八周目 零れ落ちる
日常的に発動しているスキル以外の、戦闘系のスキル発動を解除してから俺は、人が来ない場所を探して身体を落ち着かせることが出来る廃墟を探す。
しばらく街をうろついて、半壊している廃墟ビルを見つけた。崩落した瓦礫の隙間を縫うように入り口へと潜り込んで、生え茂る草木の陰に身体を埋もれるようにして身を隠す。
「ふぅ……」
瓦礫に背中を預けて、息を吐く。
しばらくの間、ぼんやりとしてから俺はゆっくりと身体を持ち上げるとスマホの画面を開いた。
「倉庫、は……っと」
なんだか、久しぶりに倉庫画面を開く気がする。
最後に開いたのは、この周回を始めてすぐ後のことだろうか。倉庫画面に入っていたはずの、一周目で手に入れた全ての報酬が消えていたことを確認してからは、クエスト攻略さえも出来ずに周回を繰り返すことが多かったから仕方がないのかもしれないが……。
「あった、これだ」
ステータス画面から倉庫画面へ以降して、マス目を埋めていた宝箱をタップする。
それから、すぐに出てくる三つの選択肢に目を通す。
≫サバイバルセットを獲得しますか? Y/N
≫初めての料理セットを獲得しますか? Y/N
≫新しい武器を獲得しますか? Y/N
「サバイバルセットは前に手に入れたことがあるから、中身は予想出来る。……初めての料理セット? なんだこれ。食材とか、調理道具が出るってことか? 武器は…………必要だけど、次の周回に持ち込み出来ないからなぁ」
表示された文字を見てしばらくの間、俺は思案する。
それから一度自分の恰好を見下ろしてから報酬を決めた。
「……そろそろ、服をどうにかしよう。服なら次に持ち込み出来るし、浦野っていうプレイヤーにも会おうにもこの身なりじゃあ警戒されるだけだ」
俺は獲得する報酬を決めた。
サバイバルセットを選択して『Y』で確定する。
すると、新たな絵柄が次々と出現して九つのマス目を埋めた。
「それじゃあ、さっそく――」
着替えようとボロ布になり果てたシャツに手を掛けて、ふと思い留まる。
俺の身体は今や泥や返り血、垢汚れが付着していてどろどろの状態だ。せっかく綺麗な服を身に付けるのだから、せめて身体の汚れを落としたいと思い直したのだ。
「確か、近くに川があったな」
かつて、神田川と呼ばれていた川だ。だが、その川はこの世界では完全に干上がっていて、川底からは雑草や樹木が伸びている。
俺が思い当たった川は、秋葉原からさらに東にある隅田川だった。
東京湾へと繋がるこの河川は、かつては花火大会が開かれる場所として東京周辺の人々にとっては馴染み深い場所だった。
以前は対岸まで百メートルほどの大きさを誇る河川で、豊かな水を湛えていたその場所も、この世界では上流の水が枯れ始めているのか幅数メートルほどの水流が流れる河川へと成り代わっていた。
けれど、それでも水が綺麗なのは昨日の内に確認済だ。
身体の汚れを落とすことぐらいは簡単に出来るはず。
そう思った俺は、さっそく行動を開始する。
秋葉原から東へと抜けて、隅田川へと向かう。
隅田川の河川敷には、ポツポツとプレイヤーの姿が見受けられた。どの人も顔には色濃い不安と焦燥が浮かんでいて、眠れない夜を過ごしたのであろうことが一目で見て取れた。
幾人かのプレイヤーが顔を突き合わせてスマホを眺めているのに気が付き、【聴覚強化】でその会話を盗み聞きする。
……どうやら、スマホに届いたストーリークエストのアナウンスについていろいろと話し合っているようだ。
彼らの話は、この世界がゲームの中で自分たちが入り込んだのだと話がまとまり始めていた。そして、クエストに関する話題になった時、興味深そうなことを彼らは口にしていた。
「しっかし、分からねぇのは、この『人を食らうモノ』っていうストーリークエスト? ってやつだよな。さっき受け取ったと思ったら、数十分後には達成されましたってアナウンスが流れたんだもんなぁ」
「ああ……。誰かがこのクエストを達成したのは事実みたいだけど、こんなすぐにクエストってやつは終わるもんなのか?」
「さあ、な……。案外、クエストってつも楽勝だったりして」
そう言って、彼らは口々に好き勝手な考察を言っては笑いあっていた。
「…………なるほど、ね」
その会話を耳にした俺は、また新たな事実を確認する。
どうやら、俺の他に同じストーリークエストを受けていたプレイヤーが居た場合、俺が先にクリアをしたとしても、そのプレイヤーの今後の運命に干渉をしたという扱いにはならないらしい。
つまりは、直接的にプレイヤーを救い干渉することは出来ないが、クエストの最速クリアという間接的な方法ならば、プレイヤーの運命を変えることは可能だということだ。
その人達の会話が雑談に変わったことを確認した俺は、【聴覚強化】の発動を切ってその人達になるべく見つからないよう離れた場所へと足を向けてから、ボロ布のようになった服を脱いでそれをタオル替わりにしながら川の水で身体の汚れを全て落とした。
「――すっきりした」
幾日ぶりの水浴びだろうか。
水で汚れを洗い流したおかげで、心が洗われたかのように晴れやかな気分だ。
倉庫から麻のシャツとズボン、靴を取り出して身に付けてから、俺は朝食を口にしながらステータスの確認を行った。
Lv:49 SP:24
HP:168/220
MP:76/96
STR:167(+17)
DEF:107(+11)
DEX:103(+10)
