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幕間 アイオーン



「ありえない、ありえない、ありえない!!」



 自らが作り出した嘘城の一室で、その男は唾を飛ばしながら激昂していた。大きく見開いたその目はあまりの怒りによって充血し、言葉を吐き出す唇は細かく震えている。男の呼吸はどこまでも荒々しく、吹き上がる怒りをぶつけるように握り締めた拳からは血が滴り落ちた。



「何だ、これは! どうしてこうなった!!」



 男は怒りに震える声を上げながら、怒りをぶつけるように卓上に並んだ直前まで男が朝食として食べていた食事の数々を手で薙ぎ払った。ガシャンと甲高い音を立てて、陶器で創られたその食器が床に破片を散らばらせるが、数秒もすればその破片ごと割れた食器は空気に溶けて消え失せた。


 それが、自らが作り出した物であることが分かっているからこそ、男は怒りをぶつけるように次々と部屋の物を壊していく。机、椅子、ガラス、豪華な装飾品や壁に至るまで。目に付くものは全て破壊して、それでもなお収まらない怒りに男は歯を剥きだしにして声を張り上げる。



「くそがぁぁあああ!!」



 男は叫び、また怒りをぶつけるように目に付いた虚城の壁を叩き壊した。凄まじい轟音と衝撃と共に粉々に崩れた壁には目もくれず、男はまた怒りの絶叫を上げる。



 男にとって――――いや、アイオーンにとって。



 自らの世界を、その計画を、その結果を誰かの手で捻じ曲げ、存外な結果へと変えられたのは、アイオーンがこの世に存在してから初めてのことだった。


 神は絶対的な存在だ。世界のルールそのものだ。


 万物全てを掌握し、指先一つで全てを創造し破壊する。そこに他意などは存在せず、ただこの世の全ては神の戯れによって存在しているだけに過ぎない。

 神の意向に反することがあってはならないのだ。



 だというのに――――。



「人間が、人間如きが、俺の邪魔をするだと?」


 アイオーンは、怒りで震える唇でそう呟いて、奥歯を強く噛み合わせる。



 アイオーンにとって、人間という生き物はどこまでも愚かで、どこまでも脆弱で、どこまでも意地汚く、決して一人では生きていられず、社会という群れを作って集団になることでしか生活できない最弱の生物であると認識していた。



