏れる。
血を噴き出し、ボタボタと地面を汚すレッドウルフが、ふらふらとした身体で私に向けてゆっくりと爪を振り上げる。
けれど、その攻撃はもう二度と私に当たることは無い。
力のないその攻撃を避けるのはすごく簡単で、私は軽く地面を蹴って後ろに下がりその攻撃を避けると、ゆっくりとした歩みでレッドウルフの元へと近づいた。
「……終わりよ」
言って、私は短剣をレッドウルフの頭蓋に突き刺す。
刃が突き刺さり頭蓋を割った短剣に、レッドウルフが一度ビクリと身体を震わせたが、それだけでは死なないことを私はもう知っている。
頭蓋に突き刺さった短剣に向けて、私は無言で大きく足を振り上げると、思いっきりその切先を沈めるようにして蹴りつけた。
「――――ァ」
ビクン、とレッドウルフが震える。
それから、ぐるりと瞳を回転させると今度こそ本当にレッドウルフは息の根を止めて地面に横たわった。
ゆっくりと、レッドウルフの身体が消えていく。
その姿を見つめながら、私はいつの間にか止めていた息を吐き出すと、崩れるようして地面に座りこんだ。
「――――はぁあぁぁああ……。やっと、倒せた…………」
ぐったりと、疲労感に肩を落としながら私は呟く。
すると、そんな私に向けて背後から静かな声が掛けられる。
「……お疲れ様です。では、次の獲物を探しに行きましょうか」
汗だくの私とは違って、涼しい顔でそう言ってのけるのはミコトだ。
ミコトは、自分の武器である短弓を片手に持ちながら、もう片手で呆れるようにして腰に手を当てると、大きなため息を吐き出した。
「だらしないですね。まだレベリングは始まったばかりですよ」
「――始まったばかりって、もう、かれこれ二時間も狩りっぱなしなんだけど」
思わず、私は息を切らしながらもミコトに言い返した。
――――二時間。そう、二時間だ。
私自身のレベルが低いことで、彼女たちに迷惑が掛かるという話になったのが二時間前。
それから、だったら私自身のレベルを上げればいいと、なし崩し的に彼女たちとパーティを組んで、すぐにミコトに連れられる形で私たちは廃都市へと飛び出した。
彼女たちの言うパワーレベリングとは、早い話がパーティシステムによる獲得経験値の共有化を使用して無理やりに私のレベルを上げることだ。
だが、それだけでは私自身の戦闘の腕前が上がらないと――強化されたステータスの身体の感覚に慣れないと――そう言われて、ミコトと共に延々とモンスターを狩り続けている。
「少し、休憩しましょう……」
「ダメですよ。早くその〝彼〟を助けに行きたいんでしょう? だったら、少しでも強くならないと。この先、いろいろなモンスターが出てくるでしょうし、私達があなたを助けられる時ならいいですけど、そうでない時が呉までの道中であるかもしれません。その時に、少しでも自衛が出来なければ私たちも困ります」
「…………」
正論だ。
言い返す言葉すら浮かばないほどの正論だ。
彼女たちの迷惑にならないよう、私に出来ることは何でもするつもりではいた。
けれど、その決意すらも霞むほどの疲労が今、私の身体を襲っている。
「さあ、行きますよ」
「ミコト……。出来れば、もう少しだけ狩りのペースを抑えてくれると…………」
「…………? 何言ってるんですか? これでもいつもの十分の一以下の速度で狩りしてますよ? これ以上速度を落とせば、今日中にあなたのレベルアップが出来なくなります」
「今日中って、さっき確認したけどもうレベルは上がってる――――」
「まだ上がったレベルはたったの1でしょ? 今日中にあと3レベルは上げますよ?」
「―――――――」
私の言葉を遮って言われたその言葉に、私は声を失った。
――――レベルアップ狂。
いつしか、彼がミコトのことをそう呼んでいたことを思い出す。
「さあ、次の獲物です」
「いや、本当に今は無理! 少しだけ、少しだけ休憩しましょう!?」
「時間が無いです。ほら、行きますよ」
そう言って、私を無理やりに立たせて引きずっていく彼女から私が解放されたのは、それからきっちりレベルが3つ上がった後の、陽が落ち始めた十時間後のことだった……。