AGI:162(+16)
INT:87(+9)
VIT:93(+9)
LUK:175(+18)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 闘争本能 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 明鏡止水 不眠 刀剣術 / 一閃 格闘術 / 急所突き
特殊:強化周回
種族同化率:29%
上昇したレベルは二つ。
まあ、オーガは思ったよりも強いボスモンスターではなかったのだから、獲得する経験値も少なかったのだろう。
一通りスキルに目を通して、新たに出現したスキルが目に入った。
「【明鏡止水】?」
呟き、スキルをタップして説明文へと目を通す。
≫【明鏡止水】
≫度重なる感情の揺れを、その強靭な精神力によって御してきた者の証。
≫恐怖や怒りなどの感情によって揺れる心を静め、冷静さを取り戻ることが出来るようになる。また、MPを5消費することで他プレイヤーに対しても使用することが出来る。
「これは」
俺は、そのスキル効果に小さな笑みを浮かべた。
対ボス専用のスキルだ。
このクソゲーにおいて、ボスとの戦闘は強制的な格上戦であることが多い。生物としての格の違いに魂が屈服しそうになり、身体は本能的な恐怖で震えて足は竦みあがる。思考は恐怖で定まらず、その恐怖で取り乱しそうになりながらも、それでも明日を迎えて生きるために歯を食いしばり、幾度となくその絶望を打ち破ってきた。
これは、その恐怖を失くすもの。
どんなに強敵だとしても、魂が屈服しそうになったとしても、このスキルがあれば冷静に思考が回る。身体を動かすことが出来るようになる。
「良いね、悪くない。欲を言えば戦闘系のスキルがもう少し欲しいけど……。まあ、こればっかりはスキルガチャ次第だからな」
条件を満たしても、そのスキルが手に入るかどうかは目に見えない確率次第。
俺のLUKは補正値込みでもう200の値に手を掛け始めている。
そう焦らなくても、このままLUKを上げていけば多くのスキルを手に入れることが出来るだろう。
「それじゃあ、後はステータスを割り振って――――」
オーガ戦の前に残しておいたSPと合わせて、割り振れるSPは24。
俺は、ステータス項目と向き合い必要なステータスを伸ばしていく。
Lv:49 SP:6
HP:174/226
MP:76/96
STR:170(+17)
DEF:110(+11)
DEX:105(+11)
AGI:165(+17)
INT:87(+9)
VIT:95(+10)
LUK:185(+19)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 闘争本能 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 明鏡止水 不眠 刀剣術 / 一閃 格闘術 / 急所突き
特殊:強化周回
種族同化率:29%
STRとDEF、AGIに3つずつ。DEXとVITに2つ、LUKに5つのSPを割り振った。
これで、俺のLUKは200を超えた。スキルガチャの結果も多少はよくなるだろう。
ステータス画面を閉じてから、止まっていた朝食を再開する。
出来るだけ腹に詰め込み、水で喉の渇きを十分に潤してから、俺はこの二日目の目標である浦野と会う為に、東京駅へと向かう。
ほどなくして、東京駅へと辿り着いた俺は、一周目の記憶とは違って駅を中心に活動するプレイヤー達の少なさに多少の驚きを覚えながらも、記憶の中にある浦野の顔を思い返しつつその姿を探した。
けれど、いくら探しても見つからない。
やはりあの女に騙されたのだろうか、とそんなことを思い始めたその時。見覚えのあるプレイヤーが東京駅の中へと入ってくるのが見えた。
白髪交じりの黒髪、深い皺の刻まれた顔と、人の好さそうな瞳を覆う銀縁眼鏡。痩身で背の高いその身体は、つい先ほどまで水の中に居たのだろうか全身から水を滴らせていた。
その姿を見て、すぐに気が付いた。
――間違いない。アイツだ、アイツが浦野だ。
暖を求めているのか崩落した瓦礫の陰に隠れた彼は、手に持っていた枯れ木を地面に落とすと、背にしていたバックパックから火打ち石を取り出して枯れ木に火をつけ始めた。
だが、火打ち石の使い方に慣れていないのか。それとも彼が運んだことで枯れ木に水が付着したからなのか、何度石を打ち付けようが火が点く様子はない。
身体を一度震わせた彼が、助けを求めるように周囲へと目を向けたその時、彼を見つめる俺と確実に目が合った。
≫≫特殊システム:強化周回の効果を確認しました。
≫≫特定プレイヤーとの接触を確認。強化周回を発動します。
そして、そのアナウンスが俺のスマホから鳴る。
その声に、俺は驚きと同時にすぐにその意味を察して、唸るように歯を剥きだした。
「――――自分への手がかりさえも与えねぇつもりか、アイオーン!!」
唐突な俺の叫びに、周囲のプレイヤーがギョッと目を向けてきた。
けれど、それさえも俺にとってはどうでもいいことだった。
(やっぱり、あの女は――――)
そう思ったこの世界での俺の意識は、急速に終了する。
七周目で、ようやく掴んだクソゲー攻略の手がかり。
手を伸ばし、ようやく目の前にやってきた手がかりの欠片は、手を触れることすら出来ずその形を崩して俺の手から零れ落ちた。




