14日目 罪
それから、俺たちは揃って腰を浮かして住宅街の中へと足を向ける。
【気配感知】にかかる気配から察するに、アイツは学校から動いていない。どうやら、あの場所をアイツは自分の縄張りだと決めたようだ。
少年と俺とではステータスの開きがある。必然的に足の速さも俺の方が圧倒的に速く、俺について来られない少年に合わせるようにして、俺は走る速度を落としていた。
走りながら、俺はずっと気になっていたことを少年へと問いかけることにした。
「なあ、そう言えばお前の種族は?」
「俺の種族は……えっと、『天使』です」
と少年は俺の言葉に答えた。
「天使?」
俺はその言葉に目を細めて、ジロジロと少年の全身を眺める。
頭上に浮かんだ天輪と背中の翼からして、人間ではないことは分かっていた。
その特徴だけを見れば、確かに『天使』だと言えなくもないだろう。しかしだとしたらなおさら、少年のその姿には違和感があった。
少年も、俺の視線の意味に気が付いたようだ。その口元を歪めるように自虐的な笑みを浮かべると、少年はまた口を開いた。
「言いたいことは分かります。頭上にあるこの天輪と翼の色のことですよね?」
その言葉に、俺は無言で頷いた。
そう、この少年の翼や天輪は闇に染まったかのように真っ黒なのだ。その色が、『天使』という言葉のイメージからかけ離れていたがために、俺は少年の言葉が信じられなかった。
少年は、そんな俺の表情を確かめるようにちらりとした視線を向けてきた。
それから、少しだけ悩むような表情を見せて、やがて何かを決心するように頷くと言葉を続ける。
「……うん、あなたには助けてもらった恩もありますし、その質問にちゃんと答えますね。さっき、俺の種族が『天使』だったって言いましたけど……。正確には、元『天使』です」
「元? どういうことだ」
「今は種族が変わって、『堕天使』になってます」
「種族が変わる? そんなことがあり得るのか?」
俺は驚きで目を大きくして少年を見た。
少年は俺の視線に気が付くと、小さな頷きで肯定を示す。
「ええ。とは言っても、おそらくですが種族が途中で変わるのはごく一部だけです。俺が知っている限り、『天使』以外に種族が変わっただなんて話、聞いたことがありませんし……」
「…………私は、そんなシステムを組んでいない。多分だけど、アイオーンが新しく組み込んだシステム」
と、少年の言葉に反応したマキナが俺だけに聞こえる言葉でそう言った。
俺は、少年とマキナの言葉を聞きながら考える。
「俺も聞いたことがない話だ……。本当に変わったんだったら、何かきっかけがあったのか? まさか、一定の日付が経過したら種族が変わったりするのか?」
「いえ……。天使が堕天使になる条件は一つです」
そう答えると少年は小さな笑みを浮かべる。
それから少しだけ間をおいて、少年はようやく続きの言葉を口にだした。
「…………罪を犯すこと、ですよ。その罪は何でもいい。他人の物を窃盗したり、欲に駆られて強姦したり、怒りに身を任せた殺人でも何でも……。とにかく許さない行為を行えば、天使は『堕天使』へと変わります」
「お前は、何をしたんだ」
「…………殺人、ですよ」
「――――なに?」
その言葉に、俺の中で思考がスッと冷え込むのが分かった。
俺が警戒を滲ませたのが少年はすぐに分かったのだろう。また自虐的な笑みを浮かべると少年は口を開く。
「警戒されるのも無理はないです。……ですが、俺が犯した殺人は殺人でも、変異体の殺害です。変異体は、元は俺たちと同じ人間ですから……。少し前に、アイツと……クラスメイトだったアイツと一緒に、手負いの変異体を見つけたんです。おそらく、他のプレイヤーと戦って逃げてきたんでしょう。抵抗することさえ出来ない虫の息だったソイツを……。俺たちは殺しました。そして、その瞬間にスマホからアナウンスが流れて……。俺は、罪を犯したという理由で『堕天』しました」
……なるほど。それが殺人と言った理由か。
モンスターとなったプレイヤーを人間として扱うのかどうかは、人によって意見が分かれるところだろう。俺は〈救世〉の影響からか、変異体となったプレイヤーを自然と人間として考えてはいる。だが、全員が必ずしもそう考えるわけじゃない。
この少年のように、そこに手負いの――もう元には戻らないモンスターとなった人間が居るのだとしたら、大半のプレイヤーがソイツを人間だとは思わずに、モンスターとしてその経験値欲しさに手を出すはずだ。
