問いかけ
「――――誰だ!」
そんな私に、彼らはすぐさま気が付いたようだった。
夜闇を切り裂くような鋭い声が周囲に響いて、私はビクリと動きを止めた。
「あ、えっと……」
思わず、言葉に詰まる。
姿を現した私に対して、私が想像していた以上に彼らの警戒が強かったからだ。
肌がひりつくような警戒と威圧感が漂う中、何も言葉を発しない私に向けて再び鋭い声が暗闇を切り裂いた。
「誰だって聞いてるだろッ! 野良か? それとも狂ったプレイヤーか!? どちらにせよ、その手に持つ物を捨てて、両手を挙げながらその場に伏せろ!!」
それは威圧的で、とても高圧的な言葉だった。
その言葉に従うべきか悩んでいると、今度はその声を窘めるような別の声が響いた。
「……おい、落ち着けよ、よくよく見れば子供じゃないか。高レベル帯特有の威圧感もない。あの子は、間違いなく俺らよりもレベルが下のプレイヤーだ」
どうやら、彼らのうちのどちらかが興奮するもう一方を落ち着かせてくれたらしい。
私に向けて声を荒げていたプレイヤーはその言葉の主に逆らえないのか、それ以上の声は荒げず、代わりに小さな舌打ちが暗闇の中から聞こえてきた。
そんな様子に、相方を宥めたプレイヤーの口からため息が漏れたのが分かった。
「……まったく。おーい、そこの君! 驚かせて悪かった。君の存在に、今まで気が付いてなかったからビックリしただけなんだ」
私に向けて、暗闇の向こうから声がかけられる。
かと思えば、そのプレイヤーはゆったりとした歩調で私の元へと歩いてきた。
一歩、また一歩と足音が鳴る度にその姿が闇の中から滲み出てきて、ついには夜闇に阻まれる私の視界にもはっきりとその姿が見えるようになる。
そのプレイヤーは、長身の若い男だった。年齢は、古賀ユウマと同じぐらいだろうか。目元に掛かる長い前髪と長い耳が特徴的で、目元が隠れているにもかかわらずその顔が美しく整っていることが暗闇の中でもはっきりと分かった。
――『エルフ族』だ。
と、私は瞬間的に彼の種族に気が付いた。
エルフの彼は、柔和な笑みを口元に浮かべるとその口を開く。
「……でも、声も掛けずに出てきた君も悪い。ここがどんな場所か知ってるだろ? 言葉もなく他のプレイヤーの前に姿を現せば、警戒されるのだって当たり前だ」
そう言って、エルフの彼は私の目を見つめた。
「僕の名前は宮森。そして、さっき君を脅したあの男は吉川だ」
エルフの男――宮森はそう言って、ちらりとした視線を背後の闇に浮かぶ影へと投じた。
どうやら、吉川というのは私へと警戒の強い言葉を発していた男の名前らしい。
私は宮森に向けて小さく頭を下げると口を開く。
「驚かせたのはごめんなさい。あなた達のことが、この暗闇だとよく見えなくて……。わた――僕の名前は、荻野です」
私、と言いそうになって私は慌てて一人称を変えた。
人の身体を得たこの世界での私は男だ。どこから綻びが出るか分からない以上、私自身の一人称も外見に合わせたほうが良いだろう。
宮森は、私の言葉に小さく頷くと私を見つめて口を開いた。
「荻野君、ね。それで? 君はいったいここで何をしてたの? その様子だと、どうやら【夜目】のスキルを持ってないみたいだけど……。まさか、君も俺たちのようにガラクタ拾いをしてたわけじゃないでしょ?」
「ガラクタ拾い?」
と、私は宮森の言葉に首を傾げた。
すると宮森は、
「使える道具や何かしらの物が残ってないか漁ることさ」
と私の疑問に答えた。
……なるほど。どうやら、彼らが暗闇の中でゴソゴソと動いていたのは、その〝ガラクタ拾い〟とやらをしていたからのようだ。
「違います。僕は、人を探していたんです」
私は宮森に向けて首を振りながら言った。
「その途中で夜になっちゃって……。お察しの通り、僕にはこの暗闇が見えませんから……。暗闇の中で下手に動けばそれだけで危険だし、仕方ないから朝まで瓦礫の隙間で隠れていただけなんです」
「……なるほど? それで、隠れてる時に俺たちがやって来た、と」
「はい」
と私は頷いた。