「あの、人間如きが!!」



 アイオーンは、神であることに誇りを持っている。



 一であり全でもあるアイオーンにとって、集団を作ることでしか生活することのできない人間は、かつて旧き神々が創り出した唯一の汚点だと考えていた。


 だから、その人間を消し去ろうと考えた。


 幸いにも、人間が存在している星の、あらゆる運命が記された樹形図を管理していたのは、アイオーンよりも旧い存在ながらも力の弱い神だった。



 アイオーンは考えた。


 どうにかして、この神の目を盗むことは出来ないものか、と。



 じっと、じっとアイオーンは待ち続けた。

 人間を消し去るそのバグを――星の自滅細胞を、運命の樹形図に組み込むその隙を。



 ――そして、気が遠くなるほど待ち続けて。ようやく、その時はきた。



 星の運命の樹形図を管理するその神が、一瞬だけ目を離したその隙に、アイオーンはその樹形図に自滅細胞を組み込んだのだ。


 自滅細胞は樹形図の中で瞬く間に増殖をして、どの運命の分岐点においても人間とその星に生息する生き物を襲うモンスターが生み出され、瞬く間にその星を食い荒らした。



 アイオーンは満足した。これで、人間を見なくても済む、と。



 けれど、同時にアイオーンは残念でもあった。

 アイオーンには、旧き神々が創り出した人間という汚点にも、たった一つだけ評価しているところがあった。



 それは、感情。



 どの生物の中でも、多彩な感情に富んだ生物であった人間は、ある特定の状況下において独特の表情や感情を浮かべることをアイオーンは知っていた。

 以前からアイオーンはその感情を好んではいたが、どのような時にその感情が表出するのか分からなかった。



 ――――しかし、その疑問は自滅細胞を組み込んだことで理解した。



 その感情の正体は絶望である、と。ことさら、希望を持ち得た人間が叩き落とされる絶望の感情は美しい、と。



 アイオーンがそれを理解するのと同時に、その樹形図を管理していた神はあろうことに今度は人間を手助けするシステムプログラムを樹形図の中へと組み込み始めた。

 星の自滅細胞を殺すことで、その人間が強化されるようにしたのだ。


 チャンスだ、とアイオーンは思った。


 まさに、希望から絶望に叩き落とす場面が作りやすくなった、と。

 そして、アイオーンはその神を襲って力づくで人間を強化するシステムプログラムを奪い取った。

 システムプログラムが適用された不特定多数の人間を、モンスターによって文明が崩壊した遥か未来へと運び出して、そこで時間と世界を切り離して。たった一つの、自分だけの世界を作りだしたのだった。


 それは、例えるのなら人間が昆虫を虫かごに捉えるような。

 生態ではなく、絶望というアイオーンにとっての好ましい感情を何度でも観察する箱庭の世界を、アイオーンという神は創り出したのだった。



「どうして、どうしてこうなった!」



 最初はただの余興だった。

 あの人間に、システムプログラムによる強化を引き継いだまま何度でも繰り返したいと言われた時は驚いたが、その世界、その時間軸でその人間を固定してしまえば、より美しい深い絶望が見ることが出来ると思っただけだった。



 どんなに強くなろうが、世界を壊すことはこのプログラムには出来ない。



 ――そう、思っていたはずなのに。



「あの女が――。あの、死にぞこないさえ居なければ!!」



 言葉を唾棄しながら、男はぐしゃりと髪を掻きむしる。

 何度も、何度も、癇癪を起した子供のように髪の毛をぐしゃぐしゃに掻きまわす。

 それから、アイオーンはピタリと動きを止めると宙に視線を彷徨わせた。



「――――まだだ。まだ、システムは俺の手の中にある。まだ、やり直せる」



 あの人間を殺しさえすれば。

 自らが与えた繰り返しの権限を剥奪して、それからあの男を殺せば――――全てが元通りになる。



「ふふ、ふふっ、ふははははははは!! ああ、そうだ。そうじゃないか。こうなってしまったのなら、全てをまた元に戻せばいい。どうせ、あの女は死に体だ。力も全て奪っている。あの人間に手を貸す手段も限られているはずだ」



 アイオーンは、唇を大きく歪ませた。

 それは、どこまでも醜悪でこの世のものとは思えないほど邪悪な笑みだった。



「……ああ、そうだ。だったら、とっておきのイベントを用意しないと。ああ、楽しみだなぁ」



 アイオーンは嗤う。



 自らが創り出し、破壊した何もかもがこの世に存在しない嘘にまみれた城の一角で。

 この先に起こる、あの人間の顔を想像しながら。




新年、明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


二部 三章の開始は1/15前後になるかと思います。(もしかすればそれよりも早いかも)

三章もよろしくお願いします!!



新作をこそっと投稿してたりしてます。


シークレット・リヴァイヴ ~スキルを与えられた死人たちのデスゲーム~


題名から分かる通り、デスゲームものです。更新は週一回を目指してますが、クソゲーよりも遅いかと思います。

良ければブクマして、話数溜まったぐらいに読んでくれると嬉しいです!!

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― 新着の感想 ―
[一言] > アイオーンにとって、人間という生き物はどこまでも愚かで、どこまでも脆弱で、どこまでも意地汚く、決して一人では生きていられず、社会という群れを作って集団になることでしか生活できない最弱の生…
[一言] 嘘城は居城の誤字かなぁと思ったら、言葉通りだった。 うまいなぁ
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