そしてその行為を――それは、人として間違っていると弾劾できる人間が今のこの世界にどれだけいるだろうか。
…………誰もいない。
ただの殺人とはわけが違う。俺でさえも、少年が絶対に間違えていたと言えないのだ。
「ふー…………」
だからこそ俺は、ため息を吐き出して警戒を解くと少年に新たな質問を投げかける。
「それじゃあ、その頭にある輪っかもその時に?」
「色が変わったのはその時ですけど、この天輪はこの世界で初めてモンスターを殺した『天使』種族に与えられるボーナススキルの効果です。スキルの効果は、あらゆる攻撃の半減。俺に与えられるありとあらゆるダメージは、全て半減される……。それが、スキル【天輪】の効果です」
「良いスキルだな」
と俺は素直に相槌を打った。
ダメージが半減されるスキルなんて、チートも良いところだ。獲得するSPは限りがあるのだから、それだけDEFに割り振る分のSPを他に回すことが出来る。
少年は俺の言葉に一度頷くと小さな笑みを浮かべた。
「ええ、おかげでここまで生き残れました。……けど、そのスキルを入手したことで頭にコレが出てきたのも確かなので、俺としては喜んでいいのか微妙ですけどね」
少年はそう言って、頭上の天輪を指さした。
ボーナススキルは間違いなく種族スキルだ。種族スキルを獲得するごとに、身体はその種族へと近づいていく。少年は、その獲得したボーナススキルによってより天使らしくなったということだろう。
そんなことを考えていると、少年がふと遠い目をしていることに気が付いた。
「どうした?」
と俺は思わず声を掛ける。
すると少年は、
「すみません、少し考え事を……」
と言って口を閉じた。
それから俺たちの間に言葉が無くなる。
少年は何かをずっと考え込んでいて、俺はそんな少年に向けて言葉を発せないまま様子を伺って。
やがて、眼前の瓦礫を越えれば再び学校に辿り着くという距離になってようやく、少年はぽつぽつとした口調で口を開いた。
「……あなたなら知っていることだと思いますが、この世界の経験値取得のシステムは、モンスターに対してトドメを刺したプレイヤーに一括で入るようになっています。それを防ぐためにはパーティーを組むしかないんですが……。あの時の俺たちは、それを知らなかった。パーティーの組み方も、トドメを刺したプレイヤーが一括で経験値を獲得するっていうことも、何もかも。結局、トドメを刺した俺だけが大量の経験値を得て、アイツは何も取得できなくて……。今にして思えば、あの時からです。アイツが、やたらと経験値に拘り始めたのは。俺と同じレベルになるまでは経験値が共有されるパーティーは組まないって豪語して、一人でモンスターを狩り始めることが多くなり始めました。一人だけレベルが上がった俺に……。そして、その変異体の討伐をきっかけに種族さえも変わってしまった俺に、早く追いつきたかったんでしょうね」
少年は瓦礫を乗り越えながら自らの背中にある黒い翼へと目を向けた。
「もし、あの時……。俺が変異体を殺さなければ、アイツは積極的に一人で行動することも無かった。俺たちは仲の良いまま、まだこの世界で生きていられたかもしれない。……だから、俺はこの姿が嫌いです。この姿になったから、俺たちはぎこちないまま、終わりを迎えてしまった」
少年の最後の言葉は、もはや独白に近いものだった。
過ぎてしまった過去は元に戻らない。それこそ、この世界をやり直す方法を取ることでしか少年の後悔を晴らすことは出来ないだろう。
けれど、それが容易ではないことを俺は知っている。
知っているからこそ、俺は何も言えないまま少年の独白を聞き届けて、眼前に広がる瓦礫とその中に立つソイツへと目を向けて口を開いた。
「…………着いたぞ。変異体だ。分かってると思うけど、アイツの攻撃範囲は大きい。俺のことはいいから、まずは自分の身を守れ」
「……分かりました」
少年は、俺の言葉にただ短く頷くだけだった。
本文中には書かないであろう裏設定
天使の種族命題は〈他者生命の尊重〉ですが、堕天使の種族命題は〈自己生命の尊重〉です。
堕天使となった少年が、かつての友を殺そうと学校に居たのは、その命題に思考誘導されていたからでもあります。
少年は自分でも気が付かない内に思考誘導をされて、種族変化した友人を殺そうとしている自分自身に対して激しい自己嫌悪を抱えています。けれどやっぱり生きるためには仕方がないと、言うなれば二律背反した思いで葛藤を続けていたところ、ユウマと出会いました。