宮森は、私の言葉の真偽を図りかねているようだった。
難しい顔で私の顔を見つめて、やがて大きなため息を吐き出す。
「まあ、それが本当だとしたら俺たちも悪いことをしちゃったな……。【夜目】がないなら、結構怖い思いをさせちゃったでしょ。隠れてる君に気付かず、ガラクタ拾いをしてたわけだし…………。俺たちのこと、モンスターだと思った?」
「え、ええ。まあ、そうですね」
と私は素直に言った。
その言葉に、宮森は小さな笑みを浮かべると私の目を見つめてくる。
「本当に、すまなかった。お詫びと言っちゃなんだが、何か聞きたいことがあれば答えられる範囲で答えるぞ」
「おい、何を勝手に――――」
宮森の言葉に、背後で様子を見ていた吉川という男が不満の声を上げた。
宮森はちらりと背後を振り返ると口を開く。
「いいじゃないか。見たところ、種族変化をしてないのは確実だし、人を探してるってところを見ると、どこにも所属してない野良だ。困ってるなら、俺は助けてあげるべきだと思う」
「野良ならなおさらだろうが。助けたところでメリットが何一つない」
「メリットばかりが全てじゃないだろ。こういうのは、巡り巡って自分のためにもなるのさ」
「お人好しが」
吉川が、吐き捨てるようにしてそう言ったのが分かった。
宮森は、その言葉で話が付いたと思ったのだろう。私へと向き直り、柔和な笑みを浮かべて口を開いた。
「それで? 何か分からないことでもある?」
その言葉は、私にとって願ってもいないことだった。
おそらくはトワイライト・ワールドのことについて何か分からないことがあるのか、とそういう意図で発したのだろうが、私がトワイライト・ワールドのことについて人の子に聞くべきことなんて何もない。それこそ、人の子達の言葉で言うところの釈迦に説法というものだろう。
私が、彼らに問うべきことは二つ。
一つは、私が箱庭に堕ちたこの場所はいったいどこの街なのかということ。そして、二つ目が彼を助け出すために必要な鍵――――私の立てた作戦の要ともなる彼女たちの居場所を知っているのかということ。
「あ、えっと…………。それじゃあ、二つほど聞いてもいいですか?」
私の言葉に、宮森は小さく頷いた。
その仕草を見て、私はゆっくりと口を開く。
「それじゃあ、一つ目。ココはどこですか?」
「ここがどこって……。場所のこと? 分からないの?」
私の質問がよっぽど意外だったのだろう。宮森の目が大きく見開かれた。
「――――驚いた。確実に、トワイライト・ワールドのことを聞かれると思ってたんだけど……。ああえっと、ここがどこかだったね。ここは神奈川県の横浜市だよ」
「神奈川県、横浜市? どのあたりにある街のことですか?」
「どのあたりって……。なんて言えばいいかな、東京の下のほう…………東京湾の左側――って、これは言っても分からないか。それよりも、今さらそんなことを聞くってことは、君、まさか新人? ……いや、トワイライト・ワールドが始まって二週間以上経ってるし、それはありえないか……? だったら、どうしてそんなことを聞くんだ?」
私の素性を疑うように、宮森の目がスッと細められた。
その様子を見て、私は他のプレイヤーから素性を疑われた時のために、事前に用意しておいた言葉を宮森に向けて言った。
「実は……。これまでの記憶が分からなくて。この世界のことは覚えてるんですけど、それ以外のことがさっぱりで…………」
「記憶喪失ってこと?」
と、宮森が言った。
「どうやら、そうみたいです」
と、私は宮森の言葉に対して頷いた。
宮森は私の顔をジッと見つめていたが、私の言葉の真偽を確かめる術がないと諦めたのだろう。小さな息を吐き出すと、先を促す言葉を口にした。
「……もう一つの質問は?」
「先ほども言いましたが、人を探してます」
「人、ね。俺の知ってる人なら良いけど」
そう言って、宮森は言葉を促すように私の顔を見つめた。
私は、宮森の視線を受け止めるとゆっくりとその名前を告げる。
「――――柊ミコト、クロエ・フォン・アルムホルトという二人の少女を知りませんか?」